しあわせの薄紅立葵(ギモーブ)~光のポーション~

モネノアサ

しあわせのギモーブ

 ある国の南西に位置する港町にお菓子好きの女の子が住んでいました。

 彼女は前世の記憶をもつ魔女っ子です。と言っても、魔法が普通の世界ですので、魔女だらけの世界ですけど。

 お菓子好きな女の子の至って普通な日常の一こまが、今日も綴られていきます。



 私はシャイン。父は貴族だけど、家は平民町にある母方祖母宅の薬屋。薬草を採取したりポーションを作っている。八歳になったばかりの薬師見習いなのだ。来年、試験に受かれば魔法学園に行くことになるけれど。

 今日も今日とて向かいに住むリタの家に、遊びがてらおやつを頂戴に行く。


「リタぁ~、シャインが来たよー」


 裏口から台所へ向かうと、リタがふわっと笑って迎えてくれる。


「丁度良かった。今日はシャインが教えてくれたギモーブを作ろうと思ってたの。手伝ってくれる?」

「もちろんだよ」


 可愛すぎるリタのお願いを断れるわけがない。特にお菓子絡みなら尚更だ。

 ギモーブは薄紅立葵うすべにたちあおいという植物の根と砂糖と果汁で作ったものだ。

 薬草を採取しているときに、薄紅立葵のフランス語がギモーブ、という前世の記憶を思いだした。

 

 多年草の薄紅立葵の代わりにゼラチンを使ってもいいけど、薬剤として咳止め、不眠症などに効果のある薄紅立葵の根を使うほうが、薬草を扱う私らしい。

 その薄紅立葵をリタにあげたのだ。リタがギモーブを作ってくれるだろうという下心と共に……。

 薄紅立葵は別名マーシュマロウ。ギモーブは果汁入りの生マシュマロという感じかな。卵白を入れると触感などがマシュマロに近づくけど。

 薄紅立葵の根を水につけておくと、ゼリー状になるからこれを煮て使う。


「果汁は何を入れる?」

「暑さを和らげたいから、さっぱりした感じがいいかなと思うの。パッションフルーツとマンゴーと桃のピューレがあるからそれで作ろう?」


 南の方に位置するから、夏の昼は結構暑い。もちろん、魔導具で温度は一定に保たれるようになっているから、家の中は快適だけど。

 南の島への港へ新鮮な果物が届くから、おいしい南国の果物が安く手に入る。


「ブルーベリーのピューレが家にあったから、ブルーベリー味も作ろう~」

「おいしそう。四種類も作れるね」


 ふふっと笑うリタの笑顔が可愛すぎる。ふわっふわのプリン色の髪がギモーブのふわふわ感とダブる。ジュルリ……あ、ヨダレが。

 リタは他界した母の代わりに軽食など小さいころから作ってきたし、元々のセンスなのかリタが作ると何でもおいしくなる。

 私が同じものを作っても、リタのようにはいかない。それどころか酷いことになることもしばしば。実験が大好きなこの性格が邪魔しているのか? でも、同じ材料と手順で作ったものすら違ってくるのは解せない。


 ある日リタが作ってくれたプリンがあんまりのおいしさだったので、同じものを各分量多くして三十人前作ったことがある。これだけあれば私もいっぱい食べれると思い、リタはもちろんお菓子をめぐる友人ハイエナたちも呼んだ。


 私が作ったプリンは硫黄臭がした。……卵くさいとかのレベルじゃなかった。


「お前、魔法でも使っているのかよ」


 幼馴染のルカに言われたが、硫黄臭を出す魔法なんてある?


