第6話 初めてのクエスト


 アクシズ教会での騒動の次の日、俺は腰をさすりながらリースとイヴと共にギルドの掲示板の前でクエストを探していた。

 今日は二人と初めてクエストに行く予定である。なのに。



 ちょっと腰が痛いのである。原因はわかっている。昨夜のことだ。



 昨夜は、金もなく宿屋にも泊まれず、バイトもやめてしまって寝床がなかったため、リースとイヴについて行き、駆け出し御用達の馬小屋で寝た。

 暗黙の了解で、4人以上のパーティーでない限り同じ場所で寝なければいけないらしく、二人と同じ部屋で一緒に寝た。ちなみに、俺はバリバリの思春期健全男子である。女の子二人と寝るなど、ドギマギしないわけがない。


 二人はというと、なんか旅行にきて友達と一緒に寝るみたいなテンションではしゃいで、気にしていなかった。結構肝が座った女の子なのかもしれない。

 まぁ、ここアクセルは様々な街の中でも、冒険者の犯罪が少なく治安がいい街とされている。その名誉の安心効果もあるのかもしれない。

 しかし、ここの女性とパーティーを組んでいる男性冒険者諸君は、どうやっていろんな処理をしてるんだろうか…。申告制だったりするのだろうか…。



 そんなことを悶々と考えてしまい、結果寝苦しい体制で寝たのもあって腰を痛めてしまった。

 なんとも幸先が悪い。

 …生前も、こうして幸先が悪いことが多かったなぁ。リレーでいきなりずっこけたり。冒険しようとして、装備を盗賊に取られたり。

 

 そんな昔なことを考え出す俺をよそに、リースとイヴは必死にクエストを探してくれていた。

「んー、取り敢えずジャイアントトードかと思ってたんだけど…。取られちゃってる…」

「まぁ、春先ですし皆取りますよね…。できそうなのを選びましょう」

 どうやらいいクエストがないらしく、うんうんと唸っていた。

 …いや、いいクエストがない訳じゃない。俺が不調なのも考えてくれて、その上でいいクエストがないのだ。

 こないだのスライム騒動での動きを見ても、今張り出されてるゴブリン討伐なども余裕があるくらいだろう。

 申し訳ない気持ちでいっぱいである。せめてクエストは俺がみつけようと、昔を思い出すのはやめ、腰をさすりながら掲示板を食いつくように見ていると。



「あら?貴方、腰が痛いの?」



 後ろから、唐突に女性に話しかけられた。振り向くと、ジョッキを片手に首をかしげる青色の髪の女性がいた。

 とんでもない美人さんだ…。首をかしげて返事を待っている姿は、見入ってしまうほどである。

「あ、あぁはい。馬小屋で変な体制で寝てしまって…」

「あーわかるわ。私も最初はそうだったもの。あれは、なるべく藁の上に寝るようにして、横向きで寝るといいわよ。仰向けで寝たりすると、地面に腰打ったりするから」

 なんだか得意げに答える彼女。どうやら彼女も冒険者のようだ。

「あ、ありがとうございます…っと」

 だんだんと人が増えてきた掲示板の前で、俺は押されて端から押し出されてしまった。それに気づいたリースとイヴがこっちに来る。

「アイマ?大丈夫ですか?……?」

「アイマさん?……どちらさま?」

 青髪の彼女を見た二人は、疑問符を浮かべていた。まぁ、そうなるわな。

 しかし、いきなり話しかけられたからなんて答えたらいいのやら…。

 と考えていると、腰に何かが触れた感触がした。

 後ろを振り向くと…。

「え!?何してるんですか!?」

 先ほどの彼女が、しゃがんで腰を触っていた。めっちゃ自然にきわどいところ触ってるよ!

 あまりに急な出来事にあたふたしていると。


「「…彼女さん?」」


 二人は何を勘違いしたのか、馬鹿なことを聞いてきた。

「違う違う!初対面です!」

「あ、私、そういうのはまだ…」

「いやあんたが急にこんなことするからだろ!」

 まさかの乙女らしい反応に戸惑ってツッこむと、彼女は納得したように頷き。

「うん。これならいけるわ。『ヒール』!」

 彼女が腰にかざした手から、淡い青色の光が出て俺の腰を照らす。

 お、おぉ?

