ガールズラブ短編集

真田 氷鳴

後輩と生徒会長



「貴女の事が好きです。私と、付き合ってください」



「は?」

 数秒の空白ののち、そんな間抜けな声が出た。

 空いた口の塞がらない私の前には、陶磁器のように白い肌を朱に染め、きゅっと目を瞑って、触れたら折れてしまいそうなくらい細い指でおろしたての冬服のスカートをぐっと握りしめ、俯いて告白する少女―――生徒会長が居た。

 いやいやいや、待ってくれよ。勘弁してください。なんでそんな唐突なんですか。タイミングとか空気とかガン無視ですか。数秒前まで静かに読書してただけですよね、私。もしやあれですか、普段はただの完璧超人な生徒会長なのに私とふたりきりの時は幼児退行する彼女が珍しくしおらしい態度で部屋に入ってきていつもみたいにちょっかい掛けてこないなぁとか思ってたら、告白すると決めてたからですか。そうですか。そうですよね。はは、どうすんだこれ。思考がまとまらないぞ。

「えっ、だっ、まっ、は?」

「えっと、あの、はい。…………もう一回、言う?」

 混乱する私に、生徒会長が顔を上げて困惑顔をした。いや、困惑したいのは私の方だ。というか、してる。し過ぎて読んでいた本を落としたくらいだ。愛読書に傷がついたら最悪である。とりあえず拾ってから彼女に向き直る。

「いえ、それはいいです。…………あの、私の耳がおかしくなければ今私は会長さんに告白されたと思うのですが」

 一応確認してみる。万が一、億が一そんなことはありえないと思うのだけど、もしかしたら私の耳がおかしくなった可能性も否めない。それならば、恥を偲んでも聞くべきだ。

「うん、好きって言ったよ」

「…………?」

 …………どうやら本格的に耳がイカれたらしい。もしくは夢か、それとも先輩の悪趣味な悪戯か。ああ、後者か。後者だな、うん。むしろ後者しか認めない。

「もう、不思議そうな顔しないでよ」

「はぁ、今年のエイプリルフールならもう半年前に済ませたじゃないですか」

「嘘じゃないよ!?」

 あの時もこの生徒会長は悪ふざけをしにきたなぁ、と遠い目をしながら思い出す。悪ふざけ的な意味で言えば毎日がエイプリルフールみたいだ。迷惑この上ない。

「嘘じゃないって、じゃあなんですか。私と付き合いたいってことですか」

「だからそういったじゃん! もう、後輩ちゃん意地悪だ…………」

 すいませんね、生憎フリーズしてて後半は聞こえてなかったもので。

 なんて心の中で呟きながら、パイプ椅子の上で器用に体育座りをしていじいじと拗ねる生徒会長に目をやる。

「…………いや、いやいやいや。何言ってるんですか、私は女で、会長さんも女で、おまけにここ、共学校ですよ? 男子が泣きます、主に先輩のファンクラブの」

 濡烏色の髪、白雪の肌、すっと通った鼻筋に、切れ長の眉と二重の双眸。高すぎない高身長で、スポーツ万能、成績優秀。しかも前代未聞の二年連続生徒会長を務める、文句無しの主人公格の人種が、私みたいなそこら辺のモブに告白するなんて信じられるだろうか。否、無理である。というか夢でもその夢すら夢だと疑うレベルだ。うん、訳分からなくなってきた。


