—Awakening—そして”序章”は終結する

「って今のセリフ!何かカッコいいな!」



「は?」



 ウキウキしている道化師。

 さながら欲しかったゲームを買ってもらえた子供のような…。

 見た目からは想像もできないほどの喜びようである。



「なんか大物感あるなァ。やべェ…超かっけェ…フヒヒ…。」



 恍惚の笑顔を浮かべ、楽しそうに笑う。

 私はポカンと口を開けたまま、その姿にあっけにとられてしまった。



「私の持ってる…”本当の力”って、いったい何なんですか…?」



 ふと我に返り、道化師に質問する。

 先程、彼に言われたセリフが、私には理解できずにいたからだ。



「ん?あァ…。それはな、お前さんの”新しい理想”のことだ。」



「新しい…”理想”ですか…?」



「ああそうだ。あの具現化した”狐の巫女”は、”かつてのお前さん自身”の心が生み出した願望と理想の塊だ…。まァ、こんな綺麗な”人間体”を維持できてるのも驚きだが…。”ファントム・ギア”とは到底思えねえ…。」



「人間体…?ファントム・ギア?もう何が何だか…突然すぎて理解が追い付かないんですが…。」



「まあだろうな。何にも説明してないし、いわばこれはプロローグだ。全部言っちゃったらつまんないだろ?これからが、真の見せ場ってやつよ…。」



「見せ場って…私には何…も……え?」



 突如、道化師が私の額に人差し指を押し付けてきた。

 ニヤニヤと、また心底人を馬鹿にしたような笑みを仮面に浮かべながら。


 しかし、彼の声色はとても真面目だった。



「誰だろうと…泣く姿は見たくないって、お前さんは言ったよな…さっき…。」



「は…はい。」



「多分聞いた限りだと、以前のお前さんはただの偽善者だった。自分の正義を振りかざして、”ヒーロー”になる自分が好きだったんだろ?」



 その言葉は、私の核心をついていた。

 心が、抉られているように痛む。

 何よりの証拠だ。


 そう。

 このヘラヘラした道化師の言う通り。

 正義の味方に、誰かを守る姿に憧れて…。

 私もそうなりたかった…。


 でも本当は、”正義の味方である自分”が好きで、”正義を語る自分”が好きで、本当の私は、ただ自己満足しか求めてなかった…。


 自分に…溺れていただけだったんだ…。



「お前さんのことは全く分らんし、そうなったのにも理由があるとは思う。ただ、”ヒーロー”は時に”悪”にもなるんだぜ?”正義”なんて、この世には無い。あるのは個人のエゴと、それを”正義”と思い込んでいる奴らの馬鹿な理想ばっかだ—―でもな…。」



 彼の仮面は、いつしか優しい笑みに変わっていた。



「でもお前さんがさっき、体張ってあの娘を守った時だ…。俺はあの時、”確信”した。」



「え…何を…?」



「俺がずっと探してた、”器”を持った人間がお前だということだ。」



「うつわ…?」



「ああ。お前なら、きっと力を覚醒できる…。俺の力があればな…。クソアニメの冒頭みたいな話だが、事実は事実。お前の覚悟次第で、この状況を変えられるかもしれんよ?」



「私の…”覚悟”…。」



「そうだな…言っちまえば”世界”に対する、”反逆”ってとこかな…。お前さんが夢見たヒーローとは程遠い、社会一般的には”絶対悪”になりうる覚悟だよ。」



 覚悟なんて、とうにできていた。

 人生、ろくなことがなかった。

 生きているのが辛くて、幻想に逃げ込んだ。


 幻想なら、思うだけなら、私に”自由”があったから。


 でもその”幻想”は、いつしか意思を持ち、形を持ち、私の目の前に現れた。


 壊れてしまった私の歯車が、偽りの肉体に宿ってしまった。


 ”幻想”と”理想”を捨てた、私を。

 そして私という、出来損ないを殺すために。


 そしてその結果、纏の家族を傷つけてしまった。


 心底憎んでいたのは事実。

 殺したいと思うことも何度もあった。


 でも、私もまといを理解しようとも、知ろうとしなかったのも本当だ。


 私が願ったから、こうなってしまったのも分かっている。

 ”妖狐”の行動は、私自身の願いでもあった。


 なら…。



「私が…やります…。」



 声が出た。

 自分でも驚くほどにハッキリと。


 今の私の目はよく見える。

 なぜかはわからないが、頭もよく冴える。



「私が…あの子を止めます…。」



「いい目だ…”火末かまつ”…。」



 道化師はまたケラケラと笑う。



「だったら…俺も力を与えよう…。覚悟はいいな?」



 額に人差し指を当てたまま、訪ねてくる道化師。

 私はただ、静かに頷いた。



「じゃあ…始めるぞ…。」


「はい…。」



 額の部分が、暖かく青白い光に包まれる。

 まるで道化師の指が、指先から入ってくるような、不思議な感覚。


 そう、たとえるならアニメやゲームでよくある、力の継承のシーンだ。


 不思議と痛みは…ん?


 痛い。


 痛いぞ…ちょ…普通に頭に指が刺さってる!


 痛い…まだ終わらないのかな…ちょ、脳みそ触られてない?

 なにやってんだこの道化師は!


