Episode 2 -The story starts here.

No pain, no gain. -1

「”前置き”は終わったかァ?」


”もう1人の私”と”謎の道化師”。


ふたりが対峙するリビングの中。

一方は燃える拳を突き立て、もう一方はそれを軽々と受け止めている。


そんな緊迫した空気の中、仮面の道化師はとても軽い口調で私の方を向き言った。


「いやぁ…それにしても探したよホントに…。こんなところにいたんだな。」


私に向け、話し始める道化師。


それを妨げるかのように、”もう1人の私”が捕まえられてた拳を引き、左の拳で殴りかかる。

その一撃を、道化師は左腕で軽々と去いなすと、”もう1人の私”からある程度の距離をとった。


『くっ…。』


怒りの表情で下唇を噛んだ彼女を尻目に、道化師は尚も言葉を紡ぐ。


「もー、見つけるの大変だったんだからなァ!思ったより早く見つかって良かったけど…。」


「え……。」


突然のセリフに、私は困惑した。

この得体の知れないヒョロヒョロした化け物が、私を探していた?何故?


「あなた…いったい誰なんですか?仮面もつけて素顔も見えないし…私を探していたってどうして…。」


「あー。仮面は気にするな。この下には顔なんてねえから。あっ、そんな化け物見るみたいな顔しないでくんない?俺だって傷つくことあるから…って 痛い!」


話の途中で、”もう1人の私”に顔面をぶん殴られた道化師。


油断していたのか、ものすごいスピードで後ろに吹っ飛んでいった。


「もう!痛いじゃねえか!ったく最近の若者はすぐに手を出しやがる…。いいか?こーゆー時はな、手を出さずに話を聞くってのが筋ってもんだ。俺の好きな”お面ドライバー”って特撮でも、変身してる途中に怪人に殴られたら興ざめだろうが!!」


『知りませんよ…そんなのっ!!!』


「ああもう、男の子の夢が分からない女はウザってえ!畜生!!!」


正体不明の2人が戦闘を開始する。

猛烈なスピードで、燃える拳を突き出す巫女と、それを次々に去なし避けていく道化師。


道化師には、どうやら返答をする余裕すら与えられていない様子だった。


私は状況が理解できないまま、部屋の隅で震えている唯一の目撃者、まといに話しかける。


まといちゃん、一体…何があったの?叔父さんと叔母さんは…。」


まといは私の顔を見ると、少し怯えたような表情をしたが、私の服装を見ると血相を変えて怒り始めた。


「アンタのせいよ…全部…。アンタの!!!」


「えっ…?」


即答だった。


憎しみと悲しみに満ちた目。

まるで、昔の私を見ているかのようだった。

全てを失い絶望し、周りを恨み続ける目が、私へと向けられていた。


「アンタが来てから…ずっと散々よ。パパもママもお金の話しかしなくなった!アンタの父親が残したお金かなんか知らないけど、どんどん二人の顔が怖くなっていった…!」


まといは涙を浮かべ叫ぶ。


「それでも話を合わせて、笑って、楽しそうにして、アンタに少しでも苦痛を与えてやろうって…。昔はパパもママも、優しかったのに…。アンタが来てから…ずっとずっと…ずっと!!!」


