千羽の鶴に恋

晴丸

第1話

 私、相坂亜里沙あいさかありさは怒っていた。

 マジありえない、やべっち本当にムカつく。

 やべっちというのは、私たち2−Aの担任、矢部武やべたけしのニックネームだ。


 今日の帰りのホームルームのときのことだ。

 学年主任の草間光代くさまみつよ先生、通称ミッチーが入院することになったから千羽鶴を学年で折ることになった、という。

 そこまではわかる。百歩ぐらい譲ってだけど。

 だって、ミッチーは口うるさいおばあちゃんで、私を見かけるたびに、やれスカートが短いとか、シャツの裾をしまえとかボタンを上まで止めろとか、メイクするなとかいってくるのだ。

 でもまぁ、それでも鶴を折るぐらいならまぁいいよ。


 でもだ。


「なんでウチが千羽鶴のまとめ役なワケ? ありえないんだけど」

「そだねー」


 放課後の教室で、不満たらたらで愚痴る私に、親友の高木莉里たかぎりりは綺麗に整えられた薄いピンクのネイルがしてある自身の爪を眺めながら興味なさそうに応える。


「目が合ったからまとめ役とかマジムカつくんですけど」

「まぁやべっちだし、いつもじゃん。ていうかさ、見てよこのネイル。昨日自分でやったんだけど、かなりよくない?」

「うわ、冷た! 莉里ホント他人事だと思ってるでしょ!?」


 ほら、と自分の爪を自慢げに見せてくる莉里は超がつく美少女で、目はアイプチもしてないのにぱっちり二重のネコ目で、重たいほどの黒髪はさら艶ストレート。スタイルもバツグン。

 作りまくって盛りまくってどうにかこうにか美少女の範疇に入る私と大違いの彼女。

 だけど神様は平等なので彼女の性格は聖人君子のような優しさは欠片も持ち合わせていない、冷酷無慈悲な女王様だった。


「他人事だし。つーかいいじゃん、千羽鶴まとめるぐらい。亜里砂、部活やってないし暇でしょ?」


 正論を綺麗な顔でガンガン投げつけてくる莉里に私は反論する。


「ウチが不器用なの知ってるでしょ!? 折り紙とかムリ!」

「別にアンタに全部折れってんじゃないじゃん?」

「これを見てもそれがいえるか!」


 私は自分の机の上の残骸を彼女の机へと移して見せた。


「うわ、なにこれ。ゴミ?」

「ウチの渾身の鶴に向かってなんてことを……!」


 確かに、自分でもヒドい自覚はあるけど。やべっちが配った鶴の折り方を見ながら作ったはずなのに、どういうわけか私の鶴はぐちゃぐちゃのよくわからないオブジェになっていた。


「は〜〜、マジウケるんだけど。え、どうやったらこんなになるの? インスタに上げていい?」


 ゲラゲラ笑ってそういいながら莉里はスマホでパシャパシャ私の折り鶴を撮り始めた。


「人の努力の結晶を勝手にそんなことさせな——」

「アハハ、やばい、速攻いいねされまくってるんだけど」

「もうあげたの!? こ、この性悪女!」

「ハハハ、なんとでもいいなって。っていうかヤバい。マジ、亜里砂、逆に才能に溢れてるんじゃない?」


 ウケるー、と涙を浮かべて笑う莉里に私は溜息をつく。


「ホントさ。マジ助けてよ。ウチ、これマジやばいんだって」

「あー、うんうん。亜里砂がヤバいのはわかった。けどパス」

「はぁぁ!? ここまで人で楽しんどいて!? 手先器用なんだから手伝ってよ!」

「やだー、ダルいー。っていうかこれから撮影だから、むしろ私の分もよろしくー」

「はぁぁ!?」


 莉里はその容姿を活かして雑誌の読者モデルをやってたりするし、そういえば今朝も今日は撮影とかいってたけど、マジか。本当に帰るのか。この困り果てた私を見捨てて帰って行くのね、とドナドナされる羊も同情する目で莉里に訴える。


