第2話

 私は田上の腕を掴み、職員室へと走った。


「やべっち、話があるんだけど!」


 職員室の自分の机にだらしなく座る担任は顔をしかめながらもこちらに向き直った。


「なんだ相坂。千羽鶴係やめたいとかダメだぞ?」

「んなこと言うわけないし! そうじゃなくてこれ! これ作りたいんだけど、いいでしょ!?」


 私はそういってあの写真を見せる。


「ん、千羽鶴を組み合わせてるのかこれ、すごいな」

「でしょでしょ!」

「でも、こんなの作れるのか?」

「大丈夫、田上がいるから!」

「田上?」


 怪訝な顔をするやべっちに私は得意げに話した。


「これ、田上が中学のときに作ったんだって!」

「へー、そうなのか?」


 私に連れられ所在なげに後ろでソワソワする田上が頷いた。


「はい……でも、あの、金曜までには無理だと思います」

「え、そんなの聞いてないんだけど⁉︎」

「なにも聞かずにいきなり職員室まで走ってったの誰?」


 あきれ顔の田上に、私はあはは、と頭をかく。


「どのくらいあれば出来るの?」

「大きさにもよるけど、鶴は学校全体分ぐらい必要で、それを組むから……二週間はかかると思うよ」

「そんなに……」


 私はやべっちへと向き直る。


「わかった。よし、やべっちロスタイムちょうだい」

「ロスタイム」

「そう、期限をあと一週間伸ばして! あとついでに、全校の鶴をうちのクラスにちょうだい!」

「おいおい……」


 私の言葉にやべっちは顎に手を当てて、うーん、と少し悩むそぶりをみせた。でも私は知っている。やべっちがこういう態度のときは大体OKだって。


「いろいろいいたいことはあるが……まぁ、いい。やってみな」


 予想通り、やべっちはそう言ってくれた。


「どのみち二年のどこかが全部の鶴をまとめなきゃならなかったからな。うちのクラスでそれをやるって言えば、他の先生方も喜んでくれるだろう」

「ホントに!?」

「ああ。先生方へ俺が話を通してやるから、各クラスの鶴をとりまとめたり組み立てたりは、自分たちで仕切れよ」

「やったー! さすがやべっち!」

「わるいけどよろしく頼むな、田上」

「え、あ、はい」

「ハァ? ウチは? ねぇ、ウチは?」


 ねぇねぇとしつこく繰り返す私を無視して田上の肩をポンポンと叩くとやべっちは、職員会議だからと私たちを外に追い出した。


「なにはともあれ……やったー!」


 廊下に出た私は、両手を突き上げていった。


「やったよ、田上! 作って良いって!」

「うん、良かったね。頑張ってね」


 他人事のようにいう田上の肩を私はドつく。


「なにいってんの? アンタもやるんだよ!」

「え……」

「当たり前じゃん! ウチじゃムリだもん」

「まぁ、そうだろうけど……僕が?」


 マジで、という表情の田上に、私は手を合わせる。


「お願い! お願いだから手伝って、田上」


 莉里に笑われた媚び力をフルに発揮して、上目遣いで胸元の谷間を強調しつつ田上を見つめた。


「……わ、わかったよ」

「ありがとう〜〜〜!」


 なんてチョロいんだろう、と思いながらも私の心は弾んでいた。

 よくわからない衝動に突き動かされて動いていた。


「やるからには、ちゃんとしたの作ろうね」

「当たり前じゃん!」


 それまでの態度の割に、やる気を出し始めた田上に私はぐっと拳を握って応えた。


 それからはトントン拍子だった。

 やべっちは次の日の朝にはもう、全学年から了承を取り付けきた。

 田上は、折り鶴を組み合わせて作るフラワースタンドの設計図案を一晩で考えてきてくれた。


 私は朝のホームルームでクラスのみんなに、折り鶴を組み合わせてフラワースタンドにしたいことを話した。

 昨日の夜のうちに、莉里をはじめ仲がいい人にはラインで伝えてあったのもあって、特に反発されることもなく了承された。

 そして、その日の放課後から、手の空いている人たちでフラワースタンドを作ることが決まった。


「でもさ、正直意外」

「なにが?」