何を言っているのか、最初はわからなかった。

あんなに楽しそうに、毎日毎日楽しそうに暮らしていたじゃないか。


私に見せつけるように…これでもかと見せつけるように。


見せつける……ように…。


嗚呼。


分かってしまった。


この子は私と同じだということに、気がついてしまった。


なんで今まで気が付かなかったのだろう。


自分のことで精一杯で、この子を恨むことしか、”家族と呼ばれるもの”を恨むことしか、私にはできなかった。


この子も、ずっと苦しんでいたんだ。

自分を偽りながら、変わってしまったすべてに耐え続けて。


私が来て、親が変わって、裕福の中に楽園を見出し逃げこんだ彼らを見て、私を恨みながらも必死に笑って…。


自分を合わせて生きてきたのか。


彼女の言葉は、決して嘘には聞こえなかった。

これは紛うことなき、本心。


彼女の叫びは真実だと、不思議と私は確信していた。


まといは続ける。


「いきなり、変なコスプレしたアンタが入ってきて、訳の分からないこと呟きながら襲いかかってきて…。」


彼女の身体は震えていた。

唇を噛み、涙を浮かべながら、小刻みに。


「アンタが…パパとママを…!首を絞めて、顔が潰れるまで殴って。燃やされて…訳が分からなくて…。私のことも…殺そうと…」


まといちゃん…。」


この部屋の惨状。

血に染まったリビング。

荒れた家具たち。


薄々感じてはいたが、やはり…。


この全て、あの謎の”もう1人の私”がやったのか…。


全てが繋がり始める。


どうして彼女が生まれたのか、彼女の正体はなんなのか。

なぜ私の顔をしているのか、なぜこの一家を襲ったのか。


分からない、分からないが。


”私”がやった。ということは確からしい。



「”コイツ”はお前さんであって、お前さんじゃないぞ。」


「え?」



奇妙なまでに合ったタイミングで、声が聞こえた。


炎の連撃を器用に避けながら、なおも私の方を向き、道化師は話し出す。

まるで心を読んでるかのように、見透かされてるかのように笑いながら。


「こいつはお前さんが思い描いた”理想”をベースに作られ、具現化しちまった存在だ。少し…というかかなりタガが外れちまってるみたいだが…。あっぶね!」


「理想の具現化って…一体どういう…。」


「ここまで外れちまってる”ギア”は初めて見る…。多分お前さん…最近嫌なことあったろ?お兄さんに言ってみ?聞き上手な俺が聞いてやっからよ…うおっ!金的はダメ!」


「嫌なこと……。」


嫌なことなんて腐るほどある。

私の人生、父が死んだ七年前からずっと地獄だった。


友達もいない。家族と言える存在もいない。

そう思い続けて生きてきて、周りを恨み続けて。


孤独と、暴力と、それに耐え続ける日々と…。


何も得ない、理想も夢もなくなって、誰も、私自身も救えなくて…。


私なんて、どこにもいなくなった。

私なんて、誰も必要としていなかった。


私なんて、いなくなってしまえばいいと…そう…思って……


「お前さん…”理想”を捨てたな?」


その道化師の一言は、私の思考を止めた。

心を貫かれたかのように、確信を突く一言。


「理想が、決してとどかない存在だと思ったんだろ…。何を望んでいたか知らないし、お前がどんなことを思って生活していたかも知らないし知ったコドじゃないが…。」


彼はそう言いながらも攻撃を避け続けていた。

しかし、ただ一発。


炎を纏った右のストレートを、彼は手のひらで止めた。


「ただお前の”理想”をハズしたのは、お前自身だぞ。お嬢ちゃん。」


ズンッと、体に感じる言葉の重力。


その言葉だけは、重かった。


あれだけ軽く感じていた道化師の言葉だったが、その言葉だけはとてつもなく重かった。


その通りだ。

私は理想を諦めた。


到底たどり着けないと、そう思って諦めた。


描き出した理想を、自らの手で破り捨てたんだ。


私の心にあった、”理想”の居場所を…私自身が無くしてしまっていた。


私は…。


”もう一人の私”の居場所を…奪って…


『黙れ…。』


突然、小さく響いた声。

怒りを超え、殺意すら感じさせるような、心に伸し掛る重い声。


「お?」


『黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!!』


”もう1人の私”は叫ぶ。

狂ったように、声を荒げながら。


すると突如、先ほどとは比べ物にならないほどに、彼女の周りが燃え始めた。

彼女を中心に炎が渦巻き始め、やがてそれは大きな柱となって天井までもを焼き尽くす。


燃え広がるリビング。

最早、この一体を消し炭にしようかというほどに、轟々と燃え上がる炎。


怒りが、憎しみが、感情が。


”消えない炎”と姿を変えて、具現化している。


「あれれ…こりゃ予想外。思ったよりすげえなこいつ…。これは俺でも流石に手に負えんかもしれん…。」


危険を感じ、また距離をとる道化師。

口調は軽い。しかし、どういう原理か謎だが仮面の額部分には汗をかいていた。


『全て…燃え尽きろッ…。』


「させるかよっ!」


道化師が姿を消す。

と思った次の瞬間には、”もう1人の私”の目の前へと移動していた。


「接近戦は得意じゃねえがッ!!」


空中で回る。

道化師はそのまま、体を一回転させた。


「オラァッ!!!」


遠心力を付けた、強烈なかかと落とし。

しかし”もう1人の私”は、それを右腕で受け止める。


ガギィッ!!!!