「だって好きなんだもん」


 あっけらかんと言い放つ彼女に、言葉を失う。パクパクと音を伴わない声が空気に溶ける。むしろ私の周りの空気だけが無いとすら感じさせるような、そんな静けさに陥る。

 そしてその空間に音を奏でるのもまた、彼女だった。

「同性とかさ、関係ないよ。いや、確かに世間の目とか、厳しいものもあるけど。でも、私が君を好きなことと、そういうのは、関係ない」

「っ、いや、そう言われてましても」

 佇まいを直して、真っ直ぐにこちらを見てどストレートに思いを告げる生徒会長に、思わず言い淀んでしまう。

 だって、変だ、おかしい、有り得ない、そんなことあるはずがない。

 脳裏に否定の言葉が浮かんでは消えていく。心の奥底に浮かんだ、それこそ『有り得ない』感情を覆い隠すように、ありとあらゆるネガティブな単語が思い浮かんでゆく。

「どうせまた、いつものドッキリだろ―――なんて、思ってないよね?」

「ぅ…………」

 残念ながらその通りです、なんて言えるわけもなく、ますます押し黙る。ちらりと生徒会長の顔を見やると、そこにはいつものふざけたような雰囲気を全く感じさせない彼女がいて、どこか悲しそうな目で私を見ていた。そんな顔されると、逸らしたくても目が逸らせない。私は今、どんな顔をしているのだろうか。きっとばつの悪そうな顔をしているのだろう。ああ、いやだな。ただでさえ自信のある顔をしているわけじゃないのに。

 そんな思いがぐるぐると回って、無音を加速させ、部屋の空気をさらに重くする。普段からそれなりに静かとはいえ、かつてここまで耐えられない静けさに見舞われたことはあっただろうか。いや、絶対にない。そもそもここに彼女以外の人が来た試しがない。


「…………はぁ」

 些かの沈黙、見つめあいは、生徒会長のそんな溜息によって打ち切られた。

「いやさ、確かに私の普段の態度も問題あると思うけど」

 生徒会長が私から目を逸らし、床に視線を落として語り出す。うん、問題しかないので更めて頂きたいことこの上なしです。なんて言えるわけがない。

「その反応はいくらなんでも酷いよ…………結構勇気出したんだけど」

「す、すいません」

 そう言ったっきり、生徒会長は黙ってしまった。

 ええ、私にどうしろと。これでも結構、緊張してるんですけども。

「い、一応聞きますけど」

「…………なぁに」

 私から話しかけると、もはや匙を投げた、とも言わんばかりのムスッとした返事をされた。うわ、心にくるなこれ。

「一体いつから、ですか」

「え、何? 信じてくれるの?」

「そりゃ、そんな顔されたら、誰だって」

 そんな顔ってなんだよ、なんてまたもムスッとしながら、彼女は答える。


「ずっとだよ。出会った時からずっと、君のことが好き」


「はぇ…………」

 変な声が出た。

「私が生徒会長の仕事で忙しくて、過労で倒れたとき。誰にも『限界』だって言えなかった私を、初めて会ったはずの君が一目で見抜いて、保健室に連れてってくれたでしょ」

 しかも続くみたいだ。

「…………そんなこともありましたね」

 あの時は確か、部活の部費申請かなにかで生徒会室に行ったんだっけ。それで、なんか必死に笑顔で顔色悪いのを隠そうとしてる生徒会長と会ったんだよね。でも、会長の言い分には一部間違いがある。競って正そうとは思わないけど。

「あの時、君がなんて言ったか覚えてる? 書記の子に向かって『分からないところあるのでこの人借りていきますね』って、初対面の私を連れ出してさ。申請書の担当、書記ちゃんなのにね」

「それはその、生徒会長さん体調悪そうなのに誰も止めないし、今にも倒れそうだったので。…………現にその後、生徒会室出てすぐに倒れたじゃないですか。大変だったんですよ、運ぶの」

「重かった?」

「軽すぎでした。大変だったのは周囲からの目線ですよ」

 正面から脱力されたからお姫様抱っこみたいな事しかできなかったし、生徒会室から保健室は微妙に遠いし、そういう時に限って先生は会議で居ないし。私がか弱かったら大惨事だった。悲しいことにか弱いとは遠いところに居るんだけどね。実家、道場だし。

「その説はありがとね。それからずっと気になってた。多分、自覚したのはその後すぐ、街中で変なのに絡まれてる時に、手を取って助けてくれたとき。私自身、誰かを助けることがあっても、助けられることなんてなかったから。それだけじゃなくて、その後も、今までずっと、何回も助けられて。気づいたら、君無しじゃ生きていけなくなりそうなとこまで来てたよ」

