第3話「少年と駄菓子と賢者」

「はぁ、仕事したくねー」

 今日も今日とて朝風呂でくつろぐ邪神様。

 朝焼けを眺めながら昨日の仕事と今日の仕事そして今週の仕事、今月の仕事、今年の仕事、3年ですべき仕事、5年ですべき仕事、10年ですべき仕事を思い浮かべてゆく。


「やんないとだめだなー。楽隠居! とか思ってた時期もあったのに…………」

「今からでもできますよ社長。とっとと引退しますか?」

「……うーん、それはそれで寂しいから嫌だ」

 邪神様は我がままである。


「そういや邪神様って何の神様なんでしたっけ?」

 特に興味を抱いたわけでもなく、朝風呂の気持ちよさに魔王の口が滑った。別に知りたくもなかったのだ。


「お、いい質問だね」

 魔王は思った。『めんどくさい人特有の言い回しだ』と。そして決意する、聞き流そう……と。大人スキル全開で行こう……と。


「俺がな何を司る神様か気になるだろう?」

「うんうん」

 適当な相槌だが、ノリに乗ってしまった邪神様は気にしない。


「俺はな、勇気の神様だ!」

 のぼせたのか湯船から出た邪神様は腰に手を当て、誇らしげに胸を張る。


「ほうほう、すごいですねー」

 魔王は湯船に溶け込むような心地よさに身を任せている。


「であろう。何せ人間の活力の元は、行動力の元は…………俺だ!」

 格好つけて自分に親指を指す邪神様。

 そのポーズのまま魔王の反応を待つ、が、魔王は我関せずと朝日を眺めて息を吐き出していた。


「おーい、魔王く-ん。邪神様、置いてきぼりでさみしーよー」

 涙目の邪神様は恐る恐る魔王に声をかけるも、「はー、そうですか。大変ですなー」と興味のない返事が返ってきた。


「むっ、そんなことを言う部下にはこれだ! 次元破壊光線! これを放てば魔王本体ごと2・3世界飲み込んで、すりつぶすことができる。必殺技だ!」

「わー、邪神様すごーい。という事で私は先に上がりますね」

 魔王は清々しい顔で露天風呂を後にした。


「魔王……喰らえ! 必殺の次元破壊光………ぐぇ!」

パコーン

 次元破壊光線! ……というか、スペ〇ウム光線を放とうとした邪神様の頭を軽やかな音を立てて木の桶が落とされる。


「何をしようとしたのかわからないが、勇者として邪神を止めてみた………」

「………昔から思ってたけど、なんで勇者は口より先に手が出るの?」

 桶片手に仁王立ちの勇者、正。

 邪神は頭のたんこぶを押さえながら恨みがましい視線を送る。


「勇者の本能がやれと言っていた!」

「ヤダ怖い。暗殺者の本能って」

パコーン

「神様に手を上げるの不敬だと思います」

「邪悪なこと言うのが悪い。神でも邪悪なら滅ぼすのが人間だ」

「悪という概念自体曖昧なこと……よく言う(笑)。それよりも私は勇気を司る神としてやらなければならない事がある!」

「………」

 邪神の本気に勇者、正は息を呑む。


「神への不敬を成した魔王を、世界の2個や3個犠牲にしてでもうち滅ぼす、勇気! これを成さねば勇気の神の名がすたr……ぐぇ」

パコーン

「捨ててしまえ、そんな勇気」

「痛いじゃないか。聖剣よりも痛い桶って何?」

「我が家に伝わる……ぷっ………伝説の桶だ」

「おい! 途中笑ったな! 真面目にやれよ!」

 怒り心頭の邪神様は既に魔王など意識の外だった。


「わかった真面目にやろう。邪神よ!」

 空気が変わり邪神様も息を呑み込む。そして足元の桶を拾い上げ重心を落とした。


「邪神! 他のお客様へのご迷惑を顧みず騒いだ罰として今朝のお魚は邪神からタマに所有権移行!」

「待ってくださいお代官様! それは! それだけはご勘弁を!!」