 ルカなら「我が名により召喚する! 元素記号S原子番号十六出でよ! 【硫黄臭スメール・ソォファー】ーー!」とかってやっちゃいそうだけど。


――ただし、発現するかは不明。……使えん。いや、使えなくていいのか。


 本当は硫化水素の匂いだけど。硫黄って無臭だから。でも、不味くするためにわざわざ魔法を使うアホはいないと思うのだけど。

 私だって、魔女っ子なのだ。おいしくなる魔法があるなら、使いたいよ。

 その日のプリンは泣く泣く半分捨てた。いくら私がお菓子好きだといっても、硫黄臭を放つ物体は完食することができなかった。



 今日はリタと作るのだから、味は大丈夫。リタならジャムやジュースでも最高のできにしてくれるだろうけど、今日は四種類ものピューレで作るのだから、おいしくないはずがないのだ。


 ふんふんと鼻歌を歌いながら、私たちは材料を混ぜていく。

 しっかりと白っぽくもったりするまで空気を混ぜこむように。

 混ぜ終わったら、型に流して冷えるのを待つだけだけど、ここで覚えた冷やす氷魔法を使う。

 待つなんて嫌だもん。早く食べたいからね。


「できた!」

「丁度いい感じに冷えたね。魔法のコントロールがまたうまくなってるよ、シャイン」

「えへへぇ。おいしいものがあると頑張れるよね」


 リタが「おいしいものの前ではシャインは無敵な気がするねぇ」と呟いている横でいそいそと食べる準備をする。

 私だけなら、そのままスプーンですくって食べるのだけど、リタはそんなことはしない。一応貴族の自分、リタに女子力も確実に負けてる……。

 私が一口サイズのサイコロ状に糸で切ったものを、リタがお皿に綺麗に盛ってくれる。

 四種類も色があると、コロコロとかわいくて華やかだね。


 口が広めのカップに熱い紅茶を注ぎ、そこに氷らせた紅茶を入れる。飲んだとき、熱さと冷たさのバランスが面白くて、最後まで凍らせた紅茶なので薄まらない。


「この二つの温度差を感じられるのが大好き。熱すぎなくていいし」

「最後も冷たく飲めるのがいいよね」


 クロスを敷いた席につくと、軽く黙祷してフォークをガッと手に取る。


「シャインの目がキラキラ星マークになってる」とクスクス笑うリタの声が聞こえるけど、これ以上待てない。


 取り分けたギモーブを口に運ぶ。

 じゅわわぁと口の中に広がる果汁の香りと甘酸っぱさが、冷たさと共にほどけていく。

 ホッペがおいしいと言うとる~。


「くぅぅうううう! おいしい~」

「本当、おいしいねぇ。シャイン、桃は優しい感じだよ」

「幾らでも入りそう。ぷにぷにの弾力があって触感も面白いね」


 私はギモーブを手でツンツンと突く。ぷよよ~んとした動きがスライムを思い出させる。スライムは全然おいしそうじゃないのに、このギモーブは「おいしいよ」って主張してる。私が食べたいだけなんだろうけど、脳内がやばい。

 お腹の中では快楽物質幸せホルモンのセロトニンがきっとあふれ出てるよ。

 四種類のギモーブがあるから、ドーパミン、アセチルコリン、エンドルフィンまで出るかな?


「桃も食べてみるね。うわぁ、香りからもう優しさにあふれてるよ、これ」

「私はシャインが持ってきてくれたブルーベリーにしよう」


 桃の香りでくらくらになりそうな自分の頭に、さらに喜びを与えるべく、お口に桃のギモーブを投入する。

 もう、笑顔でヘラヘラしてしまう。

 おいしいのを食べると、自然と笑ってしまう。それも声を出して。

 「あはははは」って笑いながら食べてるところへ、どうやって嗅ぎ付けたのか好敵手ライバルが現れてしまった。


「いつもおかしいけど、さらにアホになってるな、シャイン」

「……うるさいハイエナが来た、もぐっ。今日はチビハイエナたちは引き連れてないようで何よりだよ、んぐっ。こんなおいしいのがなくなったら、マジ泣くよ? はぁ、おいしい」


