思い出の場所 ③

 『パーティ家業の情報屋』

 湊の奇妙な通り名は、近隣大学生も知っていたりする。

 一人では絶対に行動しないという事を、皮肉っているのだが。当の本人は全く気にしていない。

 曰く、

「大勢でいた方が楽しいじゃん。人生一度きりなんだから、楽しく過ごすのが一番だろ」

 という事らしい。

 啓司にしてみれば、

「周りに人が集まるから、情報屋としての名前が付いているんだろうしね」

 だし。

 貴巳に言わせると、

「あの人が一人で静かにしていたら、天変地異が起こりそう」

 となる。

 湊にしてみれば、二人の方がけなしているのだが。

「ま、いっか」

 で終わる。それが啓司と貴巳と付き合える、湊の性格である。

「自分が納得している事を、他人にとやかく言われる筋合いはない」

 三人が共通して持っているのは、こんな考えだ。





「今日買った本?」

 帰宅して、色々とやる事も終わって。ホッとした時間。

 鞄から本屋の名前の印字の入った袋を取り出した啓司に、貴巳が問いかける。今読むの?と。

「うん。湊が言ってた本が、面白そうでついつい買っちゃった。飛び巻で買う気は無かったから、三冊くらいね。で後は僕が前から読んでたシリーズの新刊とか」

 テーブルに置かれた袋には、何冊もの本が入っている。

 貴巳は短編を読むのに精一杯なので、シリーズとしてずっと読み続けられる事がすごいと素直に思う。積み上げられた本の数には絶句してしまうが。

「啓司さんの本好きは知ってるけど、あんまり夜遅くまで読んでると、次の日辛いよ?」

 本を読み始めると、読み終わるまで寝ようとしない啓司。

 貴巳は心配して声をかけるのだが。

「うん。そうだね、一冊だけにしておくよ。そんなに時間かからないだろうし」

 シリーズ物とはいえ、一冊完結型だ。だから一冊だけ、と。

 子どもの頃から、ずっと本を読んでいた啓司は、読む速度が速い。必要であれば、速読も出来るのではないか、というほどには。レポート用の実用書などは、斜め読みしている所も有る。

 本を読まない貴巳には、考えられないスピードで読んで行くのだ。

「なら、良いけど……」

 言いつつ貴巳は、自分も本屋で購入した実用書を持って、啓司の隣に座る。

 レポート用に読んだ本の続編とも言えるべき物で、その先の結論が気になったので購入したのだ。そう考えると、シリーズで小説を買う啓司の事が、少しわかるかもしれない……そう貴巳は思った。

 別々の事をしつつも、同じ場所にいる。

 相手の体温を、すぐ近くに感じられる。

 冬の室内で、日向ぼっこをしているような、暖かい時間。

 じんわりと暖かさが染み込むようなこの時間が、啓司も貴巳も好きだった。

 お互いに近くにいる事で、相手の変化がすぐにわかる。

 相手が眠くなれば、寝る準備をすれば良い。

 二人ともがそう考えた。

 だいたいは貴巳が先に根を上げるのだけれど。

 啓司は本が読みかけでも、自分を心配する貴巳を知っているから、最近では本に栞を挟む事が多くなった。

「貴巳、もう寝ようか」

 柔らかく啓司に声をかけられて、うとうとしていた貴巳はハッと目を開ける。

 小説よりは読めるとは言ったが、元々本を読まない貴巳だ。夜ともなれば、自然に眠気が勝つ。それに、近くに啓司がいる事での安心感。

「啓司さんは?」

 貴巳の問いかけに、啓司は笑みを深くする。

「僕ももう寝ようと思ってね」

 読みなれない文章は眠くなるね、なんて言いながら。

 栞を挟んだ啓司と違い、貴巳の実用書はどこまで読んだのかわからなくなってしまっている。その事に貴巳は眉根を寄せつつ、本をテーブルに置いた。

「そういえば、湊さんも大量に本、買ってたよな」

 思い出したように貴巳は昼間の湊の事を言い出す。

 寝室へと向かいながら、啓司は頷いた。

「家でも読書家になってるみたいだよ」

 最近湊がよく啓司に絡むのは、面白い本を教えてもらう為でも有る。電車で読み始めた本が面白く、それから色んな系統の小説に手を出すようになったらしい。

「貴巳は?経済関連の本読んでるみたいだけど」

 ちらりと見えた貴巳の買った本の表紙。たしかに一年の時に、レポートで使ったなと啓司は思い出す。

「あー、うん。レポート書くのに、面白かったから。他はあんまり……」

 小説には相変わらず手を出さない貴巳。啓司に勧められて読んだ、ショートショートの短編集を一冊読んだきり。

 だからどうという事もない。

 啓司は貴巳に無理に小説を進める事もしない。合う合わないが有って当然だから。

 貴巳も啓司の好きな物全てを、どうゆう物なのか理解しなくても良いと思っている。

 それぞれの時間、それぞれの場所が有って当たり前だから。

 ともに時間を過ごせるのは嬉しいものだけれど。

 今さっきの様に、別々の事をしていても、ともにいられる時間が有るのを知っている。そういう時間もまた、大切なのだと知っている。





 相手を思いやる事を知らなかった貴巳が、啓司に対しては心配という感情をのぞかせる。

 相手の体温を撥ね除けていた啓司が、貴巳だけは傍にいて欲しいと願っている。

 そして二人とも、当然の様に湊の存在が割り込む事を、許している。

 湊が傍にいる事を、二人は決して拒まない。湊が選ぶのは、穏やかな時間ではないけれど。

 他人といる事を覚えた二人にとって、湊の存在は必要なものになっていた。二人の共通の友人として。

 三人でいる、仲間といるという空間が、啓司にも貴巳にも面白く、楽しいものだったのだ。

 二人だけの世界が、穏やかで優しく、安らげる空間。

 では、三人なら?

 穏やかではなく、時には騒々しい空間もまた、憩う場所で有る様に思っている。

 楽しい時間が、心に安らぎをもたらすのだろう。





 雨は降り止まぬ

 降り止まぬ雨は 破壊の雨であり

 また 恵みの雨にもなりうる



 心癒す時間は 静か

 また 穏やか

 けれど時に 騒々しい



 夢として

 希望として

 未来として

 ……現実として



 叶えられる多くの出来事であり

 また 叶えられない多くの出来事である

 叶うべきは 否と……



 夢を見やり

 幻を見やり

 ……現実を見る



 人と人の間には

 心が有り

 想いが有り

 また 何も無い



 総ての人に

 時と 場所と……

 ……思い出を――



 この先は何が見える?

 否……

 まだ 何も無い


 この後に何が見える?

 否……

 まだ なにも ない――

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