 邪神の抗議は受け付けられなかった。

 その場にいたほかの宿泊客に頭を下げて食堂に向かうと魔王が邪神様を待ちながらお茶をしていた。その横には宿のマスコット、ネコのタマが餌のお皿の前にお座りしている。

 そして食事が運ばれてくると邪神様の膳から魚が抜かれ、タマのお皿に移行する。


「おのれ、タマめ!」

「にゃ?」

 そこには魚を頬張る子ネコと、血涙を流して悔しんだ大人気ない邪神様が居ました。めでたしめでたし。


「て言う事あったんだよ。ばっちゃん」

「おやおや、じゃこれでも食べな」

 この街にはレンタルオフィスなどカッコいいものはこの温泉街にはなく。

 シャッター街で店舗を借りようにも所有者の爺様婆様がたは金に困っておらず、『貸し出すの面倒だから』と貸してくれなかった。

 そんなことをついこの駄菓子屋でボヤいたところ、『客も少ないしここでやるかい?』と聞かれた。正直パソコンが置けて電話会議できるスペースさえあればよかったので邪神様たちはこの話に乗ってみた。

 契約は相場の値段を要求された。それがかえって邪神様たちには好感触であった。

 そんなおばあさんから手渡されるものは駄菓子である。

 邪神様が手に持っているのは定番お菓子の蒲焼のあれである。


「好きだけど、好きだけどね…………」

 会社の重要情報のを決済し、社長代理とミーティング、その後が各責任者からの相談、そして決済を出す。

 3個目の蒲焼の駄菓子を食べ終わる頃にはすっかりお昼になっていた。


「冴子さん。お台所借りますね」

「はーい、いつもすまないね」

 主夫(魔王)は立ち上がると、途中抜けて買い出しに行ってきた食材でお昼を作り始める。最近はイタリアンにハマっており駄菓子屋のお婆さん(冴子)も絶賛している。お婆さんは実家を継ぐ前は東京でバリバリ(死語)言わしていたそうで、和食以外も受け入れてくれる。

 しかし邪神様は知っている。先日不意に冴子さんの旦那や子供たちの話になった時、明るい彼女の表情に差す陰をみてしまった。そして魔王と2人は閉口してしまった。

 邪神様はその後どうしても気になったので世界にアクセスして情報を漁ると、旦那は海外で商売していた。しかもそろそろリタイアして駄菓子屋に専念しようとか目論んでいる。息子も3名いたがどれもこれも、社会でステータス持ちのちょい悪おやじになっていた。しかも年に3回以上帰省してくる実家大好きであった。

 あの陰は何だ―! と叫んだ邪神様だが、それも駄菓子屋のお婆さんとしていいキャラクターだなと強引に納得した。


 遅めのお昼を食べて、残りの会議や決裁事項を魔王に引き継いで邪神様はもう一つの仕事にかかる。

 駄菓子屋の店番である。


「じゃ、行ってくるから店番宜しくね」

 スポーツバッグ片手に軽快に駆けだしたその後ろ姿は年齢を感じさせない。もう70だと言うのに。


(最近の老人は若いな……)

 邪神様の素直な感想であった。

 店主である冴子が出て行ってから邪神様は場所を店内に移し、しばしボーっとする。ボーっとしながらも手元の端末に決済メールが来るので内容をチェックし、指摘事項とそれが治れば、部門責任者の決定でよいとメールを返す。

 そんなメールを3つ返したところで、近所の悪ガキどもがご入店だ。


「「「こんにちはー!」」」

「かっかっかっかっか! よく来たな、餓鬼ども! 無駄に高い駄菓子から買っていくがいい!!」

「おっちゃん、この うまいのか?棒 コーンポータージュ味奢って!」

 子供特有の図々しさだが、盗んだりその場で食べ始めたりと悪いマナーはない。というか一度やって冴子さんに折檻されたことがあるらしい。このあたりの子供たちにとって通過儀礼の様なものであった。

