■五月十九日(火) 栄美 1

 栄美が高校から家に帰ろうと、バスを降りてマンションに近づいたときだった。


 マンションの近くに人が数人いる。そのうちの一人が栄美に近づいて来た。


「ねえねえ、このマンションにプラスアルファって会社の社長夫妻が住んでるんだけど、知ってる?」


「知りません。……失礼します」


 栄美は足早にマンションから離れた。確かに死体は発見した。亡くなっていたのは美佐──会員だ。だけど、こんな風に新聞だか週刊誌だか判らない人間がマンションの入り口にいるなんて。


 栄美はマンションが見えなくなる場所までいて、ひと息ついた。スマホを取り出す。

 親の仕事がマルチまがいのビジネスとはいえ、ここまでの事態は初めてだ。


 一瞬、母親の携帯に電話しようとして、栄美はそれをやめた。大きく深呼吸する。


 スマホには、親しくなってしばらくしてから入れたアドレスがある。


 皆川夏凛。高校に入って初めて友達になった女の子だ。早川が昔からの付き合いのように栄美の両親の仕事を揶揄するような発言をしたとき、怒ってくれた友達。


 それが自分のためではないとしても。


 栄美は夏凛の電話番号をタップした。数コールのちに、ぷつっと音がした。夏凛が出たのだ。アドレスと番号を交換したものの、本当に電話をかけたのは、実は今が初めてだ。


『もしもし、どうした?』


「マンションの前に、何の記者だか分からないけど記者がいて、入れないの」


 電話の向こうで、息をのむ気配を感じる。

 数瞬ののち、口を開いたのは夏凛だった。


『判った。今あたし、外にいるんだけど、こっち来てよ。今どこ?』


「JRの諏訪山口すわやまぐち駅の近く」


 諏訪山は、港町みなとまち市にある山系だ。四月の入学直後には高校で『新入生歓迎登山』と称して一泊のイベントまであった。そこで夏凛と親しくなったと言っても過言ではない。


『JR……栄美、電車は定期持ってなかったっけ。でもできればJRか港古電鉄こうこでんてつのどっちかで、港町駅まで来てよ。そこで今後の対策を練ろう。それで大丈夫?』


 港町駅は、港町市街の中心にある。JRも港古電鉄も同じ『港町駅』という駅名で、歩いて五分程度の距離だ。


「わかった。港町駅ね。JRで行くから、二十分後くらいに着くけど」


『迎えに行く』


 夏凛の頼もしい声が、ケータイから響いた。


「ありがとう」


 栄美はJRの諏訪山口駅に向かって歩き出した。

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