第4話
「ねぇ亜里砂、なんで土曜こなかったの?」
月曜日の朝、登校した私に莉里がきつい調子でいった。
「他の人には、体調不良っていっといたケド。連絡しても返信ないしどういうこと?」
「あー、マジゴメン。体調悪くて寝込んでてさ。スマホも落として画面割っちゃっうしもうサイアク」
嘘じゃない。土曜日に行かなかったのはなんとなく気分が優れなかったからで、そう思ってたら本当に調子が悪くなって、スマホの画面も割った。
「ふーん、もう平気なの?」
「うん、もう平気平気。スマホも直してもらったし」
「そっか。清、心配してたよ」
「う、うん」
莉里はそれ以上私に聞きはしなかった。
そのとき教室に入ってきた清と目が合った。
「あい——亜里砂さん、体調はもう大丈夫?」
「あ、うん。もう全然へっちゃら〜、ゴメンね! 土曜日はどうだった?」
私は二人に元気に振る舞って聞いた。
莉里は顔をしかめて、深く溜息をついた。
「もうマジ大変でさぁ——」
「全然、大丈夫だったよ。莉里さんも手伝ってくれたし」
愚痴ろうとする莉里の声と清の声が被った。
二人は目を見合わせる。
「ま……そうだね。まぁ私器用だし? なんとかなったよ」
「うんうん、ホント、莉里さんすぐに鶴の花も作れるようになって助かったよ」
淸がぶんぶん首を縦に振る。
「そっか。うん、それならよかった」
私は精一杯の笑顔でそういった。
「ねぇ亜里砂。なんで帰ろうとしてるわけ?」
その日の放課後。帰ろうとする私の前に莉里が立ち塞がった。
「朝も様子おかしいと思ったけどさ。ねぇ、土曜日の嘘なんでしょ」
「別に嘘じゃないし。ホントに体調悪かったし」
「じゃあなんで帰んの?」
「ただ……なんか、醒めただけ」
「はぁ? なにふざけたこといってんの? 言い出しっぺでしょ。清、待ってるよ」
腕をひっぱり連れて行こうとする莉里の手を私は払った。
「莉里がやればいいでしょ」
「は? 意味わかんないし。アンタがこないとダメでしょ」
「莉里の方が器用だし! ウチって別にいらないじゃん? 作るのは清が仕切ればいいし」
その言葉に、莉里が顔を歪めた。
「本気でいってんの? バカじゃん?」
「っ……莉里にはわかんないよ!」
「ハァ? なに拗ねてんの? ホント、ウザいんだけど。もういい。好きにしな」
チッ、と舌打ちをして下駄箱を蹴りつけると莉里は去って行った。
「……サイアク」
私は下駄箱に額をゴツンとぶつける。ホント、私ってサイテーだ。
自己嫌悪で死にたくなる。
「なにしてんだろう、ホント」
自分でも、どうしてこんなことをしているのか気持ちがあいまいでわからない。
「…………」
そのまま帰ろうとして、でもみんなが作業してる中、家にひとり帰るのもしんどくて、スーパーで折り紙を買い込み、ファミレスでドリンクバーを注文して鶴を折った。
私は、結局この鶴しか折ることができていない。
清は、他の折り紙も色々と見せてくれて、たった15センチ四方の紙切れが、こんなにもいろんな姿になるんだと感動した。
いくつか練習したりもしたけど、結局、あんまり上手くいかなくて。自分で折るのは鶴だけ。
気づけば夜十時を過ぎて、このままだと補導されそうだし店員さんの視線も痛い。
帰り道、少し遠回りをして学校の横を通ってみる。
当然この時間にはもうほとんどの生徒は帰っていて、校門も閉まってるんだけど。
「え……?」
折り紙の作業をしている教室の明かりがまだついていた。
「なんで……?」
足は自然と教室へと向かっていた。作業している教室につくと、中には金曜日に見たのとほとんど変わらない……いや、むしろ小さくなった千羽鶴が見えた。
その前で、清がひとりうつむいたまま作業をしている。
「なんで?」
「え……? 亜里砂さん?」
気まずいのも忘れて、思わず私は教室へと入っていた。近づいてわかったけど、千羽鶴は間違いなく小さくなっていた。
そこかしこに千羽鶴の残骸が散らばっている。
「こんな時間までなにしてんの!? アンタ一人? 他の人は?」
「あぁ、ええと」
「っていうか、これは? ……壊れたの?」
清は力なく笑った。その表情でわかった。
「土曜日、なにがあったの!?」
「あ〜……みんながちょっとはしゃいじゃって、ちょっとつなぎ目が弱かったのもあって、糸が切れちゃって」
「ウソ……」
「あ、でも、全然大丈夫だよ。つなぎ直して、もうほとんど戻ったし」
「みんなは!?」
「ええと……莉里さんが手伝ってくれてたけど撮影で帰っちゃったから、今はひとり」
「なにそれ、じゃあ、みんなは壊したのに手伝ってないの!?」
「気まずくて帰っちゃったりとか、うん、そんな感じで」
「なにそれ!!」
私はものすごい怒りに襲われた。けど、違う。私には怒る資格なんてない。
そうだ、わかっていた。
私が声をかけていたのはクラスでもお調子者な子たちで、その子たちを清がまとめられるはずない。
全部、私のせいだ。
「ごめん……ごめんね……ホント、ごめんなさい」
「え!? な、なんで相坂さんが謝るの!? むしろこっちこそゴメンね、全然みんなのことまとめられなくて」
「違うの、違う……」
目が熱くなる。泣きたくないのに、涙がジワジワと上がってくる。
くそ、くそ、止まれ、止まれ。
泣くな、泣くな!