 痛ッ!痛い痛い痛い—―――――――!!!!!!!!




「痛えええええええええええええええええええええええええ!」




「うおッ!?びっくりした!暴れなさんな暴れなさんな!もうちょっとで終わるから!」



「む…無理です!死ぬ!あの子を止める前に私が死ぬうううううう!」



「あーもう!そんな甘ったれたこと言ってどうすんの!出産なんて、”鼻からスイカ”とか言われるほど痛いんだぞ!”脳みそに指”ぐらい我慢しろ!」



「子供も産む予定ないしまだ中学生です!というか、こんな物理的な力の授かり方とか嫌です!もっとファンタジーな感じかと思ってたのにいいいいいいいい!」



「ばっかお前!力には代償が伴うのは当たり前だろ!痛みなくして人は強くなれねえんだよ!いいから我慢しろもう終わるから!」



「早く!意識が!意識がああああああああ!」



 それから五分もしないうちに、私の頭から指は引き抜かれた。



「これでよおし…。上手く”噛み合った”なァ…やっぱ俺は天才…?」


「し…死ぬかと思った…。」



 頭を抑える。

 不思議とそこからは血の一滴も流れてはいなかった。


 驚く私を尻目に、道化師は立ち上がる。



「”妖狐の火末かまつ”。今度はいい子に待ってくれていたみたいで助かったよ。あんまり邪魔されると、尺が足りなくなっちゃうからさァ…。」



『戯言をッ…!』



「おっと危ないッ…。」



 ”もう一人の私”への挑発。

 怒った彼女は、一気にその距離を詰めて道化師に殴りかかった。


 しかし彼は、それをいともたやすく躱しながら言う。



「勘違いするな”贋作ちゃん”。お前さんの相手は俺じゃなく…あっちだ。」



『何を……は?』



 彼が指を差したのは、頭を抱えて膝をついている私だった。


 ”もう一人の私”は一瞬あっけにとられた表情を浮かべるが、すぐに呆れた顔へと変わる。



『軽口叩きすぎて脳味噌まで軽くなったんですか?あの子が、私に対抗できるわけないじゃないですか…馬鹿なんですか?』



「あ、それ言っちゃう?フラグだよそれ。なあ”火末かまつ”?」



 嬉しそうな道化師。

 私はさっきの痛みのせいなのか、まだ意識がもうろうとしないが、何とか立ち上がろうとする。


 すると道化師がこちらに駆け寄り、手を差し伸べてくれた。



「長い前フリはもう終わりだぜ、火末かまつ。これからはお前の物語だ。」



 道化師の言葉は、力強かった。


 さっきの痛み、思い返せば相当のものだったが、ナヨナヨしていた私を目覚めさせるにはち丁度良かったかもしれない。



「やれ…”鬼野きの火末かまつ”。かつてのお前自身の理想を、超えるために。」



「…はいッ!」



 私は道化師の手を力強く握る。

 すると彼のほうへ、グイッと力強く引き寄せられ、私はうまく立つことができた。



「道化師さん…。」



「なんだよ?」



「ありがとうございます…私に、”勇気”をくれて…。」



「何言ってんだ…俺は只の”悪役ヒール”さ。中学生の女の子に、”戦い”とかいう悪いことさせようってんだからなァ…。その”勇気”だって、お前さんをそそのかす”偽り”さ…。」



「私にとっては…”英雄ヒーロー”ですよ、あなたは…。この勇気も…心も…私にとっては本物です。」



「おいおい恥ずかしいこと言うなよ…好きになっちゃうだろォ?俺じゃあ犯罪だよ犯罪。」



 こんな状況なのに、笑いが出る。

 不思議だ、体からは恐怖の感情すら消えていた。


 彼の軽口は止まらない。

 でもその言葉一つ一つが、私の心も軽くしてくれた。


 だから…。


 私は力強く前を向き、体に力を入れる。



 ――――――ブワッ…!――――――



 熱気が、私の周りに立ち上る。

 炎に包まれているような、不思議な感覚が私を襲った。


 しかし、怖くはなかった。

 また、あのバカな道化師が隣でケラケラと笑っていたから。


 やがてその熱気は赤とオレンジの炎となり、私の身体を焼き切るかの如く包み込んだ。


 私はこの瞬間から、生まれ変わったのかもしれない。



『あなた…その姿は…!?』



 炎は消えた。

 正確には、私の体の一部となった。


 道化師が割らなかった方の窓ガラスには、その私の姿が映っていた。


 私の姿は、巫女服の上から、道化師のような黒いロングコートを羽織った見た目に変わり、顳顬こめかみからは二つの人魂のような炎が立ち上っている。


 妙に、全てがハッキリと見えている。

 五感全てが研ぎ澄まされ、何物も恐れることはないと思えるほどの不思議な感情。


 あの道化師は、私のすべてを変えてくれたのかもしれない。


 私は振り向き、言う。



「全て…終わらせてきますね…。」



「おーし、主人公の覚醒からの初戦闘だ!黒星つけんじゃねえぞ!」



 不思議と、また笑顔が出た。

 ほんと、謎が多いなこの道化師は。



「行ってきます…。」



 足を踏み出す。

 もう、恐れなんてない。


 私は、私自身の手で…。


 ”かつての私”を、止めるんだ…ッ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る