乾いた大地は、貪欲に水を吸収する。

 ひび割れて、潤いを無くした砂に、水は生を与える。

 それでも、恵みの雨は降り続く事は無く、いつしか止んでしまう。

 そしてまた、大地は乾き、生命は枯れる。

 僕の心には水が無かった。

 だから正反対の『彼』に出会った時、『彼』の心の雨に気付いた。

 不思議とその雨は、僕の心にまで、雨を運んでくれたから。

 顔見知りの彼らは口々におかしな現象だ、と言った。

 僕が他人をかまっている事が。

 自分でもおかしな事だと思う。

 今までも取り巻きは何人かいたし、サークル内で孤立した事も無かったけれど。特別仲が良い友人というのは、出来た事が無かった。

 僕自身が、ある一定距離以上入り込もうとする人間を、排除し続けてきたから。

 だから、おかしな現象なんだ。



 僕、東(あずま)啓司(けいし)という人間は、おおよそ協調性に欠ける人間だ。

 他人という者を、考えることをしない。

 他人と共に生きるという事が、わずらわしく、面倒くさい。

 学校という集団社会の中でよく生きて来られたな、と思ったりもするし、よく言われもする。

 通知表なんかにも、協調性が無いと書かれるのはいつもの事だった。

 別に見せる親もいなかったから、気にも止めてなかったけれど。

 いや、親はいますよ。いなかったら、僕という存在は今ここにいない。

 まぁ、残念ながら、僕をこの世に産み落としてくれた母親は、他界してしまったけれど。

 父親はいるのだ。

 子育てを放棄してしまった父親が。

 だからといって、何かを感じた訳でもなかったんだけど。

 思い出してみれば小学校の途中までは、普通に近所の子と遊び、笑い合っていた記憶が有る。

 その頃は、母が生きていたのだけれど。

 そう、今のこの他人排除の協調性皆無な性格は、子育て放棄の父親と二人だけになった頃からのものだ。

 同情と、好奇の視線がわずらわしくて。一番最初に排除したのは、親戚の人たちと近所の親たち。

 そして、仲の良かった友人たち。子どもって生き者は、親の話しから相手を見る様になるから。

 こうして考えてみると、別に父親が悪い訳でもないように思う。現にこうして大学まで行かせてもらっているから。どう接して良いのか、解らなくなった、というのが正しいのかもしれない。それまでも、仕事重視の考えの人だったから。幼い頃から父親は書斎にいて、顔を会わせる事が少なかったと記憶している。

 母の葬儀の日、父はこんな顔をしていたんだな。とか場違いな事を考えていた気がする。

 母の突然の死の理由を、僕は今でも思い出せない。

 病気ではなかった。

 母の死んだ日の事が、僕は思い出せないでいる。

 父は忘れたままで良い、と言ったから。そこまで考えないようにしているのかもしれない。

 考えてみれば、この排他主義の性格は、母の死の所為なのかも……と考えてしまう。

 親戚さえ排除したのは、父がそうしたからだった。

 おかげで僕の家は、年中静かだった。

 来客も無ければ、父子(おやこ)の会話さえも無い。

 家を出たのは、大学に入ってからだった。

 家を出る為に、その為だけに、わざわざ遠い大学を選んだのだ。

 母の死を、知らない人たちの中で過ごしたいと思ったんだ。

 僕の知らない所で、僕の思出せない母の死の真相について、訳知り顔で噂する人たちに、嫌気がさしていたから。

 父も僕が家を出るのを機に、それまで住んでいた家を売って、他の場所に引っ越す事を決めていた。

「どうせなら、あの日に引っ越せば良かったね」

 引っ越しの日、そう言った僕。父は一瞬泣きそうな顔をして、

「母さんとの、思い出の場所だからな」

 そう言った。父は父で、この場所に愛着が有ったんだと知った。

 僕と父の引っ越しは、知らせる相手もいなかったから、荷物の整理くらいだった。

 元々父は出不精で、友人の少ない人だったから。

 それは、その頃には僕も同じになっていた。

 他人がどう思っているかは別として、僕には友人と呼べる相手がいなかった。

 だから冷たいとか、言われるんだろうな。

 けれど何年も他人を排除し続けた僕には、そんなに簡単に他人を僕の中に入らせる事が出来ないでいた。

 他人との接し方が解らず、相手を怒らせては戸惑い、また自分の殻に閉じこもる。

「啓ちゃんってさ、信じられる人間一人もいないよね」

 いつだったか、どういう時だったかさえ忘れたが、唐突に教室で隣の席の人間に言われた。

 僕は何も答えなかった。

 実際には父親の事は信用していた。けれどその事を言うのは、どこか幼稚な気がしたんだろう。

 そいつは僕が反論も何もしないのを見て取って、友人と別の話しを始めていた。




 僕の心は、あの日から、乾いたままで成長した。

 あの日から、総てを放棄して、ただ単に生きていた。

 何も、いらなかったのだ。

 でも、乾いた大地は水を欲して、潤いを求めて、心だけが彷徨っていた。

 だから『彼』が現れた時、不思議に色々と言葉が出て来た。

 当たり障りのない言葉で、表面だけの会話をしていれば良いならと、引き受けたサークルの勧誘の日。

 いつもの様に、それまでに来ていた新入生と、僕は当たり障りなく会話をしていた。

 確保したい人数に到達したと、『彼』が連れて来られるまでは。

 心が、雨を降らせ続けていた『彼』。

 素直な心は、僕とは正反対で。

 だからこそ、惹かれたのだろう。

 だからこそ、かまいたくなったのだろう。

 表に出せない涙の代わりに、心で泣いていた『彼』の涙を、出来たら止めてあげたい、と。

 静かに泣く『彼』に、愛おしさを感じた。

 他人にこれほどまでに、執着する僕の心は初めてだ。

 けれど戸惑いは、一切無かった。

 これで良いんだと、何故か納得している僕がいた。



 乾いた大地は、貪欲なまでに水を吸収する。

 雨を降らせ続けている『彼』と、乾ききっている自分が、丁度良いバランスになるまでには、長い時を必要とするかもしれない。

 自分と同じように、『彼』も僕を必要だと思ってくれることを、願っている――。

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