 途端に、腰の痛みが引きあっという間に消えてなくなってしまった。

「どう?まだ痛い?」

「いや…。大丈夫です。しかし、一体なにが…」

 と、先ほど彼女が呟いた言葉を思い出した。

『ヒール』……ってことは。

「あの、プリーストの方ですか?」

 リースも気づいたのか、彼女に俺も気になったことを聞いた。


「えぇ!プリーストもプリースト。上級職のアークプリーストよ!」


「「「おぉぉ!!」」」

 ふふーんとドヤ顔を決める彼女。

 アークプリースト。リースのアークウィザードと同じ上級職だ。

「アークプリーストとはまたすごいですね…!」

「よかったら、冒険者カード見てもいいですか?」

 リースが彼女から冒険者カードを受け取り、目を通すと。

 うわっ!?と声を上げた。

「な、なにこのステータス!?しかもプリーストのスキルほぼ覚えてる!貴方は一体…?」

 リースの言葉にまさかと俺とイヴも確認すると。

 確かにそこには、ありえない数値とびっしりと詰まったスキル欄。

 こ、これはすげぇ…。一体どうしたらこうなるんだ…。俺は目をこすりながら、これは現実かとカードを見渡す。


 ……ん?

 なんか、知力のステータスだけすごい低いが…。これはなんだろうか。バグ?

 俺は知力に関して聞こうとするが、彼女は鼻高々に「もっと褒めて!」と喜んでいた。

そして、彼女はジョッキの中身を飲み干し、にやりと笑った。


「ふふ、今日は気分がいいわ!とびっきりの、見せてあげる!」


 

 ジョッキを掲げて、何か扇子なようなものを取り出し…!

