半夏生(はんげしょう)

@tabizo

半夏生

もう梅雨も明けようかというとある日曜日の朝。

「去年はこの時期に散々な目に遭ったからなぁ、どうも憂鬱やなぁ」

朝食を終えた彼は気乗りしないまま、日課の散歩に出かけた。

非常に賢く、物知りだということで彼の元には、皆いろんなことを聞きにくる。

今日も例外ではなく、散歩している彼を見かけると大勢の者が集まってきた。

ほどなく彼をぐるりと囲んで即席の野外授業が行われることになった。

彼はひとつひとつの質問に丁寧に答えていった。


「なるほど・・・じゃあ、“はんげしょう”って何ですか?」

また別の者が質問を投げかける。


彼は風土の風習にも詳しい。腕を組んだまま説明を始める。

「半夏生(はんげしょう)は雑節の1つやな、かつては夏至から数えて11日目としていたんやけどな、現在では太陽の黄経が100度に達する日となっとる。だいたい毎年7月2日頃にあたり、この日から七夕の頃までの5日間をいうんや。」


さらに質問がくる。

「どうして“はんげしょう”というのですか?」


彼は説明を続ける。

「半夏(はんげ)とは漢方薬に使われる烏柄勺(からすびしゃく)という薬草のことで、この薬草が生える頃だからという説があるな。でもな別の説もあるんや。半化粧という草があってな、別名をカタシログサというんやけど、この頃にちょうど葉が名前の通り半分白くなって化粧しているようになるからという説や。どっちがホンマかわからんけど、ちょうど梅雨が明ける頃やしな、農家では収穫量が良くなるので田植えは半夏生に入る前に終わらせるのが鉄則といわれとる。半夏生いうんはこのように農作物を育てる上でひとつの目安となる時期やさかい、各地では様々な行事や習慣があるんや。」


聞いていた者たちはこの話に興味をもったようで、答えを急かすように質問の声があがる。

「どんな習慣があるのですか?」


彼が少し考えて答える。

「そうやなぁ、収穫した麦でお餅を作り、神様にお供えしたり、うどんを食べる地方もあるな。ここ関西では豊作を祈ってタコを食べる習慣がある。これは作物がタコの足のように大地にしっかりと根を張ることを祈願する意味が込められてるらしいわ。それに栄養ドリンクにも入ってるタウリンが豊富に含まれてるから、蒸し暑さで疲労が増してくる時期に食べることは栄養面からみても理にかなってるわけや…と、あれ?」


彼は話を聞いていた者たちの目つきが変わったことに気づいた。

気のせいか取り巻きの輪が狭くなってるようにもみえる。


「へぇ、そうなんですねぇ…」

なんとも言えない不気味な笑みを浮かべる聴衆。


どうも場の空気がおかしい。自分に突き刺さる鋭い視線。

背筋を冷たいものが走る。あきらかに彼は動揺していた。


「な、なんやちゅうねん…」


自分との距離が更に縮まるのをみて、ゴクリと唾を飲み込んだ。

その瞬間、皆が一斉に動き、彼はその集団の渦に飲み込まれた。


「ちょ、ちょっと待てお前ら―」



今日は7月2日―。

小さな波がキラキラと初夏の太陽を照り返していた。

海の上では親子で漁をする漁師の船。

「おっ、またタコが釣れたぞ」

「あれ?このタコ…足がみんな食いちぎられてる」

「おおかたカワハギの群れにでも襲われたんとちゃうか」

「そんなこともあるん?」

「ああ、別に珍しいことやない。それに今は半夏生やしな―」


                                  おわり

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