第3話
折り鶴制作をはじめて五日が過ぎた金曜日。
毎日いろんな人に声をかけ続けた甲斐もあって、放課後の折り鶴を手伝ってくれる人も増えてくるようになった。
各クラスからの鶴も集まりだして、いよいよフラワースタンドの制作もはじめることになった。
フラワースタンドは、折り鶴を繋いだものをさらにぐるぐると巻き上げて土台にし、そこへ鶴六羽の片翼を重ね合わせて花のようにしたものを飾り付けていく。
それは全体像を把握している田上にお願いしてあって、私はクラスメイトとそのための素材作りをした。
その作業で一番大変なのは、色の組み合わせと鶴の大きさだった。
千羽鶴を作るに当たって、クラスによってその折り紙の大きさがまちまちだったのだ。
15センチ四方の折り紙を使っているクラスと7.5センチ四方のを使っているクラスがあり、さらに色の組み合わせをある程度揃えながら組み上げないといけない。
「ねぇ亜里砂、この色って赤? 黄色? どっち〜?」
「それは赤でこっちは黄色! よろしく!」
「鶴の花作るのに、同じサイズと色の鶴ないんだけど、どうするよ亜里砂?」
「足りない分は、自分で折る!」
「亜里砂ちゃ〜ん、オレ、鶴の折り方わかんねぇんだけど手取り足取り教えてくれね?」
「舐めたこといってんなら帰れ!!」
そんな質問やらお願いやらがひっきりなしにやってくる。
忙しいくて大変だけど、充実感もあった。
だけど、なんだかうまくいえない違和感があった。
なんだろう、と悩む私に田上が声をかけた。
「相坂さん、できてる分もらっていい?」
「それだ!」
「へ?」
「いやいや、なんでもない。はい、どうぞ!」
キョトンとする田上に作業に戻るよう促し、戻ったことを確認した私は近くの男子に、ひそひそ声で話しかけた。
「ねぇ、田上の名前ってなんだっけ?」
「え!? 亜里砂知らないの? マジで?」
「ちょ、バカ、声でかいって!」
私は声を小さくするように相手の頭をはたいて、もっと小さな声で尋ねた。
「で、なんだっけ? 今更聞けないし困ってんの」
私に叩かれた男子は恨めしそうな顔をしながら「田上清」と折り紙の端っこに書いた。
「なるほど、サンキュー」
私はお詫び代わりに叩いた頭を撫でてやってから、田上の方へと近づいた。
田上は、さっき渡した折り鶴で鶴の花を作っているところだった。
折り鶴の片翼だけを開いて放射線状に並べ花のようにし、折り紙で作った花の額を模した台座にのり付けし縫い付ける。
その細かい作業を、なめらかに指を動かして行う田上。
私はそっと隣の席に腰掛けて、真剣な彼の表情と手元を見ていた。
横から見ると思ったよりもまつげが長いことに気づく。そのまつげが、まばたきに合わせて上下に動くのをなんとはなしに私は見つめた。
作業の途切れるタイミングを見計らって、田上に話しかける。
「ねぇ、
「え?」
私の呼びかけに、田上が驚いた顔をする。
「今なんて?」
「ん? だから追加の折り紙」
「そうじゃなくて、ええと」
「
こくん、と田上は頷いた。
「いやー、だってさ。みんなウチのことは亜里砂って呼ぶっしょ? 田上に相坂さんって呼ばれるの気持ち悪いなぁって」
「えぇ……」
「だからウチのこと、ふつうに名前で呼んで? ウチも名前で呼ぶし」
できるだけ可愛く、そういった。
「あー、えーと……その」
しかし田上のようすは煮え切らない。
「前もいったけど、ハッキリいいなって」
「非常にいいづらいんだけど……僕の名前、
「…………」
思えばさっき男子が書いたのは漢字だけで読み方まで書いてなかった。くっそ、書いておけっての!
「ご、ごめんね……
「いや、
「え? でも」
「家族とか仲いい友達はそう呼ぶから」
「そうなんだ?」
「うん、高校で呼ばれたことなかったからちょっとビックリしたけど」
そっちの方がなじみあるし、と
「わかった、じゃあ
「えぇ、それは……」
「よ・ぶ・の!」
「わ、わかったよ……あ、ありさ、さん」
「さんはいらない!」
「ムリムリ! 住んでる文化圏が違うから勘弁してよ」
「ムリじゃない〜〜」
私は肘で清の腕を小突くように寄りかかってさらにしつこくからもうと——
「アンタら、なにラブコメってんの?」
「わっ!?」
「な、莉里!? び、ビックリした〜」
気づくと、私たちのすぐ横に鞄を肩にひっかけるようにラフに立って、ガムをくちゃくちゃ噛みながら白い目でこちらを見る莉里がいた。
「こっちのセリフだっての。作業にどうしてもこいってしつこくいうから、追試終えてきてやったってのに私に気づかずイチャついてるとかビビるわ」
「そ、そんな、イチャついてるとかそういうわけじゃ! そうだよね、
「……そうだよ、別に。そういうんじゃないし」
「ふーん、ま、別にどうでもいいケド」
莉里はそういうと私たちの向かいの席に座った。
「で、なにすんだっけ? 折り鶴ノルマ十羽とかあるんだっけ? 折り方わかんないし教えてよ」
「清が教えてあげてよ。ウチあっちの子たちの様子もみたいし」
「え、でも……」
突き放された子犬みたいな目でこっちを見る清に、なんだかイライラする。
「清のが教えるの絶対上手いから、莉里もその方がいいっしょ?」
「別にどっちでも」
「じゃ、よろしく」
私は、わたわたする清を残して席を立って他のクラスメイトたちの輪に戻った。
クラスメイトたちとたわいない軽口を交わしながら、作業を続ける。
鶴を折っていると、少し心が落ち着いた。
少し離れた輪の中から、私は清と莉里の様子をちらっとうかがう。
清は、私にしてくれたように莉里にも丁寧に教えていた。
「で、こっからどうすんの、
「すごいね、莉里さん。一発でできちゃった」
「まぁね〜、私だし」
ただ莉里は私と違って器用だから、ものすごくいい生徒みたいだった。
清はおっかなびっくりといった様子で莉里と話ながらも、その表情は一度も見たことがない、照れた嬉しそうな表情だった。
私は、清が黒髪の女の子が好きで、莉里みたいな子がタイプって話をしたことを思い出した。
次の日は土曜だけど作業することになっていた。
私は、行かなかった。
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