ままごと
彼女の睫毛が、金色であること。
それを知ったのは、こうして身体を重ねるようになってからだ。
些かに垂れた眦から、金の睫毛を濡らしながら涙が一筋、零れる。それを舌で舐め取って、嚥下。しょっぱくて、何処か甘い。唇を舐めて湿らせて、彼女の耳元に息を吹き込む。自分でも滑稽に感じる程に、熱く、荒い息だった。くすぐったそうに、彼女は微かに身じろいだ。彼女の中に収めたものが擦れて、意図しない声が互いに零れる。
「ふ、ふ……。いきなり動くんじゃないわよ」
息を弾ませて、笑い混じりにそう言えば、彼女は微か目を眇めて、しかし、挑戦的に笑う。
「そんなの、私の勝手じゃない……」
気怠そうに言って、彼女はこちらの頭を抱え込むようにして、口付けた。噛み付くような、甘さとは程遠い獰猛なそれ。がちり。歯がぶつかっても、構いはしない。目を細め、獣のように息を荒げて舌を絡め合う。下品な水音が室内に響いた。互いに息も続かなくなるまで貪り、離す。
紅の残る唇は、酷く甘かった。
自分の唇に残っていた甘さを舐めて、彼女の膝を抱えなおす。ぐちり。水音。腰を引いて、一息に穿てば、彼女の背が弓のように反った。
「…………っぁ」
彼女の喉が震え、あえかな声が空気をささやかに揺らす。縋るように、彼女の手がこちらに伸ばされ、背に回る。爪を立てられたのか、ぴりりと鋭い痛みが背中に走った。無視して、腰を動かす。抜いて、穿ち、貫いた。無体を強いている。自覚しながら、続ける。そうすれば、白く細い首も露わにして、彼女は身悶えた。ばさり。錦糸の如き金の髪が敷布の上に広がり、冬空のような青の瞳はどろりと蕩け、涙を流す。
御伽噺のような色彩と、卑俗な行為。足元から這い上るような、背徳感と、嗜虐欲。欲望のままに、深く深く犯す。抱え込んでいた筈の足も放り出し、身体で彼女を押し潰さんばかりに圧し掛かり、奥の奥まで蹂躙する。
どろどろと熱に浮かされる頭の片隅。酷く冷えた場所がある。彼女の内を侵略すればする程に、その場所は冴え冴えとして、虚しさを垂れ流す。
穿ち、抉る度、脳裏を閃くのは嘲笑だ。虚しく、何も得られない、得る気のない行為。滑稽でしかない所業。一時の安寧すらもない、傷の舐め合い。その全てを、何処かにいる冷静な自分は嘲笑っている。
息を弾ませて、彼女を侵しながら、気付けば嗤っていた。意識を向けずとも分かる。自分の口の端の、悍ましい程に吊り上がっていることなど。そんな歪な笑みを空色の瞳に移した彼女もまた、喘ぎ、身体を捩らせながら、皮肉な笑みを浮かべていた。いっそ軽やかですらある笑声が、喘ぎに乗った。
「馬鹿、みたい」
「全くね」
青い瞳に嘲りを投げて、腰を動かす。悦を覚える程に、虚しさが募る。欲しかったのは、こんな快楽ではなかった。それは、彼女だって同じだろう。
反対であったのなら、少しは報われたのだろうか。
蹂躙されたいと願った自分と、蹂躙したいと願った彼女。叶わぬ欲望に身を焦がし、傷を舐め合うのにも、そちらの方が救われただろうか。
否。
そちらの方が、余程が、都合が良かった。
兎角、この世は不条理だ。
「ほんっと、あたしたち、可哀想ね」
あはは。軽やかで空っぽな笑声を零しながら、彼女の中を弄り、下品な水音を立てる。
「あたしは、抱かれたかった」
囁くように、淫靡な空気の中に、落とす。そうすれば、彼女も白くしなやかな手で顔に掛かる髪を払いながら、昏く笑む。
「私は、抱いてあげたかった」
「虚しいわね」
「そう、ね」
だって、それは、決して叶わないのだから。
一体どうして、互いが互いの半身の如くぴたりと寄り添い、どうしようもない程に絡み合ってしまった二人が別たれる時が来るだろうか。
あの二人にとって、互い以外は蚊帳の外。
どんなに焦がれたって、自分たちに出来るのはこうして、癒えぬ傷を舐め、抉り、別の快楽で埋め立てることくらい。
ぱたり。彼女の白く柔らかな胸に汗が落ちた。透明な雫が胸の頂点から滑り、真中に止まる。ねっとりとそれを舐め取りながら、彼女の身体を揺さぶる。自分の欲の爆ぜる予感に、みっともない声が漏れた。抜き差しが早まり、彼女の声も高く、擦れる。背に回された彼女の手に力が篭るのが分かった。爪が皮膚を裂いたのかもしれなかった。どうせ、彼女以外の誰にも見られやしない。縋る彼女に構うことなく、荒々しく腰を叩き付けて、果てた。
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