 折檻された子供が家に帰って親に泣きついて、馬鹿親ともども駄菓子屋に乗り込んでくることもあるようだが、親たちも克明に記録された動画の前では只々土下座しかなった。

 こういった場合冴子さんは帰り際に酢のお菓子を子供に手渡す。そして『これはつけだ。自分のお金でしっかり払いな。きちんとできれば旨さも違うから』と子供と約束をする。

 なのでここに来る子供は意外と大人のつまみ系の駄菓子が好きである。


「誰が驕るか、くぞ餓鬼! ……だが俺も大人だ」

 そう言って邪神様は席を立ちとあるお菓子を手にする。

 ワサビのお菓子で『激辛』と『甘口』を一つづつ手にする。

 子供たちからは『激辛とか馬鹿じゃね』と戸惑いが聞こえてくる。

 邪神様はしっかり会計して子供たちに向き直る。


「甘口を引いたら奢ってやる」

 そう言うとパッケージを開いて『激辛』と『甘口』の記載部分を切り取り子供達に見えない所でシャッフルする。


「どうだやるか?」

 子供を見据えて邪神が挑発する。


「やる!」

 散々迷った挙句、後ろの女の子に『あーちゃんやらないならあたしがやる!』と言われて焦って子供が返す。


「じゃ、選べ」

 あーちゃんは右を取ろうとしてハタと気付く、邪神様の顔に焦りが映ったことに。あーちゃんは確信の元、お菓子を手にし渋い顔の邪神様と同時に口に入れた。


「からーーーーーーーーーー!」

「かっかっかっかっか! 未熟者め! 鍛えてから出直してくるがいい! 後食べ物粗末にしたら冴子さんに言いつけるからな。ジャン(魔王)! お水もってきて2つね」

 甘口と共に激辛を2つ取っていた邪神様。子供たちがこの悪辣な邪神様から勝利を得るのはまだまだ先の様だ。


(かれーーー、ちょーかれーーーー)

 やせ我慢は大人の見栄である。


「おっちゃん! このくじの当りってなんでこんな大昔のアニメなの? もっと最新が良い!」

「黙れ糞がき、そのアニメ俺のガキの頃で既に大昔だったんだ。伝統だ。伝統工芸品をくじでもらえるんだ価値があるだろ?」

「マジで! 鑑定団持ってたら値打ちものかな?」

「しらん!」

「「「知らんのかーい!」」」

 邪神様にノリノリでツッコミを入れる子供達。そして何やかんや言いつつメンコのくじを引く3人。


「ハズレだ。 ○○白書ってなに?」

「親父かお袋に聞いてみろ。蔵馬の妖狐バージョンだから母親の方が詳しいかもな」

 一番初めは大人しそうな子だった。邪神様的には中々のあたりだ。


「ねぇねぇ。このブーメランパンツの変な筋肉何?」

「○○マンじゃねーか。お前らのとーちゃんの世代でもギリだな。もう少し上だとドンピシャ世代だ。タブ今の40歳位がドンピシャだ」

「お父さん38歳だからドンピシャだね」

 2番目は女の子。男子に交じって遊ぶとか中々の度胸だ。末っ子の様で親父さんも良いお年だ。


「……ジャンに~ちゃんお水ありがとう! おっちゃん次は俺が引く! ………何この船みたいの?」

「おお! 坊主当りじゃねーか。そいつはな最近リメイクもされたり実写映画にもなった作品だ。爺さん辺りに見せてみろ。懐かしいって話で小一時間は拘束されるぞ!」

「えー、はずれじゃん」

 忌憚のないご意見でした。

 さて子供たちの少ないお小遣いで手にしたメンコ。当然の遊び方の質問が出る。邪神様はカバンを漁って3枚のメンコを取り出し子供たちに渡す。

 そして手ごろな台に置き、言う。


「これはな、いくつもある遊び方の一つで『さばおり』っていう遊びかただ。順番に自分のメンコをもって相手のメンコの下に置く事が出来れば、それを『奪う』ことができるルールだ」

 『奪う』という言葉と共に邪神様をみて、やる気を出した子供たち。邪神様はうんうんとうなずきながらゲームを始める。はじめ何度かとらせたりとったりを繰り返し、最後には全部没収する。


「かっかっかっか。未熟よ!」

 邪神様は満面の笑みを浮かべ、そして『くじで得たメンコ』を各々に返していく。

 

「メンコの道は深い。精々精進するがよい」

「悔しい! この大人気ないおっさんに負けたのが悔しい!」

「こんな時にそーちゃんが居てくれれば……」

「そうだ、天才そーちゃんが居ればこんなおっさんなんともないのに!」

ガラガラガラ

「呼んだかな、皆さん」

 高級感のある服を着た金髪のクソガキが引き戸を引いて現れた。


「そーちゃん!」

「そーちゃん、いいところに!」

「俺達の仇をうってくれよ!」

「あ、お前賢者ラーカイル。おひさー」

ガラガラガラ

 青い顔をした金髪の少年は無言で戸を閉めると、ダッシュで帰っていった。


「あれ? 久しぶりで照れたのかな? あの子」

「邪神様が前世で何をしたのかちょっとわかる当り毒されてきたのかもしれませんが、あの賢者が不憫でなりません」

 


 

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