今を生きる ②
貴巳をを見送ってから、啓司は家の中の片付けを始めた。
毎日掃除をしない訳ではないのだが、やっぱり休日という時間がないと、出来ないことも多い。
特に増えてきた本の整理は、仕事が有る時は手を付けるのが面倒で。
書斎にしている一室に入り、啓司は大きくため息をついた。
「本屋に就職出来てからこっち、増える一方だよね」
大きな本棚は大学時代に買ったのだが。気付けばその本棚も埋め尽くす勢いで。
ハードカバーの分厚い本から、ライトノベルの小さな本まで。調節できる棚の高さを利用して、下の方にハードカバーの重い本を入れてはいるのだが。
余裕を持って、三段分をハードカバー用にしてあるのに。すでに埋まって入りきらない分は、床に置いて有った。
「ダメだなぁ。職場で見るから、ついつい手が伸びるんだよね」
常に本に囲まれているから、気付けば気になった本は購入してしまっていた。
苦笑いする啓司は、夜にうなされていた事など、すでに忘れたかの様な雰囲気だ。
丁寧に本を持ち上げ、種類別に纏めて行く。
「貴巳に心配かけちゃったな。実際にどんな夢見てたとか、本当に覚えてないんだけど……」
手際よく本が片付けられるのは、本屋で働いている仕事ゆえか。
なんて思いながら、啓司は独り言を続けている。
「本棚、もう一つ……置けるかな」
一人ゆえに、脈絡も無く言葉が口をついて出る。
どんなサイズでこの本棚買ったかな。当時のパンフレットが、未だに置いて有るのは、買い足すだろう事を見越した為だ。
「今はもう多分このパンフレットは無効だよね。貴巳が帰って来たら、パソコンで調べてもらうっていう手も有りかな」
ネット環境は有るので、啓司自身がパソコンを使えば良いだけなのだが。
今は携帯でも通販出来るのだし。
「商品の説明文だけじゃ、全くわからないんだよね。でもわざわざ本棚買いに行ってる暇も無いし」
貴巳なら、この部屋に合う本棚を見付けてくれそうだ、と。
インテリアに詳しい訳ではなく、貴巳の方がネットでの通販に慣れているというだけなのだが。
「組立とか、本当面倒な作業が無いのが欲しいよね」
今ある大きな本棚は、家具屋から送ってもらったもので、組み立てる必要の無い物だった。
当時はまだ啓司も貴巳も大学生で。その為に時間は有ったのだ。
「買い物行くなら、二人で行きたいし。二人で行ける時まで待ってたら、どんどん本が床に積まれそう」
ネットを二人で見るのも、楽しいよね。と勝手に決めて、啓司は本の整理に戻る。
洗い物は溜めないようにしていたし、布団は布団乾燥機を使って現在機会が綺麗にしている最中だ。
啓司がしなければいけない事は、自分が積み上げてしまった本の整理くらいだろう。
「あとは、掃除機かけなきゃね」
毎日かけてはいるけれど。隅々までかけられる今日のうちに。テレビの裏とか埃を取り除きたいとも思う。
貴巳が家事をしない訳でもない。貴巳が休日の土日は、貴巳がしてくれる事だった。
だから啓司も普通に休日にはそういった掃除をする。
書斎に関しては、本が積まれ出してから、貴巳は掃除するのが怖いから入ってない。と言っていた。
本を大切に扱うくせに、床に積み上げる啓司が悪いので、たとえ傷付けられても怒りはしないのだが。
空いているスペースに、とりあえずで本を収納してから、啓司は書斎から掃除機をかけ始める。
※
乾いた大地は、未だ貪欲に水を欲している。
貴巳といることで、啓司の飢餓感は無くなった。
けれど、乾ききった大地を潤すには、まだまだ足りていない。
それでも、貴巳の存在が、啓司に潤いを与えたのはたしかで。
共に在る事で、彼らはお互いに補い合う。
そこに有るのは、友愛や恋や愛を超えた、魂の繋がり。
魂で繋がり合っているから、互いが互いに必要で。
無くてはならない存在で。
だからこそ、互いを心配し合い、慈しみ合う。
他人を排除していた啓司が、唯一そばにいて欲しいと願った存在。
唯一、心配し、信頼し、そばにいてくれと願った存在。
貴巳と出会えたから、それまでの希薄すぎた友人関係が、大きく変われた。
唯一の存在は貴巳だが、友人と呼べる相手を、しっかりと持つことが出来た。
大学時代の友人の一人、湊とはまだ交流が有る。
貴巳も湊には心を許していた節も有り、啓司は湊とは交流を続けた。
だから、二人の世界は広がっている。
お互いに出会わなければ、こんなに世界は広がらなかっただろうと、啓司は思っている。
広がった事で見えた世界は、美しく。命に満ちていた。
生命が枯れていると思っていた啓司の心に、水という潤いをもたらし、生命をもたらしたのは貴巳だ。
他人を愛おしいという心を、教えてくれたのも貴巳だ。
だから啓司は貴巳を手放す事など出来ない。
共に在る事が、二人の本来の姿である、と。
そう確信しているから。
だから、彼らは離れることを知らない。
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