The rise of the curtain.
やがて炎の渦は消え、彼女の拘束は解かれた。
地面にへたり込む妖狐。
その姿に、戦意も殺意も感じられない。
ただ、彼女は俯き、目から涙を落としていた。
彼女の体は消えかけている。
空中に溶けていくかのように、体の端から粒子のように。
静かに、ゆっくりと溶けていく。
『ひとつ、聞いてもいいですか?』
彼女が口を開いた。
私に向かって、見せたことのない顔を向けて。
涙を浮かべ、本当に辛そうな顔を浮かべた彼女が、そこにはいた。
『私は、どうして生まれてしまったんですか…。』
「それは…。」
どんな原理で彼女が生まれたのか、今の私にはわからない。
ただ、私の心の迷いが原因であることは既に自覚している。
「私のせいだよ…私が、自分勝手なことを思い続けたから…。」
『私は…理想を叶えたかった…。あなたの望んだ理想に、私ならなれたんです…だってそのために生まれたんだから。』
確かにそうだ。
もし、この子が本当に正しい意思を持って生まれたとしたら、私など生きてる価値がないだろう。
だってこの子のほうが、よっぽど有能で理想の人間なのだから。
『私は居場所を失った。あなたの心にあった、私の居場所を。』
「うん。」
『だから出てきてしまったんです…きっとこうして。あなたの肉体があれば、あなたから奪い取れれば、捨てられた私でも生きるチャンスがあるから…。』
生きるチャンス。
具現化した理想は、本人の体を乗っ取って理想の自分になろうとするってことなのだろうか…?
『私は…あなたではない。見た目も何もかも同じ存在だけど、私には時間も身体も、心も…。全てが”偽り”で出来ているんですよ。』
「偽り…。」
全てが偽り。
彼女が涙を浮かべ、叫んでいるこの瞬間ですら、偽りだというのか。
『だから私が、あなたのなれなかった理想になって生きる。そうすればあなたの望みだって果たされる。理想の自分になれるという望みが。』
私の希望を叶える。
私の代わりに、彼女が『
『そうすることで、”偽り”の私も、本物の
あぁ、そうか。
この娘は、私自身なんだ。
不器用で。
良くいえば正義を貫いて。
悪くいえば偽善者で。
生き辛いけど必死で。
ヒーローになろうと生きている。
私自身なんだ。
この子はある意味、私を助けようとしてくれていたんだ。
方法は随分と乱雑だったが、彼女の目的は一つだった。
「それは違うよ…。」
『え?』
「あなたの存在は偽りなんかじゃない。」
彼女が目を見開く。
それに構わず、私は続ける。
「本当…あなたは私にそっくり。」
笑いがこぼれた。
彼女はまだ、不思議な顔をしたまま涙を浮かべている。
「私が変わりに生きるとか、私が理想になるとか、望みが果たされるとか、結局勝手なお節介で空回って…。私の全てを背負ってヒーローになろうとして…。」
『違う!私は…私はこうでしか、”偽り”の私に生きることが許されていない!あなたを殺して、理想を貫かなければ私は生きられない!』
声を荒らげる彼女。
違う。違うよ。だって…
「じゃあ…あなたはいつ、偽りになったの?」
『え?』
「さっき私を殴った拳はすごく痛かった。今でも意識が途切れそうなくらい。」
『それは…!』
「怒ったり、泣いたり、感情だってあって。」
『違う…違う違う!!!』
「あなただって、
『私は…私はァ!!!』
「あなたの居場所を無くしてしまったのも私。こうやって喧嘩して、痛みを感じて、やっと分かった。」
泣きじゃくる妖狐。
いや、最早そこには私の姿をした少女が、ただ座って泣いていた。
「ごめん…本当にごめんなさい。私がこんなで…あなたを捨ててしまった…。あなたになりたくて、でもなれなくて…。大事な大事な理想を、諦めてしまった…。」
私は彼女のそばにより、そっと抱き寄せた。
使い慣れたシャンプーの香りが、彼女から漂う。
ほら、やっぱりあなたは”偽り”なんかじゃない。
『今更…今更謝ったって…!!』
「分かってる…。遅いよね。あなたが出てきてくれて、やっと気が付けた。私が望んだ強さとか、憧れたヒーローとかの本当の意味を…。」
『うぅ…うっ!!うっうぅ…。』
「あなたは強いね。私が耐えられなかったものを、あなたに全部背負わせて、私を殺したいと思うのも当然だよね。」
『うっ…うわあああああ…』
「だから良かったら、帰ってきてくれないかな…?もっと、私はあなたと一緒にいたい。無くしてしまったあなたの居場所を、私がまた作ってあげたい。あなたが、本当は人を傷つけることが嫌いなことくらい、私だってわかってるから。」
『うぅ…うぅぅぅ…。』
「だってあなたは…私だから…。」
強く、強く抱きしめる。
彼女の身体が溶けていく。
星屑のように綺麗な粒が、空中を舞っている。
『私の…居場所は……。』
“私”が呟いた。
不安そうな、弱気な時の、”私”の声。
「あなたは私、私はあなた。二人で一人だし、一人で二人。あなたがいなきゃ、
『うん…。』
“私”が頷く。
彼女の嬉しそうな笑みは初めて見た。
彼女は私から離れると、手を伸ばしてくる。
その手は私の頬を優しく触れるが、最早触られた感触すら感じなかった。
『私を…許すの?』
「もちろん。あなたと向き合えるいい機会だったよ。ちょっぴり乱暴すぎたけどね…。」
『その軽口、道化師の人に影響されたかも。』
私は今、私自身と話している。
彼女の存在は、やっぱり私自身だ。
二人で笑う。
消えかけている彼女の嬉しそうな笑み。
『そろそろ…か』
「うん。」
『ただいま…私。』
また笑顔だ。
下卑た笑いなんて想像もつかない。
純粋な笑顔。
自分の笑顔を見るのは複雑だが、それは彼女が本物の私である証明でもある。
「うん…おかえり。」
私はまた、彼女を包み込むようにして抱きしめようとしたが、私の腕は空を切る。
もうそこに、彼女の姿はなかった。
ただそこには、美しく磨かれた小さな歯車がぽつんと落ちていた。
私は歯車を拾うと、それを握りしめ胸に当てる。
すると手の中の歯車は砂のように消え、私の体の中に入ってきた。
まるで、彼女が私の心に帰ってきたように。
不思議と心が暖かく感じられた。
こんなとき、どんなことを言えばいいのかは分からない。
いろんな感情がぶつかって、うまく表現出来ない。
だから今、思い浮かんだことを言おう。
「さぁ、”私たち”の物語を始めましょう…。」
現世のファントム・ブレイヴ - Cruel gear dystopia - 現野 刻 @kamatu1225
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