 何が起きるのかと呆然と眺めて、俺たちはとんでもないそれに、魅せられていった…。



「す、すごかったな…」

「う、うん…」

「すごかったですね…」

 彼女が去り、ギルド内が一層盛り上がる中、俺たちは呆然と先ほどの光景を反復していた。

 彼女がやったのは、『花鳥風月』という芸のスキルだ。

 最初はそこそこの芸を披露してくれて、俺らは「おぉぉ!」なんて言いながらおだてていたら、段々おかしなことになった。

 コップにいれた種があっという間に花を咲かせたり、先ほどシュワシュワを入れていたジョッキから、大量の飴玉が出てきたり、箱の中から大量の鳩が飛び出したり…。

 気づけば周りの冒険者もやんややんやとはやし立てながら、盛り上がっていた。

 そして、何か用事があったのか、急に焦り出し、帰ってしまった。

 最後に、腰を直してもらった、お礼をしたいと名前を聞くと。


『ホント!?私はアクア!あるヒキニートの冒険者のパーティーに入って大活躍してる女神みたいなアークプリーストよ!お礼は是非お酒でー!!』


 と、嵐のように去ってしまった。

 しかし、アクアって…。

 昨日行ったばかりのアクシズ教徒の女神様と同じ名前じゃないか。

 案の定、イヴが「えぇ!?」と驚いていたが、そのあと「アクア様の名を語るなんて、ダメです!次あったらお礼行ったあと説教です!」と張り切っていた。

 ま、まぁ取り敢えずクエストだ。アクアさんの芸のおかげで掲示板の方は、大分人がいなかった。

 俺の腰も大丈夫になったし、選択肢も増えるだろう。

 俺は掲示板に行き、軽く見回すと…。

「お!」

 中々、美味しいクエストがあった。

「おい!二人共!」

「?どうしたの?」

「どうしました?あ!アイマもあのアクアとかいう女神様の名を騙る不届き者に説教を!?」

「違う。ていうか回復してくれた人に、そんなことできるか!そうじゃなくて、クエスト、これはどうだ?」

 と、差し出したクエストに二人は納得したようだ。

「ほう、中々美味しいクエストですね!よく残ってましたね」

「これならいけそうだね…」

「よし、そしたら。俺たちの初めてのクエスト、行くか!」

 そういうと、二人はなんだか楽しそうに。

「「おー!!」」

 と、腕を掲げて叫びを上げた。




 ビンガー海岸。アクセルの町から一番近い海岸で、漁業の中心となる場所で、夏はビーチにもなる海だ。

 漁業では、鮭や鮪、高級食材である霜降り赤ガニなど様々な魚介類がいる。だが、この海には、春先になるとあるモンスターが湧くのだ。

 霜降り赤ガニが高級食材と言われる所以には、このモンスターが関わっている。


『ジャイアントオクトパス』…霜降り赤ガニを好んで食べるモンスターである。

 霜降り赤ガニが一番取れるこの春先に同時に現れるこのタコは、なぜか夏場に冬眠的なことをする習性がありこの春の時期に餌である霜降り赤ガニを食べ、栄養を蓄える。

 栄養が足りなければ、魚介類を片っ端から食い尽くしてしまうため、大量発生した場合は冒険者が狩ることになっている。

 ジャイアントオクトパスは、ジャイアントトードと同じ位の強さなのに関わらず、賞金が高い。これは漁業という大事な事業の存続に関わる問題だから、という理由もあるが、こいつは食用としても名高いからだ。

 霜降り赤ガニという美味しい食材を好んで食べるからか、旨みが詰まって美味しいらしく冒険者も、この時期はこぞってこのモンスターを狩りに行く。

 そして、今回はそのジャイアントオクトパスの討伐クエストを俺たちも受けたわけだ。


 

 俺達は、海岸近くの高台で様子を見ている。

 情報どおり、何匹かたむろして餌を待っているようだ。

 俺はリースとイヴの方を振り向き、前回の反省を踏まえ作戦内容の確認に移る。


「よし、それじゃあ確認だ。まず、俺とイヴでジャイアントオクトパスを二匹、引き付ける。海岸にいるのは三匹。もう一匹は俺の持ってるこの、『閃光弾』でひるませる。」


 ちなみに、この『閃光弾』はクリスから貰ったものだ。使い方もモンスターの近くに投げ地面に落とすだけだ。大体のモンスターには効き、ジャイアントオクトパスにも聞くことを確認している。

「で、リースの魔法が整い次第二匹を討伐。その後、ひるんでるもう一匹を俺とイヴで討伐。そして、また移動して繰り返し…。って感じだ。ちなみに『閃光弾』は、三つあるからクエストクリアの五匹は余裕だろう」

「はい、わかりました!」

「…了解」

 俺の言葉に頷く二人に笑いかけ、改めてジャイアントオクトパスの群れの方を向く。

 よし、行くか。

 俺はショートソードを抜き、海岸へ降り立った!



 ジャイアントオクトパスは俺たちに気づいたようで、うねうねと動きながら近づいてくる。

 一匹、少し離れている方に作戦通り閃光弾を投げる。地面に落ちた閃光弾は破裂音と共に光を発し、ジャイアントオクトパスをひるませた。

 もろに閃光を食らったジャイアントオクトパスは、ゆらゆらとその場でふらついていた。

 それを見て、イヴが残ったジャイアントオクトパスに向かっていく。俺もそちらへ走り出し、リースは後方で詠唱を始めた。

「はぁぁぁぁ!」

「おぉぉぉぉぉ!」

 イヴと共に一匹に狙いを定め、襲い掛かる。ジャイアントオクトパスの触手を避けながら、二本の剣で切りつける!

 よし、うまく立ち回れてる!腰も大丈夫そうだ。今度、アクアさんにはなるべく高いお酒をあげよう。

 イヴも槍で突き刺し、ジャイアントオクトパスにダメージを与え、引きつけていた。

 よし、順調だ…!やっぱし有能な仲間たちだ!

 俺ひとりだったのならば、恐らく三匹たむろしてる状況を見ただけで逃げ出していただろう。仲間がいるというのは心強いことだ。

 と、思わず感激していると。

「アイマさん!イヴちゃん!」

 後方のリースから声が掛かる。それを聞き、俺とイヴは一撃を加え横に飛び出した。


「『インフェルノ』!」


 直後、豪炎がリースの元から吹き出しジャイアントオクトパスを焼き尽くす。

 炎が消えると、そこには美味しそうなタコの素焼きが二匹。これ、今すぐ食べれそうだな…。

 と、後ろで混乱していたもう一匹のジャイアントオクトパスが復活したようだ。こちらに向かってきている。

 それを見て、俺とイヴは走り出し

「あぁぁぁぁぁ!!」

「だぁぁぁぁぁぁ!!」

 同時に斬りかかる。が、流石に一撃じゃ仕留めきれない。

 俺は反撃を警戒して一度下がるが、イヴはそうではなかった。

「あ、お、おい!」

 深追いは大体危ないものだ。イヴを止めようと大声をだすが…。

 ジャイアントオクトパスは攻撃を繰り出さなかった。

 そこを欠かさずイヴが更に、強めの突きをジャイアントオクトパスにいれた!

