思い出の場所 ②
「いや、面白いんだって!ただ、ジャンルはライトノベルじゃね?って思えるやつでさ」
力説してくる湊に、貴巳もついつい笑みがもれる。
「お、貴巳。興味ある?貸すよ?」
そんな貴巳を見た湊は、声をかける。
「俺あんまり本読まないんで。小説苦手で……」
漫画なら、読むんだけど。と貴巳。
「あれ?この間、何か読んでなかった?」
サークルで借りている教室で、貴巳が本を読んでいるのを湊は見ていた。
「あれは、レポート用に読まなきゃいけない本だったんで。意外と面白くて、読破しましたけど」
小説ではない本だったと貴巳は話す。
「つか、レポート用の本、きっちり最後まで読めるとか。小説の方が楽勝に読めそうだぞ」
「興味が有って、面白いなら」
小説の世界は独特で、飲み込み辛いから読み進められない。と貴巳は思っているのだ。
今回レポート用に読んでいた本は、実用書に分類される。
フィクションの小説より、ノンフィクションの評論の方が、貴巳には合っているのだろう。
「そっかぁ。俺そっち系は全くダメ。レポート書かなきゃって開くけど、一分で寝れる自身が有る」
妙な自慢をする湊に、啓司と貴巳は同時に噴き出した。
「湊はいつもレポート大変そうだったね」
笑いながら、啓司は思い出して言う。
「そうそう。切羽詰まってくると、何とか読むんだけど。切羽詰まってても、結局寝てたりするし……。小説は面白ければ何時間でも読んでられるけど」
困った時はいつも啓司に泣き付いていた湊である。
要点纏めは、啓司の得意になってしまった。
「僕はどっちも読みたいけどね」
「啓司のは、活字中毒だろ」
どんな本でも、興味が惹かれれば読んでしまう啓司。気付くといつも本を読んでいた。その本を取り上げるのは、貴巳か湊で。その二人だった場合は、啓司は笑って二人を許すのだ。
貴巳の場合は、話しが有る時や一人でいたくない時。湊の場合は最初から一人で時間つぶしをするという考えが無いから、その時港といるのが啓司だけだと、啓司は読書が出来なくなる。
二人の性格をわかっているから、啓司は許すのだ。
「そういえば、本が溢れてるよな」
貴巳の言葉に、啓司は苦笑した。
「新しく本棚買おうと思ってて。どうせだから、大きな本棚欲しいなとか、思ってるんだけどね。整理しなきゃね」
啓司は自分の部屋の一室を思い出しながら言う。
3LDKのマンションの一室は、本で埋め尽くされている。本棚は有るけれど、入り切ってない本が、床に積み上げられた状態になっているのだ。
「俺の部屋も相当本が溜まって来たけど。そういうの聞くと、まだまだだなぁとか思うな」
「湊の読書家は、大学に入ってからでしょ。一緒にしないでほしいね」
わざとらしく、高飛車に言う啓司。
「年季入った活字中毒者には、勝つ気は最初からありませんー」
おどける湊に、車内は笑顔で溢れた。
笑っていられる時間がとても大切なものなのだと、湊に出会って啓司は気付き、啓司に出会って貴巳は知った。
車内はにぎやかだ。
※
協調性を持ってなかった啓司が、ここまで湊と打ち解けられてのは、二年になってからだった。
その後に貴巳と出逢い、啓司は大きく変わって行った。
周りの人間との距離を考え、時には助けようと手を差し伸べる事もするようになった。
周りを拒絶し一定以上入らなかった、また入らせなかった啓司が、お節介の押し売りをして歩いている様な湊と打ち解けてから出逢った貴巳は、ラッキーと言えるのかもしれない。
「啓司ってさぁ、信じてる人間、一人もいないよね」
いつだったか。その時も講義が一緒になった湊に言われた。
以前にも、誰かに同じ様な事を言われたな、と思いつつ。啓司はぼんやりと湊を見返し、何の反論もしなかったのだが。
以前と違ったのは、その湊の言葉が、乾ききっていた啓司の心に一つの衝撃として残った事。
自分を理解しようとしてくれる湊を受け入れるのに、啓司はかなりの時間を必要としたけれど。
言われたとおりだな、とその時感じた啓司。父親の事は頼りにはしていたが、外の世界ではそういう人間を一切作っていなかった。
湊は友人が多いだけ、人を見ぬく力を付けていたのだろう。表面だけを見て、人を判断することを、湊は絶対にしない。
※
乾いた大地は、貪欲に水を吸収する。
