みそっかすの「ゆうひ」

籘真千歳

みそっかすの「ゆうひ」

「まあじゃあ、ちょっと長い夏休みだと思って入院してみるかい?」

 担当医の言葉に、私は是非もなく頷いた。

 大した病気ではなかったらしい、腎臓が急性のなんとかと言っていた。ただ、万年登校拒否の私には家で両親や出来のおよろしいご長男ご長女様にうだうだ言われるのが鬱陶しかったし、公然とだらだら寝て過ごせる理由が出来るのは願ってもなかった。

 だから、私は浮かれていたのだ、そうでなければ、こんな後悔はしなかった。

 病棟の庇に出来た燕の巣を、私はいつも車椅子から見上げていた。物珍しかったのもあるが、そこには一羽の雛が置き去りにされていたからだ。私は毎日彼を指さしては腹を抱えて笑った。

 兄弟たちは皆巣立っているのに、なんて臆病な味噌っかす、私以下だ。私は彼を「夕日」と名付けた。いつか沈んで消えていくお馬鹿さん、ぴったりじゃないか。

 そして、一週間目には親鳥も来なくなった。

 私は気になって仕方なかった。親にも見捨てられた阿呆ヅラってどんなだろう。

 私は車椅子に立って背伸びをし、そして……巣を取ってしまった。戻ってきた親鳥が周りを飛びながら私を非難して鳴いた。手の中のもう大人と変わらない雛も泣いていた。

 その時私はやっと自分の犯した罪の大きさに怯んだ。怖ろしくて、放り出したくて、でも出来ずに声を上げて泣いた。「飛んで! 飛んで!」私は泣きながらに祈り、巣を空にかざして……そして雛は飛んだ。親鳥に導かれるように、高く、遠く、長い雲に届くように、私を置き去りにして――。

 雛の巣立ちを「雄飛ゆうひ」と言うことを退院するとき教えられた。初めては皆恐いから、雄飛は雛ごとにバラバラ、早いのも遅いのもいる。なら私の雄飛もこれから始めてみよう。

 からになった巣を最後に見上げ、私は両手を広げて病院を後にする、私のがっこうに向かって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みそっかすの「ゆうひ」 籘真千歳 @tomachitose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