第5話 アクシズ教徒の良い奴ら
逃げ去るリースを止め、一息つく。
結構な消耗状態だったリースは、止めた途端にブッ倒れてしまったので皆で介抱するのと、この事件の顛末を報告するために、一旦冒険者ギルドに帰ろうとしていたのだが…。
「報告なら俺たちがするよ。元々、ギルドからのお達しを受けてたのは、俺達だしな。報酬とかは、あんたらに譲ることも伝えたいし。すまねぇな、手間かけちまって!」
と、先に来ていた冒険者グループの人達が気前よく引き受けてくれた。
ありがたく受け、クリスにリースの介抱を頼み、騒動が収まってきたのを見計らって俺とイヴは目的だったアクシズ教会に入った。
アクシズ教徒の信仰する女神、「アクア」は水を操る女神。その所為か、アクシズ教徒のイメージカラーは青だ。それに準じた青色を基調とした神聖な教会は、先ほどのスライムの破片がいくつかくっついていた。
しかし、あんな事件があっても何事もなかったように普通に教会で仕事し始めたり、やはりアクシズ教徒はどこかネジが外れている。
まぁ、もうわかりきったことである。俺は諦めの姿勢で、イヴと共に中に入るのだった。
「こんにちはー」
中に入ると、教会の掃き掃除をしていた金髪の女性が出迎えてくれた。彼女はプリーストらしく、柔和な笑みを浮かべながら、挨拶を…。
「あら、珍しい…って、貴方達さっき私の夢の楽園を潰した人たちじゃないの!どうしてくれるのよ、お陰で教会の掃除まで頼まれそうよ!」
してはくれず、思い切り非難された。
「自業自得だろうが!あれを見過ごすのは無理だわ!」
「なによ、貴方だって男なら女の子の姿をしたスライムと、いちゃいちゃしたいと思うでしょ?ほら、こうしてヌルゥっと……あぁ!」
「何を口走ってんのかわかんねぇ!」
流石に業が深すぎるだろう。異種恋愛とかそういうレベルじゃねぇぞ。
思いっきりツッコミをいれると、アクシズ教徒の彼女は「ノリの悪い男ねー」と呆れ気味に笑われた。結構美人なのに、アクシズ教徒だとこんなになってしまうのか…。残念美女とは彼女のことを言うのだろう。
「あの!少し、いいでしょうか?」
アクシズ教徒の世迷言に困惑していると、イヴが声を張り上げた。
「?なんでしょう?あ、貴方は最初にスライムに囚われていた子ね?あの時は少し遠かったからわからなかったけど、意外と大人びてるわね。しかし、私の目に狂いはない!15、6と見たわ!どう!?」
「じゅ、16です!すごいですね!私、顔だけは大人ってよく言われるのですが!」
「でしょう!さっすが私!しかし、大人びてるのに年相応の元気っ娘…そのギャップ、最高ね!」
「そ、そうですか?えへへ…」
「かっわい!あぁ、こんな可愛い子と出会えたのもアクア様のご加護ね…。ありがとうございます…」
「アクア様は何でも許してくれますからね!年下獣人に興奮するのも大丈夫ですよ!」
「貴方獣人族なの!?獣耳!」
「誰かー!どうにかしてくれー!」
俺はこのカオス空間の外へ、悲痛な叫びを上げるのだった…。
「で?何かしら?その子はもうアクシズ教徒になっていたし…。あ、貴方が入るの?」
「入るか!」
ようやく落ち着き、俺はイヴに続きを促す。
「あ、まず自己紹介を!私、イヴっていいます!」
「あら、これはご丁寧にどうも…。…私はセシリーよ。アクセルのアクシズ教会の責任者をしているわ。よろしくね」
セシリーはそう言って、ニコリと笑う。こ、この人が教会責任者なのか…と愕然とするが、イヴには嬉しいことだったらしく「すごーい!」と驚いている。
イヴの驚き方に何か感じたのか、「はぅ」とダメージを受けるセシリー。話が進まないから、早くしてくれねぇかなぁ…。
と、イヴが懐から何かを取り出した。
「あの!昔、この覆面をかぶってたアクシズ教徒の方、知りませんか!?」
イヴは黒色の覆面をセシリーに突き出した。
黒く光る覆面には、まるで犬を型どった模様が書いてあり荒々しい存在感を放っていた。
しかし、一体何に使う覆面なのか。身を隠すには派手すぎるし、かと言って普通に使ってもいろんな意味で目を引くだろう。
そして、なぜこんなものを持ってイヴはこの教会に来たのか。
と、疑問符を浮かべていると沈黙の中、セシリーがあわあわと震え、答えた。
「あ、貴方、それは…!」
え、これそんなやばいものなの?