 …………うぉぅ、なんだこれ。恥ずかしいぞ。というかさらっと依存発言されたぞ。私も人のこと言えない気もするけど。

「か、買い被りすぎです。私はそんなに褒められるような人間じゃないですよ」

「そんなことない!」

「っ」

 食い気味に言われて驚いてしまう。

 生徒会長は大きな声出してごめんと謝って、続ける。

「…………少なくとも、見ず知らずの私を保健室に連れてこうとする人なんていないよ。私じゃあるまいし」

「会長さん、自覚あったんですね」

 誰にでも優しい彼女のことだ。今まで救ってきた人の数はいざ知れず。まあ、そんなこと微塵も思ってないんだろうけど。むしろ自己犠牲は美化せず、嫌悪している。

「そりゃ、意識してやってるからね」

 はは、と自虐的に笑うこの人は、過去に自分のことを「他人に自分をいかに良く見せるかしか考えていない偽善者」、と称したことがある。彼女のことをよく知る人達は「そんなまさか」と笑い飛ばすような内容を、この人は、もう罪悪感で死んでしまいそうだとでも言わんばかりに、とても悲しそうに話したのだった。それは彼女と出会って暫くして、どうして自分に構うのか、と問いた時だったか。


「誰にでも愛想を振りまいて、いい顔して」

「決まりきった善意で相対する。本当の自分を笑顔で隠して、どこからどう見ても隙なんて見せないようにして」

「…………親と、周囲の期待を裏切らないように、自分を偽って、生徒会長だって打診されたから、どんなに激務でも引き受けた」

「そんな八方美人な私は、完全無欠の生徒会長になった。…………そんな評価、欲しくもなかったのに」

「私は、本当の私を誰かに見せることが出来ない」


「こんな自分、大嫌いだよ」


 自虐、自虐、自虐に次ぐ自虐。

 今までの自分を真っ向から否定し、性格を否定し、生き方を否定し、人間そのものを否定する。流された涙は悔しさか、悲しさか、それともほかの何かか。言葉にしきれない感情を涙が形容化して、私の心に訴えかける。

 きっと、彼女が常日頃からしている事は、何も知らない人からしてみれば『美しい生き方』なんだと思う。この国で提唱されて、「こんな人になりましょう」っていう理想の人格なんだと思う。現に私だって何も知らなければそう思うだろうし、彼女の周囲にいる人達はそう思って疑わない。

 きっとそれは、自分を隠し続けた彼女の唯一の『本音』だった筈だ。

 それをもう一度聞いた今、この人の、本当に自分のことが何一つ好きじゃないんだってことが、ダイレクトに伝わってくる。

 だから、そんな事言われてしまったら、もう我慢なんて出来なくなってしまう。

 なんでそこまで卑下するんだ。どうして、そこまで、私の『――』な人を貶めることが出来るんだろう。

 そんなこと、そんな自分を追い詰めるような真似、しなくていいのに。



 ここで唐突だが、私は幼い頃に母を亡くしたせいか、周りによく「達観している」と言われることがある。

 達観している、というのは言ってしまえば冷めているのと同意義だ。同年代に比べて精神的に成熟するのが早かったとも言える。

 それはつまり、物事に対する自分の行動に責任が伴うということを早くに知っていたということで、故に私が自分からなにか行動を起こしたり、要求したりするようなことは殆ど無かった。高校に入ってからは尚更、形を潜めて過ごしていた。

 でも、それはきっと建前で、私は恐れていたんだと思う。何もしなければ何も起きない、だから何もしない。傷つきたく無いから、人と必要以上に関わらない。他人に、特定の感情を持たない。