 胴体部分を突き破り、最後の獲物はたまらず倒れ込んだ…。



「よし!やりました!」

 イヴはこちらにピースサインしながら、戻ってくる。

「あ、あれ、なんで攻撃してこなかったんだ?」

 ひと段落つき、俺は先ほどの深追いでの疑問を聞く。

 と、後ろからリースが俺の疑問に答えた。

「多分、まだ閃光弾の効力が残ってたんだよ…。で、攻撃されたのはわかったけど反撃はできなかったんじゃないかな」

 リースの意見に、ほう…と息をついて納得する。まだ残ってたのか。そう考えると確かに少しフラフラしていた気がする。

「しかし、それを見越して追撃したんだな…。スゲェな」

「え?いや、そんなことないですけど」

「「え」」

 俺とリースはイヴのまさかの言葉に固まった。

 ……イヴは、やっぱりよく見ておくことにしよう。この子、色々危なそう。



「なんか、案外早く終わったしこのままクエストクリアしちゃうか?」

「「おー!」」

 二人は俺の言葉に、調子良さそうに声を上げた。

 ジャイアントオクトパスを五匹討伐するのが今回のクエストクリアの条件。先ほどの感じなら行けるだろう。

 この調子で次の場所へ行こうとしたその時。

「おーい!あんたら、冒険者かぁ!?」

 反対の道から声が聞こえた。漁師のおっさんだ。

「はい、そうですけどー!どうしました!?」

 おっさんは息を荒げながら、走り寄り来た道の方を指差しながら、叫んだ。



「人が、ジャイアントオクトパスに捕まってるんだ!」



 おっさんに連れられ、現場まで行くと。

 ジャイアントオクトパスが一匹、暴れていた。先ほどのやつよりも一回り大きい。

 そして…。

 確かに、男の人が一本の触手に捕まっていた。

 怪我もしているようで頭から血を流し、ぐったりとしている。

「け、結構でかいですね…」

「捕まってる人も、大分辛そう…」

「これは…。スピード勝負になりそうだな…」

 剣を構え、ジャイアントオクトパスに徐々に近寄っていく。

「取り敢えず、作戦通り俺とイヴで時間稼ぎ。リースは魔法の詠唱を始めてくれ。何か想定外のことが起こったら、焦らず撤退。そこから立て直そう。いいな?」

「「はい!」」

 二人の返事を皮切りに、俺はジャイアントオクトパスに走り出した!



「はぁぁ!」

 取り敢えず触手に斬りかかって、様子を見る。大分暴走してるようで、今の一撃にも、とてつもない怒りを顕にしている。俺は重い反撃を紙一重で避けながら、どうしたもんかと思案する。

 軽く倉庫位の大きさがあるため、高く掲げてる男を掴んだ腕には、どうやっても届きそうにない。

 リースに一点集中系の魔法を撃ってもらって、魔法の余波を被らないようにしてもらうか?

