壊れた彼女の世界機構
日が落ちた廊下は暗かった。
私の心と同じように、ただただ暗かった。
声をかけた方が良かったのだろうか。
振り向き、校舎をみた私の頭には様々なことが過ぎった。
ふと、頬を何かがなぞった感じがした。
雨かと思うほど、自然に。
暗い地面のアスファルトに、数滴の雫がポタポタと落ちてきた。
暗闇でもわかるほど、大粒の雫。
目から零れ落ちる、溢れ出た感情。
私は涙を流していた。
見て見ぬふりをして逃げたこと。
「あァアアア…」
涙が止まらない。
一番クズなのは私じゃないか。
立ち向かえば、何か変わったかもしれない。
なのに…
「誰も…助けられない。自分のことでさえ…私はっ!」
私は…なぜ生きているのだろう。
なぜ、あの時父と一緒に死ねなかったのだろう。
私はなぜ、こんなにも臆病で無価値な存在なんだろう。
私なんて、死んでしまえばよかったのに。
私の思考には、自殺という考えが昔からあった。
辛い現実から逃げようと、何度も何度も自殺をしようとしていた。
しかし無理だった。出来るはずもなかった。
死は怖い。
理不尽な『死』や、突如として起きる『死』ではなく、自らのタイミングで『死ぬ』事が、私はたまらなく怖い。
私は死ぬことでさえも、臆病者なのだ。
また、私は逃げてしまった。
また、私は自分を殺してしまった。
また、立ち向かうことができなっかった…。
後悔だけが校舎を出た今でも、私の心に深く深く、刻みつけられていた。
帰り道が、いつも以上に暗く感じる。
街の電灯が、私を笑うかのようにチカチカと点滅していた、
家に帰り、既に帰宅していた『家族と呼ばれる人』に挨拶をすると、すぐに私は部屋の鍵をかけてベッドへと倒れ込んだ。
もはや私の生活に、人との温かみなどない。
私は起き上がり、スクールバッグを開ける。
『九尾の憑代』のノートが、一番端の方に入っていた。
私はそれを、真っ先に取り出すと、適当なページを開く。
「なにが勇気で…。何が希望で…。」
また心が、溢れる。
溜まっていた感情が、とめどなく溢れ出る。
「何が”抗い”で、”守りたいものを守る”でッ!?何が”強い心”でッ!?」
ノートを強く握り、破く。
力いっぱいに、ページが潰れるくらいに握り、ただひたすらに破く。
「あるわけないじゃないですかッ!こんな生活にッ!こんな毎日にッ!希望なんて…ッ!」
理想なんて幻想に過ぎない。
私の”理想”は、間違いなく実らない。叶わない。
「なにが強さだッ!そんなものないじゃないですか!私には誰も助けられないッ!そんな資格もない!私には………何も…。」
破く。破く。破く。
ただ感情のままに、ただ本能のままに。
憎しみと、後悔と、怒りが、私の崩壊を強く促す。
「私は”何も”救えない…」
細かく破れたページの断片たちが、この何も無い部屋を白く染める。
たった1冊のノートに書かれた私の理想は、いとも簡単に塵と化した。
「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ…!」
膝から崩れ落ちる。 叫びと共に。
喉を枯らし、痛むほどに、叫ぶ。
しかし私の叫びとは裏腹に、世界は静寂に包まれていた。
ただ、小さな机の上のアナログ時計が、静かに時を刻んでいた。
床に散らばる、破いた紙片を握る。
インクで綴られた文章も、最早読めない。
私の夢は潰えたのだ。
もう、小説など書くこともないだろう。
もう、理想など語ることもないだろう。
嗚呼…。
そうだ……。
私には最初から、何もないんだ…。
疲れ果てた私はベッドに潜り込む。
現実と、向き合いたくないから。
もうこれ以上、私という存在を見たくもないから。
私という存在を、知りたくないから。
私の臆病な心に向き合いたくないから。
私はまた、逃げる。
分かっていても、もう手遅れだ。
私の”理想”は”叶わない”。
夢見てた”幻想”から今、やっと目が覚めた。
カチッカチッと一定のリズムを刻む秒針だけが、この部屋中に響き渡る。
布団にくるまっても聞こえる機械音がとても鬱陶しく感じ、アナログ時計をベッドから覗く。
時刻など、気に留める気分でも、気にするような性格でもなかったが、私はその時なぜか時計から目を離すことができなかった。
秒針の音が響く。
部屋だけではなく、頭の中にまで響く。
一定のリズムを保ちながら、さながら”歯車”のように。
与えられた”役割”をし続ける。
時刻は後5秒で23時。
しかしその5秒は、”異常”だった。
カチッ
その秒針は刻む。
カチッ
この世界を支配するリズムを。
カチッ
私たちは”時”に囚われ、世界の”歯車”となる…。
カチッ………
しかし……………………
その瞬間、”時”は止まった。
噛み合っていた”歯車”が外れたように…。
時刻が変わる、あと1秒。
5秒目が、世界と”ズレた”ような。
私と世界そのものが、”ズレた”ような奇妙な感覚。
「……ッ!?」
すぐに私は我に返った。
アナログ時計は11時を回り、しっかりと秒針は時を刻んでいた。
「気のせい…ですか…。」
その感覚が何だったのか、理解することは出来なかった。
感じた”ズレ”の正体に不思議と恐怖を覚えた私は、頭まで布団をかぶり、無理やりに目を閉じる。
泣きつかれた私が、意識を失うようにして眠りについたのは、それから間もないことであった。
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