頭を机のふちにぶつける。
ゴッと鈍い音がして、痛みで余計に涙が出てきた。クソ、クソ、クソ!
「だ、大丈夫!?」
駆け寄って心配する清の手を私は振り払った。
「私……っ、土曜日、サボったの……なんか行きたくなくて、サボったの……それで、こうなって……だから、私のせいなの! だから、ごめん、ごめんね……」
清がどういう反応をするのか、私は怖くて見れなくてうつむいたまま涙をこらえていた。
すると、肩に大きくて厚い温かい手がのせられた。
その手は、私の肩をポンポンとやさしく叩く。
我慢していた涙が溢れた。溢れて止まらなかった。
私はそのまま清に背中をさすられながらしばらく泣き続けた。
「とりあえず、今日はもう遅いし帰ろう? 送るよ」
私が泣き止むのを待って、清はそういった。
うん、と頷く。
二人並んで、帰り道を歩く。
泣きすぎて目が腫れメイクも崩れていて、そんな顔を見られたくなくて私は空を見た。
「でも、亜里砂さんがきてくれてよかった」
「え……?」
「もしかしたら、もうこないのかなって、ちょっと思ってたから」
思わず清の方を向いて、アハハ、と私は乾いた笑いを漏らす。
「本当にきてくれてよかった」
そう笑う清をみていたら、思わず声が漏れた。
「でも、莉里の方がよかったでしょ?」
「え? なんで?」
きょとんと、清はそのまつげの意外に長い目を大きく意外そうに見開いた。
「莉里としゃべってるとき、あきらかに違ってるもん。わかりやすすぎだし」
「そうかなぁ? でもまぁ緊張はしてるかも」
「好きなんでしょ、莉里のこと」
「え!? 違うよ!?」
大慌てで否定する清を見ていたらなんだかおかしかった。
「別に隠さなくてもいいって。莉里は美人だし。口は悪いけど、いい子だし、うん、まぁ好きになっても仕方ないって」
「だから、本当に違うんだって!」
「なにが違うの!」
あんまりしつこく否定するので段々腹が立ってくる。
「いや、だって、その……僕が好きな人は……その、別にいるから」
「え?」
「だから、僕が好きな人は、莉里さんじゃなくて他の人なの!」
清の顔がビックリするぐらい赤くなる。
「そうなの?」
「そうだよ。だから……全然違うから」
清は顔を真っ赤にしながらもこっちをみてまっすぐにそういった。
「そっか」
口元が不自然に緩むのが自分でもわかった。
そっか、そっか。
「ねぇ清?」
「なに?」
「明日からまた頑張ろうね」
「うん」
私がグーを差し出すと、清もその大きな手でグーを作り、コツンと合わせた。
その翌日。
私は、千羽鶴を壊した子たちに、土曜日行かなかったことを謝って、それ以上に騒いで壊して逃げたことにお灸を据えた。
みんな悪いと思っていたらしく、清にちゃんと謝って、千羽鶴作りに前以上に協力してくれるようになった。
それから私は、莉里にも謝った。昨日の夜のうちに電話で謝り倒して許してもらったけど、実際に顔を合わせるとまた謝らなきゃって気になる。
「昨日は、ほんっと〜〜にゴメン!」
私は思いっきり頭を下げる。莉里は椅子に座って、足を組んだままこちらを睥睨している。
「完全にウチが悪い。八つ当たりだった。ホントにゴメン!」
頭を下げ続けていると、顔面につま先が飛んできた。
「ちょ、なにすんの!? 謝ってる人の顔面フツー蹴る!?」
「いつまでも頭下げてんのウザいし。もういいっての」
莉里はそのスラッとした足を組み替えてそう笑った。めっちゃいい女だった。
「あ、でも、私、清のことちょっと気になるかも?」
「なっ!?」
「ウソに決まってんじゃん?」
そう笑う莉里は、めっちゃ性悪でいつもの女王様だった。
放課後から作業を再開して、みんなで千羽鶴のフラワースタンドを作っていく。
みんな作業になれてきたこともあって、作業は前よりもどんどん進んだ。
一日過ぎ、二日過ぎ、三日が経ち、そして…………。
「できた……!」
期限の金曜日。
ついに千羽鶴が完成した。
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