第5話 半分というか10割方脅しみたいなもの。

自分に霊感が……? と、咲良は現実味の湧かない言葉を頭の中で反芻する。


「そう。恐らく私の一連の行動が原因だと思うんだけど……」

「……本当に?」

「だってそうじゃなきゃ、あのもやは見えないはずよ? 人が死ぬっていう状況に触れて、影響を受けたのかもしれない」


 ちなみに、と絢音は言葉を紡ぐ。


「私にははっきりと人の形をした彼女が見えていたから、まだあなたの霊感はそこまで強くないみたい。それに、織部くんがこの店に来てからの反応を見る限り、いつでも見えるという訳ではなさそうね」


 絢音の言葉に、咲良は高速で辺りを見回した。「どこ!? どこ!?」と小声で繰り返すと、近くを通った女子小学生が咲良にジト目を向けた。まるで「何を騒いでんだ、いい歳して……」と糾弾しているようだった。


 何だか大人びた、というかひねくれた小学生だな……と考えながら背中を見送ると、絢音が「あら」と驚いた声を上げた。


「ちょっと力が強くなってるみたいね、織部くん」

「え……」


 絢音の何気ない言葉に咲良はゾッとする。今咲良の目に止まったのは、絢音と少女だけだ。

 バッ、と振り返り、小学生がいた方を見る。

 誰もいなかった。


「……っ」


 咲良が自分を抱きしめ、高速で二の腕をさする。


「……ま、まあ、そのうち良いことあるわよ」

「フォローが雑!」


 咲良の本気の返しに、絢音はのけぞって「ご、ごめんなさい……」と謝った。


「でも、本当に見えているのね……」


 絢音が真剣な顔で、咲良をじっと見る。吸い込まれるような黒い瞳に、咲良は思わず顔を逸らした。


「……どうしたら良い?」


 咲良は直球で聞いた。突然身に付けた霊感なんて、絶対役に立たないどころか心臓に悪いだけだ。さっきのように生身の人間だと思い込んで話しかけでもしようものなら、友人から狂人のレッテルを貼られてしまう。

 咲良の切実な問いに、絢音は再び顎に手を当てて「そうね……」と考え始めた。


「……織部くん、私と一緒に霊を助けてみない?」

「……へ?」


 絢音の言葉に、咲良は素っ頓狂な声を上げた。何を言っているんだこの人は……と呆気にとられる咲良をよそに、絢音は言葉を続ける。


「あなたのその力、自然に弱まってやがて消えるのなら良いけれど……このままだと、どうなるか分からないわ。だから、私がそばで見てあげていた方が良いんじゃないかと思って」

「で、でも、そっちの方がよっぽど危険なんじゃあ……?」


 これだけの美人と一緒にいられるのは幸福なのではとも思ったが、その後の展開を考えたら恐ろしくてしょうがない。霊感たっぷりの彼女に霊が引き寄せられて、その内の一部が自分にも……なんていう事態は、想像さえしたくない。

 しかし絢音は、咲良の言葉に対して残念そうに眉をひそめて首を振った。


「……普通の町ならそれで良いかもしれない。いえ、その方が良いでしょう。でも、この町――夢奇ヶ丘町ゆめきがおかちょうではそうもいかないの。ここは怪談が数多くあるでしょう? ただの噂ももちろん混じっているだろうけれど、大半は本物なのよ。そしてその怪談の数に比例して霊は存在する」


悪さをしない霊がほとんどだけれど――と言って、絢音がため息を吐く。たったそれだけの動作で、今までの苦労が伺い知れた。


「中には、生きている人間に害を加えるものもいる。そしてそういった人たちは、自分の存在に気付いてくれる存在に襲い掛かることがとても多いの」

「え……本当に……?」

「そう。考えてみて。今まであなたと霊は違う次元――別チャンネルに住む、互いに干渉することの無い関係だった。それが急に、あなたのチャンネルが霊の住むチャンネルに繋がったの。霊が乗った車が行き交う高速道路に、急にあなたという生身の人間が現れる――そんな状況なのよ、今は。見付かっても何もされないかもしれない。けれど、今の状況では恐らく理不尽に襲われる確率がかなり高いわ」