真剣な面持ちでセシリーの返事を待つイヴと、それを震えながら見るセシリーはまるで、禁忌の兵器でも見てしまったような表情だ。
俺はゴクリと生唾を飲み込み、セシリーの言葉を待つ。
セシリーはようやく口絵を開き…。
「それは!伝説のアクシズ教徒『アルカン・ハスキー』の覆面じゃない!!」
え?
さっきの緊迫した空気はどこへやら。セシリーは目を輝かせながら叫んだ。
「『アルカン・ハスキー』…。世のアクシズ教徒ならば誰もが知る伝説のお方…。かつてモンスターの空気汚染により避難勧告が出て、もう一生故郷に帰れないと推測されてたある村を、ひとりで救い、大絶賛された人…!」
「汚染された村を二日で浄化しきったその能力は、女神アクア様にも匹敵するとも言われているが、本人が神出鬼没のため多くは語られず、詳しいこと分かっていない。ただ、唯一わかってることは、珍しい覆面をし人を救うこと、そして!」
「救った人をアクシズ教徒にしていくという私たちにも優しい、素晴らしいお方なのよ!」
セシリーが熱く語る中、イヴも興奮した面持ちでブンブンと首を振っていた。
と、セシリーが最初に見せた覆面を見た。
「しかし、貴方はなぜその覆面を?それは、一番最初に見つかった時以降、今の覆面に変わる前までつけていたものよね?」
「そうです。これは正真正銘、『アルカン・ハスキー』の最初期の覆面です」
セシリーがその言葉を聞いて、「うぉぉ…!」と変な声を上げる中。イヴが覆面を握り締めながら、その覆面の所在の事実を話し始めた。
「実は、これは私があの人に会った時に貰ったものなんです」
「会ったの!?あの探しても絶対見つからないアルカン・ハスキーに!?」
「はい。……あれは、私が6歳の時のことでした…」
あ、俺なんも喋ってないけど、回想入りマース。
**************************************
あの日、私はお母さんに頼まれお使いに行っていました。
頼まれたのは牛乳、お野菜と調味料。
近くの市場まで行こうとした私は、道の途中で迷ってしまいました。
「あれ…?ここどこ…?」
深い森の中で迷ってしまった私は、泣きべそ掻きながら出口を探していました。
そんな時…。
「……?なにこれ?」
私は地面に落ちた変な石を見つけて、触ってしまったんです。
それは、どうやらモンスターの卵だったようで…。
「キシャアァァァアァァ!!」
「!?きゃぁぁぁ!!」
親のモンスターに襲われたんです。鳥系のモンスターは空から卵を守ろうと襲いかかってきました!
もうダメだ…!と思ったその時!
「『ショット・ブロー』!」
「!?ギヤァァァァア!?」
モンスターは吹き飛び、私は抱えられました。そのまま、その場を離れました。
そして、私を助けてくれた人が。
「大丈夫かい?お嬢ちゃん?」
覆面をしたあの人、『アルカン・ハスキー』でした。
「怪我は…してないようだね」
「う、あ…。あ、ありがとう…」
「ふふ、礼には及ばない。さ、ここを真っ直ぐ行けば出口に着く。早く…」
彼が出口への道を指差してくれた時…。
「ギャァァァァァ!!」
「くっ!?」
先ほどのモンスターが戻り、彼を襲い始めました!
オロオロとしている私に、彼はほくそ笑みながら、私を下がらせました。
「しつこいやつだ」
彼は拳を構え、それを見たモンスターも一気に飛び出しました!