 本当は分かっていた。なんとなく、もしかしたらって予感はあった。

 だから、務めて「普通に」過ごした。お互い傷つかない様に、私が傷つかない様に、また大切な人を失わないように。

 でもそれじゃ多分ダメなんだろう。それくらいお互いに依存して、好きあってるんだと思う。

 知らないふりじゃ終われない。 だって、私がもう、我慢できそうにない。傷つきたく無いなんて言ってられない。今を逃したら、もっと傷ついてしまう気すらする。


 好きな人に、好きな人を知って欲しい。胸を張ってそれも自分だって言ってほしい。そう思ってもらわないと、私が悲しい。

 何事も言葉にしなければ始まらない。それなら、私がすべきは。


 覚悟を決めた私は机に本を置いて生徒会長に向き直る。彼女の目は悲しみを灯していて、これから何を言われるのだろう、と怯えもしていた。 涙を拭うのに目を擦りすぎたのか、兎みたいに赤くなっていて、痛々しい。

 そんな追い詰められた彼女に、私が言ったのは―――



「めんどくさい人ですね、貴女は」


「…………は?」

 そんな罵倒だった。

 目が点になる生徒会長はさておいて、私は続ける。

「なんです、さっきから聞いてれば前と同じようなことを長々と」

「期待に押しつぶされて、病む寸前とか不器用ですか、貴女は」

「そんなこと百も承知ですよ。それこそ保健室に連行した時から」

「貴女と出会ってもう一年と半年も立つんですよ。分からないわけないじゃないですか、もう」

「普段は周囲の期待に応えて見せて、できる、かっこいい生徒会長を演じて、やりきって」

「それで私の前だけでは感情見せて、幼児化して、とかなんなんですか。可愛すぎですか。やめてくださいよ、どんだけ貴方の事好きにさせる気ですか」

「というか普通、嫌だと持ったものを完璧に出来るほどの器量なんて人間には備わってないんですよ。会長さんは頑張りすぎなんです。心の中でどう思っていようとも、誰かを助けたことは事実です。聖人君子じゃないんですから、悪感情を持っちゃいけないわけじゃないんですよ。それを何ですか貴女は、やってることはただの人助けなんですから誇っていいんです。寧ろ誇ってくださいよ、誇るべき事なんですから」

「それなのにそんなかっこいい自分のことディスって泣き出すとか情緒不安定ですか。それを私には見せてくれるとか、なんですか。こっちがどんな思いで知らないふりして、わかんない振りして、鈍感気取って来たと思ってるんですか。こっちなんて自分の保身のことばっかり考えてるような人間なのに、そんな評価されたら改めなきゃならなくなるでしょう」

「隠し通そうとした私の時間が無駄になっちゃいました。責任、とってくれるんですよね?」


「はい、あの、え? ま、まって。色々混乱し過ぎて言葉に…………罵倒されたと思ったら告白された…………?」

 困惑させる時間なんて与えない。このどうしようもなくめんどくさい先輩には分かってもらわないといけない。

「あのですね、多分会長さん覚えてないでしょうけど、私貴女と会ったの生徒会室が最初じゃないです。去年――いや、一昨年の受験の入試の日、貴女に失くした受験票を探してもらったんですよ。覚えてないでしょうけど」

「そんなこと…………いや、あった。確かに困ってる子と一緒に、受験票探した」

 ここは自分が受けるにはそれなりにレベルの高い学校だったから、知り合いも誰もいなくて、凄く緊張していたことを覚えている。緊張の余り、受験票落として半泣きになってたことも。それで、見ず知らずの私に「生徒会長だからさ」って、授業もあったはずなのに一緒に探してくれたこの人のことを、「これで試験、合格できるよ。受験票探すのだって諦めなかったんだから、絶対最後まで頑張れる」と、安心感でその場にへたりこんだ私に手を差し伸べてくれたことを、忘れた日は無い。

「最初は助けて貰った恩でした。何度もお礼をしに行こうって貴女のことを見てました。でも、覚えてなかったらな、とか考えてるうちに月日がたって、たった一人の文芸部員になって、否応なしに生徒会室に向かったら、会長さん、死にそうな顔してるんですよ? もう連れ出すことしか考えてませんでしたよ」

 もしかしたらお人好し過ぎて詰めすぎちゃう人なのかな、とか考えていたらそうじゃなくて、期待というプレッシャーが強すぎてそうせざるを得なくなってたなんて聞いた日には、なんで気付かなかったのかと一晩中自分を責め立てた。そんな義理ないのに、だ。