「お、襲われるって言うのは、具体的にどんな被害が考えられるの? いまいちピンとこないんだけど……」

「ん、低級な霊であれば一時的に体調不良に陥るって場合もあるけど……場合によっては死……」

「え」

「……うん、大変なことになるわ」

「ちょっと待って、今最大級に不吉なことを言いかけなかった?」

「安心して織部くん。一番ひどいパターンは死んでなお呪われて魂ごと縛られるという展開だから」

「何が安心なのさそれ!? フォローが下手すぎるでしょ!」

「あ、うぅ……ごめんなさい……」


 しゅんとした。

 絢音は今にも泣きそうな顔でアイスコーヒーのストローの袋をくしゃくしゃと弄り出す。手持無沙汰なのか……と思っていると。


「ねえ、なんで謝りながらストローでペンギンを作ってるの?」

「ぐす……上手くない? 今回のはちょっと自信あるんだけど……」

「上手いけど! TPO全部間違えてるから!」

「うぅ……ごめんなさい……頑張って生贄部隊を作るから……」

「物騒な名前の部隊を作るな! ペンギンがかわいそうだから! ていうかそもそも何に対しての生贄なの!?」

「ぐすん……頑張ってねピョン吉、ピョン子、ピョン次郎……贖罪部隊としてしっかり責務を果たすのよ……」

「せめてペンギンっぽい名前を付けてあげて! ナプキンまで使い始めてる!? ていうか部隊名がいつの間にか変わってるし! あと贖罪って俺に対してなの!? ならせめてもうちょっと普通に謝って!」


 ……と、自分でも驚くほどのテンションでツッコんでいた咲良は一度落ち着くことにした。こほんこほんと咳払いをして、ツッコみ疲れた目を絢音に向ける。


「はぁ……分かったよ。未だに細かいことはさっぱりだけど……協力する」


 ため息交じりに発した咲良の言葉に、絢音は喜色満面の笑みを浮かべた。


「本当に!? 良かった……このままだったら数日以内に憑り殺されてもおかしくなかったげふんげふん」

「ちょっと待て」

「行け、ピョン吉! 今の発言をうやむやにしろ!」

『ワオーン!』

「腹話術が下手すぎるわ! あとせめて鳴き声くらいペンギンにしてあげて!」


 絢音の恐ろし過ぎる発言に戦々恐々としながらも。


「……何にせよ、よろしくね? 織部くん」

「まあ、よろしく。幽鬼ヶ原さん」

「絢音」

「え?」

「私、苗字で呼ばれるのあまり好きじゃないの」

「じゃあ……隠れ巨乳って呼んで良い?」

「ぶっておいたわ」

「うん……しかも二発……」

 咲良が涙目で頬をさすっていると、ほんのりと頬を赤らめた絢音がこほんと咳払いをした。

「……という訳で、名前で呼んでほしいの。呼び捨てで良いから」

「……じゃ、じゃあ……あ、絢音……っ」

「……ちょ、ちょっと、そんなに緊張しながら言われても困る……っ」

「……なんか照れるね……」

「やめて、顔赤くしないで。ちょっと可愛いとか思っちゃったでしょう」

「絢音の方が可愛いって」

「……名前呼び……効く……っ」

「効くんだ……。じゃあ俺のことも名前で呼んでよ。呼び捨てでも何でも良いよ」

「……じゃ、じゃあ……さ、咲良くん……っ」

「……くん付け、効く……っ」

「効くんだ……」


 こんな会話を交わして。

 織部咲良と、幽鬼ヶ原絢音。

 死に様を見た少年と、死に様を見られた少女。

 二人の奇妙な関係が、ゆるりと結ばれた。




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幽鬼ヶ原絢音は笑ったり死んだりと忙しい。 高橋徹 @takahashi_toru_

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