 試しに、そういう魔法はあるのかどうかだけ聞こうと振り返る。

「リース!あの人に魔法当たらないように、一点集中的な感じの魔法は撃てないか?」

「……そういう魔法は持ち合わせてない…。役にたてずにごめん…!」

「そっか…。どうしたもんか…」

 リースの言葉を聞き、うーんと唸りジャイアントオクトパスを眺める。

 飛び乗って這い上がって、男を助けて…俺の身体能力じゃ無理だなぁ。


「私に任せてください!」


 と、悩みに悩んでいるとイヴが大声を張り上げた。

 任せてって言ったって。

「どうするんだよ?何か秘策があるのか?」

「はい!」

 そう言って近寄ってきたイヴは、前回見せた獣人化をし始めた。

「この状態でなら一発であそこまで飛び上がって、あの人を助けられるかもしれません」

「えぇ!?」

「…本当?」

 イヴのまさかの言葉に、俺とリースは驚き顔を見合わせる。

 ま、まさかそんなことまで…。


「ただ…。あそこまで飛び上がるためには、少し力と魔力を込めなければいけません。なので、私は時間稼ぎに参加できなくなります…。あの、大丈夫ですか?」

「……………」

 ……つまりは、俺ひとりでジャイアントオクトパスの相手をしなくちゃいけないわけか。

 まぁ、どちらにせよこれしか選択肢はない。行けるかはわからないが…。

「よし、わかった。俺がなんとかしてみるから、イヴはあの人を助けることだけに集中してくれ」

「わ、わかりました!ありがとうございます!」

 イヴは拳を立てて、頷いた。

「…ごめんなさい。私も参加できればいいんだけど…」

「仕方ないさ。リースはアイツに止めを指す魔法を用意しててくれ」

 リースも申し訳なさそうに頷く。

 …よし、どうなるかはわからんが。

「行こうか!!」



「おりゃぁぁぁぁ!このタコ野郎ぉぉ!!」

 俺は威勢良くジャイアントオクトパスの前に飛び出し、細心の注意を図りながら奴に斬りかかる。

 ジャイアントオクトパスは俺に意識を向け、暴れだす。俺に集中してる分、攻撃が苛烈だ!

「うぉ、ぅぉ。うぉっと!」

 数々の触手を避け、ジャイアントオクトパスの猛攻を凌ぐ。攻撃事態は鈍重だ。そのため避けやすい。

 が、その分大分重い一撃なため、少しでも喰らえば今の俺じゃ一発で重症だ。そうなれば、二人に攻撃が向く。

 それだけは避けねば。

 が、その時。


「っ!?いたっ!」

 足元の何かにつまずき、転んでしまった。

 な、なんだ!?なんでこんなとこに…。

 足元を見ると、そこにあったのは。

 たわし、だった。そう。あのたわし。

「な、なんでたわしが…」

 まさかの障害物に呆然としてると。

 頭上に影がさした。何かと上を向くと…。

 ジャイアントオクトパスの触手がすぐ真上に迫っていた。


「あ……」


 やばい。そう思った瞬間、触手が俺の顔面に…。

 ちくしょう、やっぱこういう前衛は向かない。俺は元々、後ろにいるのが似合う紳士な男なんだ。後ろ向きとかそういうことじゃないが。

 ……一瞬、目の前に昔の旧友の姿が映った気が…。

 目の前に迫る触手に、旧友の走馬灯をみながら、俺は…。



「『フリーズ・カーテン』!!」

 瞬間、俺の目の前に氷の壁ができ、触手を止めた!

 何が起きたのか分からず、一瞬フリーズするが。

「う、うぉぉぉぉ!危ねぇぇ!!」

 俺は触手の下からすぐさま離れた。

 振り返ると、リースがグットサインを送ってくれた。どうやらリースの魔法のようだ。だが、こんな魔法、上級魔法とかにあったっけ?

 とにかく有難いことだ!

 しかし、なんであんなとこにたわしが…。あれのせいで、寿命が今ので十年は縮んだぞ…。

 急いで立ち上がり、再びジャイアントオクトパスに向かおうとしたとき。


「アイマ!リース!」


 ジャイアントオクトパスから離れたところでイヴから声が掛かる。

 俺は頷いて、イヴの動きを見送る。

「行きます!!」

 大声を張り上げたイヴは、地面にヒビが入る勢いで踏み込み。

 一気に、ジャイアントオクトパスの頭上近くまで飛び上がった!!

「「おぉ!!」」 

 俺とリースが驚く中、イヴはそのまま男のいる触手に張り付く。

 が、ジャイアントオクトパスもそれに気づいたようだ。

「!イヴ!!」

「っ!」

 イヴの近くに触手が振り下ろされ、それをイヴはうまく避ける。

 ジャイアントオクトパスも抵抗し、何度も触手をイヴのもとへ振り下ろす。

 イヴはそれを避けるので精一杯で、捕らえられた男のもとへ行けていない。このままではイヴの体力が尽きて、終わりだ。

 これは…。案外やばくないか…!?

 あ、そうだ!

