Flame VS. Blaze
『なんですか…その目は…。』
『もうひとりの私』が、静かに呟く。
拳を強く握りしめ、歯を食いしばり、赤く光る鋭い眼光は私へと向けられていた。
『なんであなたは…私にそんな目を向けるんですか!』
私がどんな顔をしているか、私自身には分からない。
ただ、もう私は"彼女"を恐れてはいなかった。
「私が…あなたを倒すよ。私自身が生み出した"かつての理想"を、超えるために。」
『戯言をっ…!!』
刹那、妖狐が地面を蹴る。
フローリングの床にヒビが入るほど、その1歩は強く踏み込まれていた。
『あなたが…私をっ!!!理想の私を超えられるわけ無いだろうがァア!!!』
激昴。
その瞬間。敬語で話していた彼女の、化けの皮が剥がれた。
妖狐の拳が、飛ぶ。
彼女の利き手の右。炎を纏った一撃。
その一連の攻撃は一瞬だった―"私以外"にとっては。
私には、その拳が止まって見えた。
その攻撃は、最早予想すら出来ていた。
私が描いた理想のヒーロー。
私が生み出した、理想の具現化ならば。
彼女は私の設定した能力を持つ。
狐の容姿も、巫女姿も、炎の能力も、すべて私が設定した力だった。
彼女の作り出した軌道を読み、避ける。
彼女が突き出した右の拳を前屈みになって躱し、懐に入る。
もう既に、私は構えに入っていた。
『なっ!?』
タメは充分。
私の左手に、炎が纏う。
膝を曲げ、体幹をしっかりと整え…。
「ッ!!!!」
突き上げる!!!!!
『ぐっ—----!!!』
妖狐の鳩尾に、私の掌底がめり込む。
私はそのまま、めり込んだ手のひらを深く抉り込み、さらに奥へと腕を突き立てる。
『ガハァッ!!!!』
血を吐きながら後方へと吹っ飛ぶ妖狐。
壁に打ち付けられると同時に、壁には円を描くようにヒビが入る。
「超えるよ…。」
そうだ。
超えるしかない。
「あなた自身を、これ以上苦しめたくないから。」
彼女の拳は泣いていた。
私の、勝手な理想のせいで。
恨みを、憎しみを、すべて背負って生まれた彼女。
私がやりたかったことを、やってくれた彼女。
それが正義だと思い込んでいた私を、見つめ直させてくれたのは彼女が現れたからだ。
「私は…あなたを倒す。あなたと私の、憎しみを終わらせるために。」
エゴだ。
彼女がどんな原理で生まれたのか、私にはわからない。
しかし彼女には意思があった。
感情があった。
彼女を倒すことは、私の完全なエゴなのは、分かっている。
『随分と勝手な理論ですね…。あなたの憎しみを晴らしたのも、理想の力を持っているのも、あなたが望んだことだというのに…。』
腹部を抑え起き上がりながら、彼女が呟く。
その通りだ。
ぐうの音も出ない。
でも、だからこそ…
「だからこそ。私のケジメは私自身でつける。」
『あくまでも闘うと言うんですね…。私と…。』
「あなたを止めるよ、私は。」
『だったら…。』
妖狐が力む。
膝を曲げ、力を溜めるように唸る。
彼女の周りからは、熱波が円周状に広がった。
『止めるものなら、止めてみてくださいよっ!!!』
一閃。
瞬きするまもなく距離を詰めてくる妖狐。
それを迎え撃つため、力強く地面を蹴る。
まるで身体が浮いたかのように、前方に勢いよく飛ぶ。
『食らえッ!』
繰り出されたのは左。
先程よりも速い。
風を切り、顔をめがけて拳が飛んでくる。
私は左腕でそれを受け流し、右手で拳を作り、突き出す。
しかしその拳は、体を捻った妖狐に避けられ空を切った。
一瞬の隙。
攻撃を外した私にはカンマ何秒か、懐に隙ができた。
マズイと本能で察したが、身体はそこまで早くは動かない。
『ガラ空きですよッ!』
妖狐の拳が、腹部を貫く。
幸い、後ろに飛んだため大怪我はふせいだが、勢いに押されてしまった。
飛ばされた私は空中で体制を整え、妖狐目掛けて天井を蹴り、飛ぶ。
既に私の右腕は、轟轟と燃える炎を纏っている。
私は、妖狐目掛けて、先程打ったような掌底を叩き込もうと突進する…が。
『二度は喰らいません…。その技はもう見切ったッ!』
瞬間。
唸るように渦を巻き、彼女を中心として燃え広がる炎。
『豪炎…一式っ!!!』
「なっ!!?」
これはっ…私がつけた彼女の技名。
確か力は…拡散性の爆発する炎を相手に叩き込む物理技……まさかっ!?
