あの夢は消えない

 「お父さん!!お父さんッ!!」


 父の研究所のタイルは血で赤黒く染まり、室内には乱れた呼吸音がヒュウヒュウと聞こえていた。


 雫が一滴、また一滴と、父の指の先から落ちてくる。

 命が落ちていくかのように、父の体を離れ落ちて行く。


 私の目の前で、”それ”は起きていた。

 一瞬のうちに、まさにそんな表現が正しいほど、それは突如として起こっていたのだ。


 父の顔をした『何か』が、父自身の首を締め上げていた。


 先程まで、傷一つなかった父の体には無数のアザや切り傷があり、首は強く握られているからか、指が皮膚を貫き呼吸を妨げている。

 父が着ていた白衣は所々が破れ、血が滲んでいた。


 『アァアアアアアアァアア…。』


 人のものとは思えぬ轟音。

 地獄のそこから響くような声は、”何か”によって発されていた。


 父の大きな体を、片腕で持ち上げている”何か”

 まるで壊れた玩具を捨てるかのように、”何か”は父を唸り声と共に投げ捨てた。


 ドゴォ!!!!


「かはァ…ッ!!!」


 鈍い音が響く。

 物凄いスピードで壁に打ち付けられた父からは血液が吹き出し、壁にはヒビが入っていた。



 「お父さんッ!!」


 父に駆け寄ろうとするが、私の足は動かない。

 動かそうとしても、動かない。

 石のように、あるいは鉄のように、ただ冷たく静かに、地面から離れようとはしない。


 膝が笑う。

 涙が溢れる。 

 強烈な寒気と共に、歯が振動する。

 顎が外れそうなほどの速さで、ただガチガチと危険を伝えている。


 気がつけば、周りは死体だらけだった。


 あたりを見回すほどの余裕は無かったが、嫌でも目に入ってくるほどに、タイル張りの研究室は”赤”かった。


 壁も床も一色の”赤”


 首なしの死体、目を切り裂かれうずくまる研究員。

 人だとは認識出来ないほどに切り裂かれた、無残な死体。


 部屋中のあちこちから聞こえるのは、人の声とは思えない”声”


 死屍累々、この空間はまさに”地獄”だった。


 父の顔をした鬼は、ゆっくりと私の方を向く。

 その目の焦点は合っていない。

 両目が赤く染まり、瞳孔も開いている。

 口からは涎が滴り、鼻息は荒く、本能のままに近づいてくる。


 人の姿をした怪物が、ゆっくり、ユックリと…。


 「やめて…」


 その足は、止まらない。


 「お願いだから…もうやめてよ…。」


 私の足も、声も、震えている。

 涙ももはや、流れているのかも分からない。


 その先にあるのは、ただ何も感じない”死”


 恐怖は 私を既に”殺して”いた…。


「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

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