「リース!さっきの俺を守ってくれた魔法、イヴにもできないか!?」

「流石にあれだけの猛攻じゃ、防げないよ!それに、次撃ったら、止め用の魔法を撃つ魔力が足りない!」

 リースは切羽詰った声で叫ぶ。

 くそ、なんかないか…!?

 閃光弾があるが、こうも暴れてるところを見ると、混乱させるとさらに激化しそうだ。

 混乱は動きを止めるわけじゃない。最悪、攻撃されまいとハチャメチャに暴れる可能性ある。

 何か、動きを止めることができれば…!

 


 どうしようかと悩んでいたその時。

 イヴを襲う猛攻の中、捕らえられた男が少し、動いてるのが見えた。

 なんだ…?やっぱ苦しいのか…?

 と、男が懐から苦しそうに取り出したもの。

 それは。

 たわし、だった。

「……え?」

「アイマさん!ど、どうしよう!イヴちゃんが!」

 リースの焦り声にも反応できない。あいつ、何してんだ?

 男はたわしを振り上げながら、微かだがたわしに魔力が込めているのが見える。

 ……あれは、まさか…!?



 そして、男がたわしを思い切り触手につきつけた。



 直後、ジャイアントオクトパスがビクンと痙攣し動かなくなった。

「……あれ?なんで…」

「チャンスです!」

 イヴはそこを見逃さず、触手に捕まっている男を助けジャイアントオクトパスの攻撃範囲外に飛び出した。

「大丈夫ですか!?まだ死んじゃダメですよ!!」

「あ、あぁ…。すまん…」

 俺はイヴとその男を呆然と見て、はっとする。

 い、今はジャイアントオクトパスだ!

「リース!!」

「わかってる!!」

 リースはすぐさま魔法を発射する体制になり、ジャイアントオクトパスに狙いを定める。

 詠唱はもうほぼ整っていたらしく、手をかざし最後の詠唱を唱える!

 と、次の瞬間。



ボウッと、リースの手のひらに煌々と紅く輝く火球が現れた!

な、なんだあの魔法!?