気づいた時は既に遅かった。
空中では避けることもままならない。
そのまま、私の体は彼女に突っ込んでいく。
彼女の拳は私の顔面を正確に捉えている。せめてほかの部位で致命傷を防がねば…!
私は横回転をして、何とか攻撃を避けようとするが勢いに乗った身体はいうことを聞かなかった。
強烈なカウンター。
その一撃は私の頬をかすり、拳は肩へと直撃する。
私の勢いと彼女の拳のスピードが、余計に威力を増幅させていた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!」
今までに体感したことの無い痛み。
湧き上がる叫び。
コートの肩部分は焼け焦げ、皮膚は溶け、血が吹き出す。
しかし妖狐の攻撃は終わらない。
彼女が身を翻し、右足を踏み込んだ。
その一瞬の後、視界が激しく歪む。
強大な遠心力と、纏った炎の威力が、私の左の頬を強く打つ。
強烈な回し蹴り。
顔面に叩き込まれたのは彼女の、異常なまでの威力を持つ足技だった。
身体が浮く。
彼女とは反対に、身体が飛ばされる。
頭も視界もクラクラする。
地面がどこか、重力のかかる方向すら見失う。
「クッ……ハァ…ッ!」
嗚咽と共に壁に打ち付けられ、項垂れる私。
先ほどのお返しとばかりに、彼女がゆっくりと近づいてくる。
確実に、私を仕留める目だ。
赤く、紅く、鋭い視線。
彼女に首を掴まれ、持ち上げられる。
強く、首元に彼女の指が抉りこまれていく。
『これでもっ!超えられるって言うんですか!あなたは!』
意識がぐらつく。
彼女はそれに構わず、私の鳩尾に強烈な拳を打ち込んでくる。
壁と拳に挟まれ、私の痛みは逃げ場を失っていた。
「うっ…ガッ!…ガハァ…!」
血が吹き出る。
口から、生暖かい液体が、私の首元へと流れていく。
『死ねっ!死ねっ!死ねっ!』
一撃一撃が、とてつもない威力を持っている。
骨も折れているのか呼吸が上手くできない。
鼻で息をしようにも、口で息をしようにも、痛みを伴う
それでもなんとか、ヒュウヒュウと音を立て、呼吸をしようと
『死ねッ!あなたも、悪だ!私を生んだあなたも…私に逆らうものはみんな…悪だ!』
止まらない拳。
鳩尾に穴が開くかと思われるほどに打ち込まれる。
意識が遠くなってきた。
このまま、本当に死んでしまうかもしれない。
彼女は笑っている。
かつての私の望みが、この悪魔の笑みを生んでしまった。
これが、かつての私の正義…。
違う。
こんなの…。
「こんなの…私の望んだ正義じゃない…ッ!。」
喉を絞るようにして、声を出す。
痛みは限界を超えたのか、脳が馬鹿になったのか、最早私は痛みを感じてはいなかった。
私は、首を掴んでいる彼女の腕を、震える手で握り返す。
強く…強く握る。
『無駄な抵抗ですよ…もう死にかけじゃないですか。もういっそ、死んでしまった方が楽ですよ。悪は駆逐する。あなたも、もう既に悪なんですから。』
下卑た笑いを浮かべ、さらに腕に力を込める妖狐。
首の骨がメリメリと音を立て始めた。
私が悪。
その通りかもしれない。
彼女が生まれたことが、その証明だ。
人を傷つけ、誰かを妬み恨み生きてきた。
自分のことが嫌いで、他人も嫌いで、見つめ直そうともしなかった。
正義を気どり、しかし誰も助けようとはしない。
誰かの役に立とうともしない。
たしかに悪だ。
私は大悪人だ。
でも今、この瞬間…この瞬間だけは。
この妖狐に悪者呼ばわりされるのは、気に入らないッ!!!!