 パシャ。


「ちょっ」

「その目で男に頼めば喜んでやってくれるって」


 ふふ、と笑って、スマホに写る超ぶりっこアピールしている表情の私をこちらに見せつけると、ばいばーい、と莉里はびっくりするぐらいあっさり帰って行った。


「莉里の薄情者〜〜〜!」


 廊下を遠ざかる莉里の背中に向けて叫ぶが、彼女は振り返ることなく颯爽と去って行った。女の私も見惚れるくらいかっこいい後ろ姿だ。


「はぁ」


 溜息をついて、自分の席に座る。

 折り鶴のノルマは、一人最低五羽で目標は十羽。それをクラス36人分集めてさらにそれを束ねないといけない。

 金曜の放課後までが期限だからあと四日……ムリ!

 絶望して私は机に伏せる。



「あの、相坂さん」


 もうムリだ、世界の終わりだ、と思いながらコレサワの曲を聞いていた私に声がかけられた。私は机に伏せったまま顔だけを横に向けた。

 声をかけてきたのは、クラスメイトの男子の……名前は、なんだっけ?

 とにかく身体がやたらとでかい、身長180センチ以上ある巨体のわりに他の印象がない男子が私の顔を伺っていた。


「なに?」

「折り鶴、どうしたらいいかな?」

「十羽出来たら持ってきて〜」

「うん、だから、十羽出来たんだけど」

「え、もう!?」


 ガバッと身体を起こす。


「うん、これ」


 そういって彼……確か田上たうえ。田上はそのでかくて分厚い手の平に、こじんまりした折り鶴をしっかり十羽載せてこちらに示した。


「うわ、ホントだ」


 ロングホームルームが終わってからまだ10分ちょっとしか経っていない。そんな短い時間で十羽の折り鶴を完成させるなんて。


田上たうえ、すごいじゃん。ねぇ、ちょっと私にも教えてよ」

「……」


しかし、私の呼びかけに田上は微妙な顔をした。


「教えるのいやなの?」

「いや、そういうわけじゃなくて」

「なんだよ、はっきりしなよ田上!」


 イライラしながらすごむと、田上は、ちょっと言いにくそうに頭をかきながらいった。


「あの、僕、田上たがみ

「……え? うそマジ?」

「うん、マジ。田上たうえは3組」

「ご、ごめんね」

「大丈夫、先生にもよく間違えられるから」


 あはは、と笑う田上に申し訳ない気持ちになりつつも、彼の下の名前が思い出せない私は、折り鶴の話に戻した。


「いや〜、でもさ。ほんとすごいよ。この鶴めっちゃ綺麗じゃん。ねぇ、ウチ全然折れなくて、教えてよ?」

「教えるのは全然いいけど、そんな難しいものじゃないと思うけど」

「ふふふ、ウチの不器用さをなめてもらっちゃ困る」


 私はそういって自分の折った鶴になれなかったなにかを見せた。


「あぁ、これはまた、なかなか……」

「ね、お願い」

「……わかった、いいよ」


 田上は私の向かいの席に腰をかけて、私の机の上にあるまだ使っていない赤い折り紙を手に取った。


「まずは四角形に折って、それをもう一度半分に」

「え? 配られたやつにはそんなの書いてなかったよ?」

「こっちの方が慣れてない人にはきれいに作れるから」


 そういいながら田上は私にも真似するようにうながす。


「そんなん余裕だし」


 バカにすんな、と私は緑の折り紙で同じように折ってみせる。できあがった四角形を見せて、どうよ、と自慢げにすると、


「えーと……折り紙をきれいに作るコツはね、ひとつひとつを正確にきれいに折っていくことなんだ」

「え?」

「相坂さんのだとさ、ちょっとずつはじっこがズレてて、折り目もまっすぐつけてないよね?」


 田上は私の四角の横に、自分の折ったものを並べる。

 いわれると一目瞭然。彼の赤い四角形は完全な赤でこれこそって感じの正方形なのに対して、私のは緑の端から裏の白い部分がところどころ見えていて、いびつな四角形になっていた。


