■五月十七日(日) 隼人 1

「デートだと思ってちょー期待してたのに、まさかのマルチとはね」


 隼人の母親の第一声が、これだった。


 警察署で、刑事だと名乗る男からいろいろ訊かれているときだった。「お母さんが迎えに来てくれたぞ」と男の声がしてドアが開き、母親が入ってきたのだ。


 金色のきつくパーマのかけられた髪が腰まで伸びている。化粧はばっちり。ただし服装は白いジャージの上から水色のエプロンというものだ。前ポケットには熊のアップリケまでついている。


 隼人の母はマンションの一室で無認可の保育施設を経営しているのだ。経営、といってもメインの働き手は本人なので、四六時中エプロン姿だ。


「デートってお母さん」


 隼人に事情を聴いていた男が、驚いたような表情で、隼人と母親を見較べる。


「あたし、仕事抜けて来たんですよ。悪いけど隼人を早く帰してやってくれません? 第一発見者ってだけで容疑者じゃないんでしょ?」


 母親がガラ悪く言う。


「……渡辺、広子?」


 不意に隼人の目の前にいた年配の刑事がポンと手を打った。母親が驚いたような表情になる。それから急に笑顔になった。


「やっだ。立原たちはらさんじゃん。げんきー? えらくなったんじゃないの? 今も少年課やってんの?」


 五十歳の人間とは思えない軽い口調。いつものことに、隼人は小さくため息をついた。悪い人間ではないが、同級生だったら絶対に友達にならないタイプである。


 だが刑事の方も、急に表情が生き生きしてきた。リラックスした笑顔を作る。


「刑事だよ。……ちょっと待て。おまえの息子? 本当の? 父親は誰だ? ……あれ、でも港町高校の一年って言ったよな? ダンナの連れ子か?」


 今まで隼人に丁寧に訊いていた刑事が、いきなり乱暴な言葉遣いで母親に応じる。しかし母親はまったくそれを気にしてない様子で満面の笑みを浮かべた。


「信じられないことに、本当にあたしの子なの」


「突然変異か」


「じゃなくて父親に似てるんじゃない? 父親が港町高校の卒業生でさぁ、うちの子全員港町高校行ってるし、ヤンキー一人もいないの。信じらんないよね」


 母親の返事に、刑事は考え考え言葉を紡いだ。


「あれ、じゃあ父親は西尾か? ……じゃないな。苗字違うもんな」


「西尾の親友で、あたしらの中学の同級生」


 語尾にハートマークがつきそうな勢いで母親が答える。


「言っとくけどこの子の姉貴を妊娠してその彼と結婚したのが最初の結婚で、まだラブラブだからね」


 なぜか威張ったように言う母親に、隼人は耐えられなくなった。思わず口をはさむ。


「……ラブラブなことくらい知ってる。てゆーか外でそんな話するなよ。てゆーか何で刑事さんにタメ口なんだよ」


 隼人の言葉に、刑事と母親が驚いたような表情で隼人を見た。それから刑事が、今までの外面そとづらの顔ではない、リラックスした表情で笑った。


「俺が最初に配属されたのが少年課で、最初に補導したのがこいつだ」


「高校のとき外で友達と煙草吸ってたら『おまえら未成年だろ』って声かけられてさー。煙草くらいいいじゃんね」


「よくねえよ」


 隼人と刑事の声が重なった。自分と同じ反応を示した隼人を驚いたような表情で見て、刑事は母親に視線を移した。


「おまえの子、まともだなぁ」


「そうなのよ。……まああたしも、最初の子妊娠した時に煙草やめてから、吸ってないからね」


「やめたんだ、えらいじゃねえか。……今、『まさかマルチだなんて』みたいなことを言ってたけど、おまえの周囲は多いのか?」


 何気ない口調で、刑事が母親に訊く。母親は刑事の思惑に気づかない様子で、あっさりと頷いた。


「『友達の友達』レベルではたまに聴くよ。最初の頃は『ダンナが嫌いだから』って断ってたけど、何回か末路見てるから、薬物クスリと同程度にヤバい認識」


 母親の返事に、刑事は大きくため息をついて、それから苦笑いのような表情になった。


「……おまえ、まともなダンナと結婚できてよかったなぁ」


「でしょお?」


 ……そこでなぜのろける。


 声に出して突っ込むとに長くなるので、隼人は心の中で突っ込んだ。


 刑事は母親に向かって説明するような口調で話し始めた。


「デート商法的にこの子を誘ったのは、プラスアルファという、現在はそんなにヤバくないけど、将来的にはヤバくなるかもしれないと言われている、港町市発祥のマルチ商法の社長の娘だ」


 刑事が不意に真面目な表情になった。


「普通、マルチ商法は十八歳以上しか誘わないんだよ。大抵の会社が『うちはちゃんとしてます』って見せるために『十八歳未満はビジネスできない』っていう規定を作ってるからな。だけどプラスアルファは、未成年を『心の教室』ってのに誘って、先祖に手を合わせるとか自分の身体を大事にするとか、まあそういう道徳的なのに併せて、ネットワークビジネスの勉強もさせてる。それを『投資の一環』として『お金がお金を産む』とか理由をつけて推奨してるんだ。まあ他のマルチも使ってる理屈だけどな。だから、そこに数年いた子は、プラスアルファを人間関係的な理由で出ても、すぐによそに引っかかるし、本当にヤバい」


「……げ」


 母親が眉をひそめる。


「おまえは『デートかと思った』的なことを言ってたが、本物のデート商法みたいなもんだからな。気をつけてやれよ」


「……ありがとう。判った」


「何かあったら遠慮なく連絡くれ」


 刑事はそう言って、母親に名刺を渡した。

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