「豪炎……一式…。」
声を振り絞り言う。
"豪炎一式"
それが、私の描いた作品の主人公の技だった。
技名を詠唱し、炎を纏い、近距離爆発を起こす近接技。
『何を言っているんですか…。それは私にしか使えない技です。あなたが作ってくれた、あなたを殺す力として…。』
「違う。」
『は……?』
「この技は、あなただけの者じゃない…。」
『なにを言って…』
刹那、掴んでいる私の手から炎が巻き起こる。
先ほどの妖狐の炎とは、比べ物にならないほどの炎。
『っ!?』
これは。
私が作った技だ。
私が思い描いた力だ。
私に使えないわけがない…!
『くっ…!』
危険を感じ、私から手を離そうとする妖狐。
しかし、もう遅い。
バゴオオオオオオオオオオン!!!!
爆音。そして熱波。
強烈な爆発が、妖狐の両腕を捉える。
痛みで怯む妖狐。私はその一瞬を見逃さなかった。
踏み込む。
ありったけの力を、右の拳に込めて、体幹を整える。
「豪炎…」
私が思い描いた力。
それが具現化するというのなら。
今ここで、私は新たな”理想”を作り出すっ!
「”零”式!!!!」
踏み込んだのは左足。
一直線に飛ぶは、右ストレート。
巻き起こる炎はさながら龍。
この”一撃”は、外さない。
『ぐッ!!!』
妖狐の顔面を、炎の龍は捉えた。
めり込む、深く深く、抉る。
しかしまだ、終わらない。
『バッ…馬鹿な…ッ!!!!』
炎の渦が、妖狐の身体を拘束する。
渦の中に閉じ込められた妖狐は、身動きすら許されていない。
そう、私のこのイメージは"一撃"だけでは終わらない。
「あなたが私を悪だと思うのなら、私は悪で構わない。」
拳は止まらない。
龍は身体の周囲を渦巻き、左腕へと憑依する。
「誰かが、私のことを悪だと言うのなら、それを甘んじて受け入れよう。。」
左腕から伸びる一撃は妖狐の脇腹を捉える。
続けて、龍は右足。左足へと憑依を繰り返す。
そう、これは終わらない連撃。
最高速で繰り出される、炎龍の乱舞。
「私が悪になることで、誰かが救えるのなら。笑えるのなら…。」
拳。回し蹴り。拳。
拳は光の直線を描き、蹴りは光の弧を刻みつける。
炎の乱舞は閃光と共に残像を生む。
最早私の体は、止まることを忘れていた。
「私は何度でも悪になる!!」
連撃に続く連撃。
妖狐の体に打ち込まれる、炎と龍の乱舞は、私の最後の一撃により終焉を迎える。
そう。この、最後の拳で。
『グガアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
叫びとともに、苦しむ妖狐。
龍は、彼女の身体を貫いた。
正確には、すり抜けたと言った方がいいのか。
その龍は、彼女の体内の”黒い何か”を喰らい尽くしているようにも見えた。
気がつくと、私の拳は正確に彼女の心臓部分を撃ち抜き、そして彼女の暴走したような叫びも止んでいた。
そしてその一撃は、この戦いを終わらせる一撃でもあった。
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