 朝のホームルームの後、莉里がそう私にいった。


「亜里砂がこういうの自分からやりたいとかいうの、珍しいじゃん」

「ウチもそう思う。でも、なんか気づいたら動いてた」

「ふーん、そっか」


 私の言葉に、莉里は相変わらず興味なさげにつぶやいた。



 そしてその放課後から、千羽鶴のフラワースタンド制作が始まった。

 のだけど。


「って誰もいないし」


 放課後、千羽鶴のフラワースタンドを作る専用に借りた教室には私と田上以外誰もいなかった。


「まぁみんな部活とかあるしね」

「う〜〜」


 地団駄を踏む私に、田上がまぁまぁと宥め、席について折り紙を手に取る。

 私も隣に座って、同じように折り紙を手にした。


「まだまだ鶴が足りないから、とりあえずできるだけ折ろう」

「全部でどれくらい必要なの?」

「二千羽くらいは欲しいかな」

「そんなに!?」

「あの写真のは三千羽ぐらい使って、一ヶ月以上かけて作ってるからね」

「マジかぁ〜」


 そんな会話の間に田上は、鶴をもう一羽折り上げていた。

 その手の動きに思わず見入る間に、二羽三羽とできていく。


「ホント、田上折るの上手いよね。早いし」

「そうかな? まぁ鶴はかなり折ってるからね、慣れだよ」


 そういいながら田上は四、五枚の折り紙を重ねて折り目をつけて同時進行で折っていく。

 太くて大きな指先が、折り紙をたわめて、ふっと裏返ったと思ったら二、三工程が終わってあっという間に鶴になる。

 その指の動きを見ていると、トクトクと胸が高鳴る。


「ウチもがんばろ!」


 私だって昨日家に帰ってから練習して、なんとか作り方をみなくても折れるようになった。

 一度覚えたら、最初ほど大変ではなくなったけど、それでも一羽折るのには五分はかかる。

 その一羽を折る間に、田上は十羽近い数を折っていた。


「……なんか敗北感」

「あはは。相坂さんだって、一日ですごく上達したよ。昨日だいぶ練習したんでしょ?」

「ま、まぁ言い出しっぺだし。さすがにね」

「折り方覚えてるしすごいよ。昨日いったこともちゃんと気をつけてくれてるし」


 しっかり見られていることにちょっと照れる。


「田上はさ、どうして折り紙そんなにやるようになったの?」

「うーん、気づいたらって感じだけど……そうだなぁ、記憶にあるのは幼稚園のときかな」

「なにかあったの?」

「そのとき好きだった先生が、褒めてくれて。それでなんか嬉しくてよく折るようになった気がする」

「うげー」


 私は大きな溜息と呼ぶには汚すぎるなにかをついた。


「な、なに?」

「ショック。もっとしっかりした理由であって欲しかった。病気がちのお母さんに喜んで欲しくてとかさ。まさか女が理由なんて……! は〜〜、田上も男の子なんだねぇ」

「そうだよ!! 悪い!?」


 田上は顔を赤くして声を強く上げた。私の肩と、田上の肩が軽くぶつかる。アハハ、と私は笑う。


「ちなみに、その先生ってどんな人?」

「え? うーん、髪の毛が長くてストレートで、いつも笑顔で優しくてきれいな人だったよ」

「やっば、黒髪ロング。美人。ほんっとに、男ってそういうの好きだよねぇ」


 私は少し茶色いパーマを当てて緩く巻いた自分の髪を指先でもてあそんでいった。


「うるさいなぁ、いいだろ、別に」

「あ、じゃあ莉里とかタイプだ」

「べ、別に!」

「あはは、声裏返ってる。図星かよ」


 このこの〜、と私は田上の脇腹を肘で小突いた。

 田上の顔が一層赤くなって、折り紙を折る手が乱れた。


「違うってば! ほら、手が止まってるよ!」

「ええ〜、ウチよりも田上の手のが止まってますけど〜?」


 私はそういって田上の手をつついてもたれかかった。


「あ〜〜も〜〜! 折らないと、ホントに間に合わないって!」

「はいは〜い、わかりました〜」


 私と田上はそれからも他愛ない話をしながら、鶴を折り続けた。

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