ぶつかる!私は思わず顔をそらすと…。
轟音と共に衝撃が体を突き抜け、私は思わず尻餅をつきました。
目を開けると、そこには。
「大丈夫だよ、今度こそ」
そう言って笑う、彼の姿がありました。
先ほどまであった覆面はモンスターの攻撃で取れてしまったのか、手に持っていました。
私は安堵と今までの恐怖で泣いてしまいました。
「あ、あれ!?も、もう大丈夫だよー?」
彼はあたふたとしながら、私をなだめていました。
その時。
「おい!こっちだ!凄い音がなったのは!」
「またグレイホークか!?」
村の人がさっきの音を聞いて、駆けつけてきたみたいでした。
「げ、やばい!」
彼はなぜか焦り始めました。そして。
「ほら、お嬢ちゃん!これ、やるから!泣きやんで!」
そう言って、私に覆面をかぶせた彼は、ニッと笑って、足早にその場をあとにしました。
そのあと、私は村の人に保護されて村に帰ることができました。
帰ったあと、アクシズ教徒だった父から覆面の彼の話を聞いて、感動しました。
そんな凄い人に助けられたことと、そして。
あんな怖い状況でも、笑って、私を安心させてくれたあの人が凄いと思いました。
そのあともいくつか、覆面の彼『アルカン・ハスキー』の話を何度か聞いて、私は決心しました。
あの時、言えなかった御礼を言いに、そしてこの覆面を返すために。
会いに行こうと。
**************************************
「そうして、私はモンスターと戦える冒険者になって、ハスキーさんが現れそうな場所に行くために強くなるんです!これが、私の冒険者になった理由です!」
強く語るイヴを、俺とセシリーは…。
「す、すっごい動機ねぇ!うぅ、お姉さん、感動で涙が…」
「熱いなぁ!いいぞ、好きだぞそういうの!」
「ほ、ホントですか!?アイマもなかなか良い感性をしていますね!」
イヴは俺には通じないと思っていたのか、意外な面持ちで喜んでいた。
というか、この話を聞いて熱くならないやつがどこにいるのか!
子供の頃助けられたヒーローに貰った大事なものを持って、そのヒーローに会おうと冒険者になる…。とんでもなく主人公してる。
「私は、ハスキーさんのような人がいるアクシズ教も大好きです!いろんな問題を起こしてしまっているのは知っています。それでも!私はこの夢とアクシズ教を捨てられない!」
「だから、いつかあったら言うんです!私、あなたのおかげでアクシズ教を好きになりました、と。きっと、喜んでもらえると思うから…」
「うぅ…。正直、アクシズ教はもうアレな人しかいないと思ってたんだけど…!こんな若い人が立派なアクシズ教徒としていてくれるなんて、私、萌えて…いや燃えてきたわ!私も、あなたの夢の手伝いをするわ!」
「ほ、ホントですか!?」
イヴはセシリーの言葉に嬉しそうに飛び上がっていた。
自分の夢に協力してくれる人ができたのだ。そりゃ、嬉しい。
同じく「ある人に憧れて夢を持つ」者としても、気持ちはわかる。
だからこそ。
「俺も、燃えてきたよ。何ができるかはわからないが、手伝わせてくれ」
こう言うのは、当たり前だった。
イヴは俺の言葉に嬉しさを隠せないように笑顔を浮かべて。
「くぅぅぅ…!ありがとうございますー!!」
と、俺とセシリーに抱きついた。
「ちょぉ!?」
「ふへぇ!?あぁ、柔らか…!」
「やめい!」
俺はセシリーの興奮の沸騰を止めながら、イヴを下がらせる。
イヴは「えへへ、つい」と頬を掻いた。や、やめろよホント。いろんな意味でドギマギするから。
…そういえば、俺のこと伝えてなかったな。
俺は自身のことも、このタイミングで伝えようと決意し口を開いた。
「実はさ、俺もそうなんだよ。俺、職業冒険者だろ?それには、俺の夢に関わるんだ」
「そうなんですか!?是非とも教えてください!」
イヴとセシリーが期待した目で俺を見る中、俺は悠々と夢を語り始めた。
「…てなわけで、俺はネタスキルを使っていくのさ!」
語り終わり、二人を見ると。
「……何してるのさ、アイマくん」
「……そんなことが。アイマさんが剣を二つ持ってる理由がわかった…」
後ろから戻ってきたのかクリスとリースが微妙な顔で、俺を見ていた。
あれ、なんで呆れ顔?
「ロマン!ロマンね!」
と、目の前で聞いていたセシリーが叫び始めた。イヴも同じく、興奮して俺の背中を叩き出した。
「すっごい良い心がけですね!憧れる人のスキル、そしてそのスキルがネタと言われていることを覆すために自分で使うとは!」
「え?いや、別に覆す気は…」
「熱いロマン魂だわー!くぅぅ、お姉さんそういうの大好きよ!」
二人で盛り上がる二人に、俺は思わず身を引いてしまう。
「アイマ!もちろん、私も協力しますよ!二人で頑張りましょう!」
「アイマくん!頑張るのよー!!」
俺は二人の剣幕に…。
「お、おう!任せとけー!!」
勢いで答えるのだった。
後ろで、クリスのため息が聞こえた気がした。
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