糖色紫煙
骨張った指がとんとんと箱を叩き、細い紙巻き煙草を取り出す。ゆるりとそれを唇に咥え、懐から取り出した燐寸を擦り、火を灯す。慣れた一連の手付きを眺めていると、色素の薄い瞳がこちらを向いた。
「あら、どうかした?」
「何時も思っているのだけれど、それ、美味しいのかしら?」
香りは好いと思う。彼の、甘利の趣味であろう細い煙草は甘やかな香りを漂わせる。それは好い。早川もそれなりに甘い物は好きだから、それを彷彿とさせる香りも好きだし、体躯のしっかりしている様と裏腹に中性的な雰囲気を纏う彼が甘い香りを纏わせるのも、酷くしっくりとくる。しかし、上る煙はいただけない、と思っている。そんな彼女の考えを悟ったのか、すいと煙草を持つ手を早川から遠ざけ、甘利は薄く笑む。
「そのまま煙の味、って訳じゃあないのよ。まあ、あたしは美味しいと思ってるわ」
「そんなことは分かってるわ。でも、煩わしくないの?」
「気にならないわよ、吸ってたらね」
唇に咥え、離し、白く細い煙を吐き出す。品良く、しかし何処か猥雑さを感じさせる所作だった。
「まあ、でも、吸ってないあんたからしたら、煩わしいのかしらね。ごめんなさいね」
「構わないわ、別に」
消して欲しい訳ではない。嗜好品の重要さはきちんと理解している。それに、甘利の煙草を喫む様は、決して嫌いではないのだ。
特に、常ならば半分は後ろへ撫で付けられている、瞳と同じく色素の幾らか抜けた髪をすっかり下ろして、僅かに背を丸めて物思いに耽るようにぼんやりと紫煙を燻らせている姿などは、はっとする程に絵になる。きっと、自分しか見たことのない姿だろう。そう思えば、ささやかな優越感が胸を擽った。頬杖を突いて、ぼんやりと視線を向けていると、甘利は緩く瞬きをして、それからほんの少し、意地の悪さを滲ませた微笑を顔に乗せた。
「気になるなら、吸ってみれば良いじゃないの」
「私が?」
「ええそうよ。折角だわ、ちょっと試してみなさいよ」
ごそりとまた煙草の箱を取り出して、甘利は早川の前にそれを差し出す。
「私なんかにこんな物、良いのかしら? 高いのでしょうに」
「あんたが思う程、良い物じゃあないわよ。それに、あたし、見てみたいわ。あんたの煙草を吸う姿」
眦の垂れた目に微かな熱を滲ませてそう口にする。睦言のように甘い響きを持った要求は、眼前の煙草への警戒をするすると解いて行く。
「全く、そう言うのなら仕方がないわね」
嘯いて、差し出された箱から一本、煙草を取り出す。思ったよりも、ずっと細く、頼りがない。
「咥えてなさい、火を点けてあげるわ」
甘利に言われるがまま恐る恐る咥え、彼の方へ向き直る。しゅ、と燐寸が擦られ、揺らぐ炎が近付く。
「少し息を吸うの、でないと火が点かないわ」
やはり言われた通りに息を吸う。そうしてしばらくすると、煙草の先端が赤く灯った。途端、流れてきた煙に思わず咳き込む。
「あら、大丈夫?」
「ええ、もう平気。……慣れるまで一苦労ね、これは」
呼吸を整えてまた咥え、今度は慎重に吸う。匂いの通りの甘さと、それから苦味が舌を痺れさせた。
「どう? 初めての味は」
「美味しくはないわね。甘いのは確かにあるけど、苦くもあって、変な味。好きになれないわ」
正直に言えば、甘利はくすりと笑って自身の煙草を咥えた。
「折角あげたのに、酷いわね。ま、合わないなら合わないで良いのよ」
ついと、立ち上る煙を煙草の先で弄びながら、細く長く、煙を吐き出す。
「一回嵌ったら、止めたくても止められないのだし、それなら最初から吸わない方が良いわよ」
「そんな物を私に勧めたのね、酷い男」
笑いながら言う。本気で言いやしない。他愛もない言葉遊びだ。甘利も笑って、早川の手にあった煙草をそっと奪い取る。
「今更じゃないの。お互いにね。それに、あんたは煙草、合わないだろうと思っていたわ」
側の机に置いていた灰皿で長い煙草を押し消す。
「あんたは、潔癖な所があるもの」
「否定はしないわ」
全くもってその通りだ。自嘲気味に早川は笑い、そしてふと目を細める。
「でも、匂いは好きよ」
腕を伸ばして甘利の後頭部をそっと捕え、軽く唇を食む。煙草の苦味が舌を刺した。
「あなたの匂いだもの」
虚を突かれたように一度、唇を開閉させて、甘利は言葉を落とした。
「酷い女ね」
やはり、響きは軽やかだった。
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