ひび割れて、潤いを無くした砂に、水は生を与える。
それでも、恵みの雨は降り続く事なく、いつしか止んでしまう。
そしてまた、大地は乾き、生命は枯れる――。
水を欲しながら、誰よりも渇きを訴えながら……。
人を排除しながら、誰かが傍にいてくれる事を、誰よりも願いながら……。
啓司の心には、水が無かった。
降り続く雨は冷たくて、針の様に痛い……。
ぽっかりと開いた心の穴を、埋め尽くすかの様に。
降り続く雨は止まない。
いつまでも降り続き、降り止まぬ雨は、いつから降っているのかさえ、もうわからない――。
必要の無い自分には、必要である他人なんていない。
だから、冷たい雨の行き先など、わからないままに。
喜怒哀楽を失くしたまま。色褪せた世界に埋もれたまま。
何も見ずに、何も聞かずに……。
ただ、生命の鼓動だけが、動いていた――。
貴巳の心には、雨が降り続いていた。
二人が出会ったのは必然だったのか、偶然だったのか……。
二人が出会った時から、二人の生活は変わり始めた。
出会ったことで、雨は緩やかになり、乾いた大地は降り続く雨を知った。
※
カランカラン
軽やかな音は、どこか本屋には似つかわしくない。
結局二限目に合わせて、大学へと戻る事は出来なかった。どこかで早めに食事をする事にして、とりあえず本屋は出た。
二限目自主休講のメールは、湊が啓司と貴巳の分までどこぞに送っていた。誰かしらが、もしかしたら代返していてくれるかもしれない。
「本屋には本当に、何時間でもいるな」
貴巳は少々疲れ気味である。
「ごめんね。ついついいろんな本に目が行っちゃうから」
啓司は苦笑しながら、貴巳に謝る。
「たしかにな。啓司と行くと、知らなかった面白い本が手に入るからなぁ」
こちらもこちらで、色々と目移りしていた湊だ。
貴巳はぼんやりと、これから習うだろう講義関連の本を眺めたりしていたのだが。時間を気にせず本を見る二人に強く出れず、今にいたる。だがまぁ、湊経由で誰だかの一年に、自分の休みまで連絡してもらえたので、貴巳は湊に怒る気は無い。啓司に関しては、最初からわかっていたから、ただ苦笑するだけで終わるのだ。
「付き合ってくれたお礼におごるぞ。どこ行く?」
湊の言葉に、啓司と貴巳は顔を見合わせる。
「いや、それは良いよ。僕も楽しんでいたからね。貴巳の分は、僕が払うし」
やんわりと断りの文句を言う啓司。
「え、啓司さん。俺も自分のは自分で払う」
慌てた貴巳がそう言うが、笑っている啓司が聞きいれたかどうかはわからない。
湊は自宅通いとはいえ、遠い場所から通っている。大学終了後の深夜バイトをするか、週末のみのバイトにするかで、一時期悩んでいたのを二人とも知っている。結局は週末のみのバイトに落ち着いた事も。学費や通学費用は親持ちかもしれないが、財布に余裕が有る訳ではないだろうと、二人は思っている。
「む、これでも稼いでるから、安い店なら大丈夫だぞ。啓司は楽しんでたのかもしれんが、貴巳は完全に付き合わせた形だからな。面白い情報有れば売れるし、俺はそっちでも稼いでるからな」
そう言って、あっこにしよう!と近くの安めのファミレスを指差す湊。
「まぁ、じゃあお言葉に甘えようかな。貴巳もあのファミレスで良い?」
「大丈夫」
貴巳は啓司に払わせるのも、湊に払わせるのも……と思うのだが、どうにも年上二人に強く出られない。
同学年にも他学年にも友人の多い湊は、情報通である。全てにおいて金を取る訳ではないが、教授の傾向と対策や試験の山張りなんかは、ちょっとした小金稼ぎに使っているらしい。
「情報屋としての最近の情報は?」
啓司も貴巳も、他人に関わろうとしてこなかったから、噂に疎い。が、湊と関わる様になってから、それが一変している。湊が二人には、ただで情報提供しているせいだ。
「うーん。今のとこ、面白い情報は無いなぁ」
啓司も貴巳も、ただ単に湊の話す他人の話を面白がっているだけだ。噂を聞いて尾ひれやらを付けて流したりする様な二人ではないから、湊も簡単に二人には情報を流している。
ただ今まで関わろうとしなかった他人の事を、啓司も貴巳も気にする様になっただけだ。
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