■五月十日(日) 夏凛 2
「未成年は俺が送る」
大人同士で何か話をした後、勘定を済ませて店を出ると、西尾が夏凛と望に向かって言った。ちなみに夏凛と望の分は西尾がおごってくれた。
「あんたに送ってもらう筋合いじゃないけど」
夏凛が挑戦的に西尾を睨みつける。西尾は苦笑いして、夏凛の肩をぽんとたたく。
「あっちでは一応、博之もまとめて、もう一度考え直すように話すことになってるんだ。もう夜だし、おまえらは家に帰らないとな」
西尾の言葉に、夏凛と望は顔を見合わせた。夏凛は腕を組む。望が唇を噛む。
口を開いたのは夏凛だった。
「博之は、あたしらが送ってもらうこと、知ってるの?」
「ああ。『頼みます』って言われたよ。……安心しな。身元は確かだ。ほら、名刺。もらってくれよ」
西尾は胸ポケットから名刺入れを出して、夏凛と望に一枚ずつ名刺を渡した。
「ここに手書きで書いてあるのが、俺の携帯。これも何かの縁だし、困ったことがあったら連絡くれよ」
「……どうも」
見るからに不良少年の割には本当に気の弱い望が、軽く会釈をして名刺を受け取る。
逆に夏凛は名刺をまじまじと見つめた。
「
「まあね」
「警察の捜査手伝ったりするの?」
「まさか。そんなのは小説やまんがの中だけだ。浮気調査とか身上調査をするのが日本では探偵の仕事」
「……ふうん」
すらすらと答えた西尾を、夏凛はうさんくさそうに見つめる。
「まあ乗れよ」
話しながら歩いているうちに、近くのコインパーキングに着いた。西尾が白のセダンを指す。
「だっせ」
「うるさい。探偵が目立ってどうする」
呟いた夏凛に、西尾がご丁寧に答える。
「それに、おまえらがカッコいいと思うような車、逆に俺は恥ずかしくて乗れない」
西尾はそこで言葉を切って夏凛の顔を見つめた。
「助手席と後ろとどっちがいい?」
「助手席」
「じゃあ望は後ろだ。どっちの家に先に送ればいい?」
運転席に座ってシートベルトを引っ張りながら、西尾が訊く。
夏凛は後ろを見た。望も夏凛を見ている。
嫌な沈黙が下りる。
西尾はいぶかしげな表情になって、夏凛と望を見較べた。
「……俺、そんなに悪いこと、訊いてないよな?」
西尾の言葉に、先に反応したのは夏凛だった。
「どうせ探偵さんなら調べれば判るよね。二人とも
「なるほど」
答えて西尾は車を出した。
車の中を沈黙が下りる。
山麓園というのは夏凛や望が現在住んでいる、そして博之も十六歳まで住んでいた児童養護施設だ。博之は高一の夏休みに高校を中退したので、施設のルールで施設にいられなくなり、一人暮らしを始めた。
「なるほど、の意味が判んねえ」
夏凛が呟いたのが聴こえたのだろう。西尾が困ったような表情になる。
「博之も山麓園の出身なのか? だったらその連帯感は理解できると思って。イマドキ、どんなに親しくても妹分の大学費用なんて出さないだろう」
「少なくともあたしは、うちの園の奴全員に対して博之や望と同じように思ってるわけないからな!」
「うん、まあそれも判る。……あともうひとつ、やっぱり仕事がらみで聞いたんだけど、山麓園で初、うちの高校にトップクラスで合格した天才児がいるって。眉唾だと思ってたけど、夏凛のことなんだな」
「……噂になってんの?」
夏凛は顔をしかめた。それに気づいて西尾が片手でぽんと夏凛の肩をたたく。
「噂になってるのはうちの業界だ。一般人は知らないよ」
「何で探偵業界でうちの高校の話になるんだよ」
「うちはまあ、何でも屋とは方向性が少し違うけど、手広くいろんな仕事を請けたり、かち合ったら紹介したりしてるんだ。で、最近マルチ商法的な案件が増えてきたんだよ。で、わが港町市で始まった会社が最近、特にトラブルが多いんだけど」
西尾は言葉を切った。信号が赤である。停止線で車を停めて、西尾は夏凛の顔を覗き込んだ。
「そこの娘がおまえの同級生」
「……は?」
目を丸くした夏凛に、西尾は言葉を続ける。
「きれいな子らしいぜ。お嬢様って呼ばれてて頭がよくて」
「うわー、ないわー。あたしが一番嫌いなタイプじゃん。そんなの同級生にいるの? サイアク!」
夏凛の言葉に、西尾が吹き出す。
おかしそうに一通り笑ったあと、西尾は真顔になった。
「まあ俺も、親のせいで嫌われたり悪口言われたりしたクチだから、親がどうとかって、未成年相手に言いたくないんだけどね。親の仕事手伝ってるから、彼女目当てで入る奴もいるらしく、まあ問題なんだよ」
「男はバカだからね。それだけおきれいなお嬢様だと、騙される奴もいるだろうよ。まったくもう、ほんとバカ」
夏凛が忌憚のない意見を呟く。それを見た西尾が小さく笑って車を出した。
しばらく走ってからウインカーを出す。山麓園の入り口近くだ。
「おまえらはマルチとかネットワークビジネスとかやるなよ。ここで知り合ったのも何かの縁だ。特に夏凛は俺の
「うさんくせ」
夏凛の返事に、西尾はおかしそうに笑った。
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