「こ、このぐらい、いいじゃん! 誤差誤差!」

「その小さい誤差が積み重なって、完成した時に大きな差になるんだよ……」

「う〜〜」


 膨れながらも私は田上に言われたところを気をつけながら折り直す。


「うん、そうそう。そしたら一度開いて」

「なんで⁉︎ せっかく折ったのに!」

「さっきのは準備で……とりあえず、真似してみてよ」

「これで上手く出来なかったら恨むよ」


 ぼやく私を、ハイハイ、と軽くいなして田上は次の工程に進めていく。


「今度は三角形に折る。それをもう一度折る。そうそう、ちゃんと角と角がピッタリ重なるように気をつけて」

「うん」

「そしたら今度は、三角形をひらいて、つぶして正方形にする」

「ひらいて……つぶして、正方形……?」


 田上はその大きくて太い指を器用に使って、流れるようになめらかに折って見せた。

 私も真似をして折ろうとするが、三角形をひらいたところでわからなくなってしまった。


「……ちょっとごめんね、手借りるよ」

「!」


 フリーズした私に、見かねた田上はそういうと、反対側から手を伸ばし、両手で三角形を開いている私の右手の指先をそっと掴むと、正しい位置へと導いた。

 不覚にもちょっとドキッとする。


「そのまま押しつぶして、下の角と重ねて……はい、そこでその指は固定」


 田上は今度は私の左手をとり、折り紙の端へと持っていく。


「それで、最初に折った四角形の線に沿うようにここを折って?」

「うん」


 導かれるままに手を動かす。すると、きれいな正方形が片面に現れた。


「裏も同じようにやってみて」


 いわれるがまま、表と同じようにやってみる。


「そうそう、いい感じだよ」


 その先の作り方も、時々田上はこちらの手を取ったり、少しズレるたびに指摘しながら作り方を教えてくれた。

 格闘すること約十五分。


「で、できた!」


 完成した折り鶴を手に私は感動していた。


「すごい、すごいよ……ちゃんときれいにできた!」

「うん、きれいにできたね。よかった」


 田上はよかったよかったと目を糸のように細めて笑った。そのときになってようやく私は彼の顔をしっかりみたことに気づいた。


「田上、教えるのめっちゃうまいよ! 先生とかなれるって」

「あはは、そんな大げさな」


 私はブンブンと顔を横にふる。


「ホントだって! 田上、折り紙得意なんだ?」

「得意っていうか、まぁ、趣味みたいな感じかな。昔からちょこちょこ作ったりしてるから」


 照れくさそうに笑う彼に、興味が湧いた。


「へー、写真とかないの?」

「え? 写真、いや、ええと……」

「あるだ。いいじゃん、見せてよ」

「……うん」


 しつこく迫ると、田上は少し迷ったそぶりをしながらもスマホを操作してこちらに差し出してきた。

 スマホの画面にあったのはインスタのアカウントだった。


「え、これ?」

「う、うん」


 アカウントの写真をスライドして見ていく。


「え……なにこれ…………すごっ!」


 そこには、ひまわりやバラ、あじさいの立体的な折り紙や、羊やネコやライオンといった動物のリアルな造形のものなどいろんなものがあった。

 写真も私なんかがただ撮ってるいつもの写真みたいじゃなくて、なんかプロが撮った、って感じのヤツだ。


「え、うそ、これホントにアンタが作ったの?」

「うん」

「写真も!?」

「あ、写真はお姉ちゃんが」

「すごい! すごいよ田上!」

「そんなでもないよ。ほとんどは、誰かが折ったのを真似してるだけだから」

「それでもすごいって!」


 そんな会話をしながら、写真をスライドしていると一枚の写真に目がとまった。


「これは、千羽鶴?」

「ああ、それは中学のときに担任が入院してクラスで作ったやつだよ」


 その写真の千羽鶴は、折り鶴をただ繋げて束ねてあるのではなくて、折り鶴を組み合わせフラワースタンドのようにしたものだった。


「……これ、やりたい」

「え?」


 すごい、これ、絶対。


「これ、作ろうよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る