第4話 出会い 04

 美人を紹介した方に味方する。


 アカネはその言葉の意味を呑み込めなかった

 ――いや、言葉の意味はそのままなのだが、理解出来なかった。

 この人は何を言っているんだ、と。


「出来れば若くて美人で胸が大きい娘がいいんだよねえ。あ、胸よりも性格が良い娘がいいかなあ? うーん……どっちがいいかなあ……?」


 ――……本当にこの人は何を言っているのだろう。

 そうじとーっとした目を向ける彼女に対して、相手は早かった。


「おう、そうなんでいいならじゃあ若い姉ちゃんを紹介してやらあ。頭はちーっとばかし足りねえかもしれねえが身体は最高だぜ」

「本当!? 因みに人妻だったり誰かの彼氏だったりしないかな?」

「俺の女じゃあねえし店の女だから彼氏がいるかは分かんねえが、人妻じゃねえことは確かだ。それに彼氏いたってぶんどりゃいいじゃねえか」

「うーん、おっちゃん、そういう強引なの苦手なんだよねえ」

「というかそんな理想的な奴が誰とも付き合っていないなんて有り得ないだろうが」

「だよねえ。高望みだよねえ……ということで」


 無精ひげの男は相手の男の傍へと移動し、こちらに向かって両拳を構えた。


「この時点ではこっちの兄ちゃんの方に付くわー。――へっへっへー。兄貴、この女やっちゃいましょうぜえ」

「あんた本当になんなのよ!?」


 アカネの問いに無精ひげの男は嫌らしい笑みを浮かべる。


「もしかして、なんだかんだ言って自分に付いてもらえると思ったのかねえ。残念だけど美少女と悪人面がいたら無条件に悪人面の方が悪いなんて、世の中は差別はいけないねえ。――さあて兄貴、この娘、ひん剥いて辱めてやりましょう」

「兄貴じゃねえが……いいぜ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 目の前の二人の男が舌なめずりをしているのを見て、本当に貞操の危機を感じてきた。というかこのおっちゃん、どうしてこんなにも相手に寄り添うことが出来るのだろうか? ――などという疑問が湧いてくるが、そんなことを悠長に考えてもいられない程、相も変わらないピンチな状況。

 ――しかしながら。

 彼女は一つだけ光明を見つけた。

 自分自身ではハッキリ言って自覚もしていないし、自惚れてもいない。

 だけど背に腹は代えられない。

 そう。

 だから彼女は――言い放った。



「わ、



 冷たい空気が流れる。

 今日は日が照っていて暖かいはずなのに。

 唯一気温が高いのは、羞恥に染まり切って赤くなっているアカネ自身だけであった。


「……はあ? 今なんと?」

「こ、この私をあんたに紹介してあげるって言っているのよ! 私はび……美少女なんでしょ!?」

「……」


 無精ひげの男は黙って彼女の全身に視線を這わす。

 まるで舐めまわす様に。

 そこに更に恥ずかしさを感じながら身体を抱くようにもじもじしながらも、彼女はキッと睨み付けてその心を折らないようにする。

 やがて数秒後。


「……はあ。兄貴、この子をひん剥くのは可哀想なので止めましょう」

「何で気持ちが萎えているのよ!? そしてどこを見て言った!? 胸か!? 胸なのか!?」

「え? 萎えるとか、おっちゃん、若い子の口からそんな卑猥な言葉は吐いてほしくないと思うなあ」

「卑猥な意味じゃないわよ! というかこの状況がもうある意味卑猥よ!」

「……おい、じゃれ合うのはそれくらいにしておけ」


 兄貴と呼ばれた男は少し苛立ちを見せてくる。無精ひげの男は「ああ、うんそうだねえ。そろそろ決定しようかねえ」とまた間延びした声に戻って、こちらに対してにやにやとした嫌な笑みを見せてくる。

 アカネはもう分からなくなっていた。

 無精ひげの男を味方に付けるか否かの話であったのに、どうして自分がこれ程までに辱められる必要があるのか。

 そもそもどうしてこの男性を奪い合っているのか。

 だけど、もう訳が判らないけれども一つだけ、譲れないことがある。


(この勝負……色々な意味で負けられない!)


 もう後に引けない。

 このまま突っ走るだけ。

 ――だけど。


(悔しいけれど……とても、とても悔しいけれど……私には――胸が無い)


 いや――


(……足りない)


 流石に無い訳がない。きちんと女性ゆえに膨らみはある。ただ同年代の女子よりちょっとばかり小振りなだけだ。

 無精ひげの男の好みじゃないのは反応を見て判った。


「じゃあそろそろお痛をしようじゃないかねえ」


 無精ひげの男がげへへと笑いながらじりじりと近づいて来る。その横には人相の悪い男も一緒だ。

 彼らはこれからアカネに対して暴力を振るってくるだろう。もしかすると拘束され、この人達以外に淫らなことをされる為に売られてしまうのかもしれない。


 ならば――もうこの手段しかない。


 アカネは最後の最後までとっておいた秘策を繰り出した。



「――!」



 ピタリ、と。

 進む足が止まった。


「私のお姉ちゃんを紹介してあげる!」

「君の……お姉ちゃん……?」

! !」


 姉についての情報を次々と漏らしていくアカネ。特に最後のはいらなかったと彼女は後悔した。


(……お姉ちゃんごめんなさい。後でお饅頭買ってくるから……)


 もう自分は立派な悪人だ。このままこの男が寝返らなくても裁きを受けよう。

 罪悪感たっぷりに目を瞑って判断を待つ。

 すると――


「よし決めた。こっち」


 ドゴン、という鈍い音がした。


「……」


 アカネが恐る恐るといった様子で目を開けたその時、見えたのは――


「だって君、わざと『美人』って言葉抜かしていたでしょう? だけどこの子のお姉ちゃんなら美人は間違いないじゃない。だったら選ぶのはこっちだよねえ」


 緩い笑顔を見せながら間延びした声を放っている無精ひげの男の姿。

 そして悪人面の男が地面に横たわって白目を剥いている姿であった。

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