俺の心には雨が降り続いている。

 冷たくて、針の様に細く痛い雨が……。

 ぽっかりと開いた、心を埋め尽くすかのように――。

 降り続く雨は止まない。

 いつから降っているのかさえ、もう俺にはわからなくなっていた。

 暗くどんよりとした雲に覆われた、今日の空の様に。俺の心の空は、ずっと暗いままだ。

 降り続く雨は、この心の穴を埋め尽くしたら、一体何処へと流れて行くのだろう……。

 行く先など、何処にも無いのに……。

 いつまでも降り続いて――。

 止む気配は一向に、無い。

 固い殻に閉じこもって、自分を守る事で精一杯で。

 他人なんて、知った事じゃない。

 何を言われても、平気だった。

 他人だから、何も感じなかった。

 自分には、必要ではなかったから。

 笑った記憶さえ無くて。

 嬉しいと思う事がどんな事かさえ、俺の心は解らなかった。

 怒りを覚えることさえ、無かった。

 哀しみに涙することも、無く……。

 楽しむ事を、知らなかった。

 周りの景色は色褪せていて。

 何もかもが、味気なくて……。

 つまらない。

 口癖だった。

 愛される事を知らなかったから、他人を想う心を持たなかった。

 愛してもらう事は、もうあきらめていたのかもしれない。

 俺には決して振り返らない、背中ばかりを見て来た。

 総てをあきらめる事ばかりに慣れて、執着することを知らなかった。

 俺の心はきっと、粉々になって。欠片だけが残って……。後はみんな何処かへ行ってしまったんだ。

 だから、こんなに大きな穴が開いている――。

「何かぁ、自分だけが良ければ良いって考え方、してるよねぇ。それってぇ、めっちゃムカつかない?」

「傲慢って感じだよね」

「顔が良いから、結構話しかける子とかいたみたいだけど。性格アレじゃあ、皆離れて行くって」

「うん。そうだよねぇ」

 俺がそこにいるのを知っていながら、俺の噂話をするアイツ等に、何の感情も持たなかった。

 そう思うなら、そう思っていれば良い。

 わざわざ話しかけて来るな。

 そう感じただけだ。

 俺の心に降り続く雨は、弱まりもしないかわりに、強くなりもしない。

 外は晴れていても、俺はいつも雨を感じている。

 いつも暗くて、光が欲しかった。

 それだけは思っていた。

 俺がここに生きているのは、復讐の為なのかもしれない。

 生きている事が、どれだけ復讐になるのかはわからないけれど。

 『いらない俺』が生き続ける事で、奴らへの復讐になるのならば、俺は生き続ける。



「僕はこの世に要らない人間なんて、いないと思っているよ。僕らは君を必要としているからね」

「人数合わせの為、でしょ?」

「ん?んー、まぁ、それも有るけどねぇ。……じゃあ、言い換えよう。僕が、必要なんだよ」

 ”が”に強いアクセントを置いて話す彼の言葉に、俺は初めて相手の顔を見た。

 何故、こんな話しになったのか。

 きっかけは覚えていないけれど。大学に入って、勧誘員に強引に連れて来られたサークルの活動室での事だった。

 二歳年上の先輩と話していてくれ、と言われて。

「どういう意味、ですか?」

「さぁ、ねぇ?」

 柔らかく笑う彼に、不思議と反発心はわかなかった。

 いつもだったら、すぐに帰っていただろう。

 話す気も起こらなかっただろう。

 だけど……。

 彼と会って話した時に、少しだけ、雨が弱くなったと思ったのは、気のせいだろうか?

「雨はね、いつか止むものなんだよ、貴巳くん」

「え?」

 俺が息を飲んだのが、聞こえたのかどうなのか。彼はクスクスと笑うと、俺の頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。

「君は、良い子だねぇ」

「なに、言ってるんですか……」

 声が掠れているのには、気付いていた。

 この人は、どうして俺の欲しい言葉を持っているのだろう……?

「帰ろう。送って行くから、おいで」

 柔らかい声に促されて、俺は彼の後に付いて歩いていた。

「あの、サークル、良いんですか?」

「ん?良いの良いの。他の連中が頑張ってるから。それに、人数的には貴巳くんが入ってくれれば、それで良いからね」

 軽く答えながらゆっくり歩く彼は、わざわざ人の通りが少ない道を選んでいる様だった。

「このまま君を置いておくのは、嫌だしね。大丈夫。この時間には帰るってすでに言ってあるから」

「すみません」

「謝る事じゃないよ」

 車に落ち着いて、またも俺の頭をポンポンとする彼。

 かなり子ども扱いをされている気がするけど、それが不思議と嫌じゃなかった。

「落ち着いたら家まで送るから。僕は今一人暮らししてるから、気にしないように」

 マンションに着き、車を停めた彼が言って。俺はその言葉に素直に従っていた。

 このまま帰るのは、……奴らに泣き顔を見られるのは、絶対に嫌だったから。

 彼だけが、最初から違って見えたから。

 彼だけなら、俺は大丈夫だと思えたから――。



 俺の心には、雨が降り続いている。

 冷たくて、針の様に細く痛い雨が……。

 ぽっかりと開いた心の穴を、埋め尽くすかのように――。

 降り続く雨は、止まない。

 でも、弱くなることがあるのだと、知った俺だった。

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