強烈な轟音。

空間が歪むほどの強烈な波動があたりに広がり、離れた所の私ですら、空気が振動していた。


『あなたに…私の何が…。勝手に望まれて、勝手に生み出されて、勝手に捨てられて…。』


「おいおい。今度は暴力系メンヘラ女かよ…。しかも攻撃もガード性能もピカイチとかどんなチートキャラ?流行んないよそーゆーの。」


『あなたに…私の何がわかるんですかッ!!』


「うおっ!?」


バゴオオオッ!!!!


刹那、火柱の中から繰り出されるは強烈な右ストレート。

豪炎と共に飛び出し、道化師の仮面のど真ん中を捉える。


めり込む。捻る。さらにめり込む。

振動する空気の波紋と爆音が、その一撃の強烈さを物語る。


「ガバッ……」


嗚咽とともに、真後ろに飛んでいく道化師。


壁にぶち当たった彼だが、壁にはその威力がいかほどかを示すように、深く、深く、ヒビが入った。


「なんだよその右…。世界取れんぞ…。」


こんな状況でも軽い態度の道化師だったが、流石に先程の一撃は応えたのか余裕は感じられなかった。


『まだ…戯言を言えるんですかッ!!』



へたりこんでいた道化師に、追撃をするように駆ける”もう1人の私”


そのスピードは、もはや人間のスピードではなかった。

踏み出した1歩から、部屋のホコリが目に見えるほどの風を起こし、まるで瞬間移動したかのように一直線へ突進した。


「うおっ!?はえっ!」


道化師は立ち上がり、腕を交差させ防御の姿勢をとる。

しかし、目の前からの攻撃はこなかった。


「ほえ?」


首を傾げる道化師。

その背後に構えの姿勢で立つ、”もう1人の私”


『食らえェッ!!!』


「おっぶぇ!!!」


首筋に1発、強烈な掌底しょうてい

炎を纏った一撃は、轟音と共に彼の首を打ち抜いた。


『私の理想を…邪魔するなァッ!!!』


その時の彼女は本心から叫んでいるようにみえた。


いや、正確に言うと違う。


あの道化師が、彼女の本心を”暴き出した”と言った方が正しいかもしれない。


「さっきから遠慮もなくドカバキ殴りやがって…少しは手加減しろよほんと…」


道化師が首を押さえて立ち上がる。


が…。


先程まで後ろにいたはずの”もう一人の私”が、道化師の目の前に立っていた。


「あ…やっば…。」


右足を曲げ、力をためるように構えている”もう一人の私”


『死ねっ!!!』


瞬間 彼女は身を翻し、蹴る。

左足の踵のラインが、綺麗な放物線を描きながら…。


強烈な回し蹴りが、道化師の側頭部を強く打つ。


炎の残像が目に残るほど、これもまた素早い一撃だった。


ゴオオオオオオオオンッ!!!!


勢いに乗り、飛ばされる道化師。


彼が割ってきた窓ガラスを超え、外の庭のブロック塀に体を打ち付ける。


先程までの余裕は既に感じられない。

現に、彼の指先はピクリとも動いてはいなかった。


『眠っていてくださいよ…。”悪役ヒール”は、”英雄ヒーロー”に倒される定めなんですから…。』


塀にもたれかかり、ぐったりとしている道化師に”もう一人の私”はそう呟くと、今度は私たちのほうを向き言った。


『邪魔が入りましたが今度こそ…あなたたち二人まとめて、殺してあげますよ』


ゆっくり、ゆっくり、その一歩を踏み出す”もう一人の私”

いや、最早その殺意と憎しみに満ちた顔は、まさしく私の姿に化けた”妖狐”だった。


『さあ…あなたたちの物語を…。』


ニヤリと、気味の悪い笑顔を浮かべる”妖狐”


『今ここで…終わらせましょう…ッ!』

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