「気付いたら保健室で目が覚めた貴女に説教してて。後輩で何も知らないはずの私が、ですよ? ようやくお礼が言えそうだと後日改めてお礼の品買いに出かけたら今度は街中でナンパされてた女の子庇って不良に絡まれてるし、心臓止まるかと思いましたよ。最早学校関係ないですよね、会長さんの自己犠牲」

「うわ、そこまで見られてたんだあれ…………」

「もう少し自分を大切にしろって言えば翌日から部室に『休憩しに来ました!』なんて毎日ちょっかい掛けに来ますし、一日無断で部活休みにしたら泣きそうな顔して教室まで押し掛けられるし、進路に悩めば口に出さずとも話聞いてくれて、疲れてる時は遠慮なく甘えてくれて、って、普段あんな凛々しい人が私の前だと子犬みたいな態度になるって、好きにならないわけないでしょう。今じゃ一日顔合わせ無いだけで寂しくてしかないくらいなのに」

 感謝が心配になって、心配が好感になって、好感が恋愛感情になるのに、大した時間は掛からなかった。

 この子猫のような子犬みたいな生徒会長との関係が、距離感が心地いいと思ってしまったから、そんないつか自分を傷付けるような危険な思考は持ってはいけないって、ずっと我慢してたのに。

「会長さんが空気読めない告白してくれたせいで私の我慢が水の泡です。言うならもっと先に、ちゃんと空気考えてして下さいよ、ばーか」

「ば、ばかって…………」

 勢いでストレートな罵倒まで出てしまった。あとが怖いけど、気にしてなんていられない。


「で、もうこの際だから言いますけど」

「えっ、まだ続くの…………?」

 そう、まだ続くのだ。と言っても、次ので私の言葉はおしまいだけど。


「私だって、会長さんのことがそういう意味で好きです。未だに名前呼ぶのも一々緊張するから会長さんって呼んでるくらいには、好きだって思ってます」


 一字一句、誤解の無いように言葉を選んで紡ぐ。

 言い訳めいた告白が生徒会長の耳に入る頃には、彼女の瞳に大粒の涙が浮かんで、次の瞬間には口を抑えて感極まったように泣き出した。



「それなら最初からそう言ってよ! 後輩ちゃんのバカぁ!!」

「私の好きな会長さんのことを貶すからです。会長さんのバーカ。もうちょっと自分のこと好きになってから告白してください」

「好きになれって、そう言われてもいきなりは無理だよ! そんな自分が嫌だって思ってずっと生きてきたんだから!!」

 それなら今から好きになってもらえばいい。

 たぶん、こんな感じに言えば少しは変わってくれる気がするから、だから言葉にする。前までは言えなかった、そんな言葉を。


「貴女の好きな私が貴女の事を好きだと言ってるんです。好きな人のこと信じられないんですか?」


 まあ、脅しとも言うんだけどね!


「そ、それは卑怯だよ!! いや、後輩ちゃんのことは信じてるけど、それは…………」

 やっぱりいきなりは難しいよね。それが普通、当たり前だ。生まれてから信じて、そう思ってきたものを今の一瞬で変えられるわけがない。そんなこと出来たら、みんなもっと幸せに生きてる。

 でも出来ないからこそ、出来ることもあるというものだ。

「はいはい、別に今すぐ直せってことじゃないですからいいです。…………これから一緒に、そう思えるようになってくれれば、それでいいですよ」

「えっ…………あ、そういえば告白してされたんだから――――」

 さあ、この愛すべきおバカな生徒会長が余計なことに気付いて調子に乗る前に、今日の部活は終わりにしてしまおう。机の上に置かれた本を鞄に詰めて、鍵を手に取ってパイプ椅子から立ち上がる。背後で何やら騒ぐ彼女には目もくれずに一言だけ、こう告げた。


「置いてきますよ、――先輩」


 きっと明日は、いつもの倍じゃすまないくらい構わされるんだろうな、なんて思いながら、私は一人微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガールズラブ短編集 真田 氷鳴 @hyomei-sanada_0912

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