 私はルカに言いながらもホッペに手を当て、食べ続ける。ほっぺが落ちないように手で押さえつつも、おいしいのは止まらないのだ。


「おい、しゃべりながら食べるなよ。お前、一応貴族だろ?……んめっ! なんだこれ⁉」


 おいしいだろう? そうだろう? これはギモーブというんだよ、と思いはするが、口を動かすのに忙しくて、説明ができない。

 代わりにリタが教えてあげてる。


「ギモーブって言うの。花の根で作るんだよ。今ルカが食べたのはマンゴーピューレを入れたもの。こっちの薄紫色のがブルーベリー。甘酸っぱくてこれもおいしいよ」

「花の根か、まーたシャインが変なことしてんな。ま、今回はおいしいから許そう」

「許しは要らないから、食べるなっ!」


 皿を取り上げようとして、それをいち早く見抜いたルカにより阻止される。私たちはがるるるぅと睨みあった。口はギモーブでもごもごさせながら。

 あ、ダメだ。ギモーブがおいしくて、思わず笑みがこぼれる。


……仕方ない。


【ギモーブの優しいおいしさでルカは許された】


 皿を引っ張る手を緩めると、ルカも手を放す。

 これまた優しい成分でできているとしか思えない天使、違った、リタがルカに飲み物をすすめる。


「ルカも同じ紅茶でいい? 温かいのと冷たいのを同時に味わえていいよ?」

「うーん、それってぬるいってことか? 俺は冷たいほうがいいんだけどな。外は暑かったしよ」

「そうだね。じゃぁ、冷たい紅茶ね」

「りゅかには みじゅでいい、みじゅで」

「はぁ? りゅかなんていないっつーの。お前、水の発音もできないとか、何歳児だよ」


 口にいっぱいのマンゴーギモーブで発音ができなかっただけ。今はその甘い余韻に浸ってるんだから、ルカよ、声かけるな。

 私は横目で一目だけルカを睨んで、またおいしいギモーブに視線を戻した。やっぱり目に入れるなら、おいしいもののほうが断然いい。


「リタぁ、マンゴーってそのまま食べてもおいしいのに、なんでこんなにおいしく出来るのー。リタって天才だよぉ。もぐもぐ」

「ふふ、シャインも一緒に作ったじゃない」

「ごっくん、マンゴーピューレもそのまま食べてもきっとおいしかっただろうねぇ」

「後で、一瓶あげるから、持って帰って」

「きゃー! リタってばなんていい子! ありがとう~」

「リタ、こいつをそんなに甘やかすな。このクリーム色のは何だ? 甘酸っぱくておいしいな」

「パッションフルーツね。淡黄色のが黄桃だよ」 


 ルカに一言文句を言おうかと思ったけど、ピューレ一が瓶手に入った嬉しさで食べ続けた。今回はリタの優しさがルカを救ったな。

 黄色系が多いけど、おいしいのなら彩りよりおいしさそっちが優先だ。


「パイナップルでもおいしそうだね、もぐもぐ」

「いいかも。次、作ってみようか。白桃もおいしそうだよね」

「ッんまっ、うんうん、まだまだ暑い日が続くから、このギモーブで乗り切らなきゃね!」


 私は次という返事に小さくガッツポーズをした。やったね、もうギモーブ祭りでもしちゃう?

 楽しい考えと口の中のおいしさでうっとりして、手を伸ばし、ギモーブがないことに気づく。


「……私の楽園はいずこに」

「シャイン、お前の腹の中に消えてったな。リタ、ごちそうさん、おいしかった」

「本当、おいしかったねぇ」


 にこにこと笑うリタが幸せそうだ。うん、次があるよね。私は急下降した気分を紅茶で飲み下した。


 食べ終わった食器を、エアー食器洗浄器にいれてオゾンで洗う。

 洗剤を使わないから、きっと環境に優しいね。


――今日は爽やかで優しさにあふれた一日だったな。


「シャイン、これから走り込みに行くぞ」

「はいぃ⁉」

「魔法学園の入試である体力測定のためだろ」

 

 折角の幸せ脳内物質ドーパミンがノルアドレナリンへと移行していく……。


 こうして、私の爽やかな一日は、汗だくの走り込みと剣の練習により、貴族らしさも優しさも立ち消えの、通常運転の一日となったのだった。

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しあわせの薄紅立葵(ギモーブ)~光のポーション~ モネノアサ @monenoasa

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