「弾けろ!『プロミネンス』!!!」

 リースがそう叫び、火球をジャイアントオクトパスに放つと凄まじい豪炎と爆風と共に火炎の津波がバチバチと火花を上げながら、ジャイアントオクトパスを包み…。

 全てを灰にした…。

「す、すっげぇ…。なんじゃ今の…!」

 俺は撃った時の姿勢のまま、立ち尽くすリースに近寄っていく。

「おい!今のなんだよ!すっごいな!」

「………ぶへぇ」

 リースを褒めちぎっていると、何か変な声を上げて俺の方へ倒れ込んだ。

「うぉ!?どうした!?」

「ま、魔力が尽きた…きぼちわるい…」

 ……まぁ、大分規模のでかい攻撃だったし、こうなるか。

 しかし、でかいとは言えさっき撃ってた『インフェルノ』で十分だったと思うのだが…。

 そのへんを聞こうと、口を開く前に。


「ふふふ…。どう、アイマさん…。いい魔法でしょう…。あの愚かなタコは、我が道の一つとなった…」


 …何言ってんだコイツ。

 前の時も、魔法を撃って止めをさしたとき、こうだったが彼女には何か自分ルールでもあるのだろうか。

 また暇なときにでも問いただそう。

 リースはそれを言って、限界だったのか、がくりと気を失った。

 けが人、増えてるじゃねぇか。


 と、男を背負ったイヴが戻ってきた。

「アイマー!この人、ちょっと怪我が…ってリース!?どうしたんですか!?」

「あーいや、さっきの大魔法見ただろ?あれで疲れちゃったみたいで…」

「そ、そんなにすごかったんですか?私、この人看てて…」

 ……あれに気づかなかったのかー…。なんというマイペース。

 まぁ、今はとにかく。

「ギルドに戻ろう」

「そうですね」

 これ以上は危険だろう。この人も病院か何かに入れなきゃいけないし。

 それに、聞きたいこともあるし…。あの、『たわし』について、だ。

 イヴと俺は、それぞれ男とリースを抱えギルドに戻るのだった…。



**************************************


 ギルドに戻れた頃には、すっかり夜になっていた。男をギルドの方に任せ、俺たちはすっかり暗くなった馬小屋への道を歩いていた。

「いやー、しかしリースの魔法は全部すごいですね!昨日使っていた、黒い奴もすごかったですが、今日のは特に、です!」

「それを言うなら、イヴちゃんだよ。すごかったのは。あの獣人化での大ジャンプ!…そういえば、ハーフって言ってたけど、どの動物の?」

「私は犬系の獣人です。狼よりの。脚力はもちろんですが、爪や牙での攻撃も凄いんですよー!」

「へぇ…。いつか、それを使ってるところも見てみたい…。あ、それと…。も、もし大丈夫だったら、耳とか…」

「あ、もふもふですか?全然大丈夫ですよ!けど、馬小屋についてからにしましょう!目立ちますからね」

「は、はわわわ…!あ、ありがとう…!」

 前を歩く二人が、今回の戦績やお互いのことを楽しそうに話す中、俺はその後ろを歩いていた。

 …しかし、俺にはもったいないくらいの仲間だなぁ。

 昔、冒険者になったらどんな仲間と過ごすか、よく考えていた。

 頑強な肉体を持つ強きクルセイダー。繊細な魔術を扱い敵を滅ぼすアークウィザード。どんな敵も打ち抜くアーチャー。清く正しい、すべてを許し支えるアークプリースト。

 そんな仲間たちと、俺はソードマスターか何かにでもなって冒険するのが夢だったっけ。

 ……まぁ、その後見るも無残な引きこもりへクラスチェンジしたのですが!

 それはともかく、なんだかんだでこんなに可愛くて強い子達と冒険ができる。なんて嬉しいことだ。転生させてくれたエリス様に感謝を…。

 …そういえば、俺まだ無信教だな…。イヴに気づかれたら無理やりにでもアクシズ教に入れられそうだし、一人でこっそりやろう。

 

 ちなみに、あの男は明日、皆で容態を見に行く予定だ。

 見た目はひどかったが、軽傷程度の傷が多かったらしく、すぐに良くなるとのことだった。

 そして、明日、話をしたいとのことで会いにいくことに。

 俺も聞きたいこともあったので、ちょうど良かった。

 もしかしたら、俺の追い求めるモノの一つをゲットできるかもしれないのだ。

 必ず、必ず聞き出す!


 そんな決意をしている傍らで。

「あ、アイマさん!これ!これすごい…!」

「ちょ、リース!後でと言ったのに!ちょっとー!」

 前で二人がもめ合っているのを見る。どうやら、リースが我慢できずにイヴの獣耳をもふもふしだしたらしい。イヴも、なんで出したんだと思う。こうなることはわかっていたろうに。

 それを、後ろで笑いながら眺める。


「そういえば、アイマさん。大丈夫?」

 唐突にリースが心配そうな顔で聞いてきた。

「?なにが?」

「あの時の触手!危なかったやつ、怪我してない?」

「あぁ、全然大丈夫だよ。アークウィザード様の魔法のおかげでなー」

 そう言って、親指を立てるとリースは、今日見たアークプリースト様みたいに鼻高々にドヤ顔をして、イヴがそれをおだてていた。


 

 なぜだか、あの時走馬灯に見た旧友を思い出す。

 …引きこもりになる前も、こうして騒ぐ友人の後ろを歩いてたなぁ。

 おかしな夢を掲げ、ご近所さんからも煙たがられていた俺に、一緒に遊ぼうと言ってくれたのは二人の友人だった。新しい友達も、あいつらに紹介された奴らばかりだったなぁ…。


 …仲間との初めてのクエストがうまく行ったからだろうか。それとも死の淵にまた一瞬でも立ったからか。なんだか感傷に浸ってしまう。

 冒険者として、ようやくまともに生きることになったんだ。感傷に浸っている暇などない。

 明日、あの男から話を聞き、冒険者として更に名をあげる予定なのだ。

 

 …そういえばあいつら、今は何をやっているんだろうか。冒険者として名をあげたのだろうか

 


「アイマ!早く馬小屋に行きましょう!色々、恥ずかしいです!」

「アイマさん!もふもふするためにも、行こ…!」



 もし、まだやっているのなら。



「…おう!」


 

 俺の、冒険者生活での初めての仲間を、紹介するとしよう。

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