バレンタイン

「……うちにバレンタインの文化を持ち込んだのは一体誰だ」

 苦々しく呟く帯鉄。机を並べて執務を行っている早川はくすくすと笑いながら、小皿に積んでいたチョコレートを一つ、摘み上げる。

「さあ、誰だったかしら。でも、許可を出したのは貴女でしょう?」

「出しはしたさ、だがな、普通こうなるとは思わないだろう」

 帯鉄は低く唸りながら頭を抱えた。常の厳格で凛とした彼女の姿からは信じられないような振る舞いである。その原因は、彼女の正に目の前、執務机の上に溢れていた。

「私が貰って何になるというんだ」

 バレンタイン。

 そんな行事が海の向こうから伝わってきたのは、つい最近の話である。初めがどうであったのかは流行には余り聡くない帯鉄には分からないが、葦宮内で様々に曲解された結果、現在バレンタインという行事は思いを寄せる相手に甘い物を贈る、というものになっていた。

 祓衆にもそんな浮ついた行事の話は耳に入った、のだが、当時の隊長達は比較的好意的にこのバレンタインという行事の活動を認可した。常に気を張っていなくてはならない組織だ。ちょっとくらい、こうしたイベントで賑やかした方が良かろうという判断の下である。それにこのバレンタインという行事で贈り物をするのは女性である。そもそもの女性の数が少ない祓衆においては、認可した所でそこまで大事にはなるまい、という考えもあった。

 しかし、認可されたバレンタインという行事で、帯鉄は頭を悩ませる羽目になった。

「一体全体、どうして私がこんなに貰っているんだ……!」

 彼女の目の前には甘味の山。彼女の好物であるおはぎから、つい最近外国から流れてきたチョコレート、はたまたどこぞの店で買って来たのであろう丁寧に包装された練り物。その他、数多の甘味が彼女の執務机の大半を埋め尽くしていた。全て、彼女の直轄の部隊、朱雀隊に所属する女性隊員達からのものである。

「良いじゃない、それだけ人気があるってことでしょう」

「思いを寄せる者に、贈るのではなかったか」

「まあ、そんな男はいなかった、んでしょうね」

 戦いの前線に出る朱雀隊に所属するだけあって、朱雀隊の女性達は強かで、気も強い。彼女達の御眼鏡に適う男を見付けるのは、案外骨が折れるのだろう。

 しかし、まさか、だからといって部隊長に皆が皆、甘味を贈るとは。さしもの帯鉄も、予想だにしていなかった。

「……こんなに、どうしたものか」

「良いじゃない、貴女、甘い物好きでしょう」

「確かにそうだが、この量だぞ。幾ら何でも、苦しい」

「じゃあ皆を呼んで食べましょうか。貴女の命とあらば、皆喜んで同席すると思うわ」

「それは駄目だろう」

 若干顔を青くしながらも、帯鉄はきっぱりと言う。

「折角皆が考えて贈ってくれたのだ。その気持ちには、応えてやらねば」

「……そう」

 そういう所の為に、隊員達はこうして甘味を贈ったのだろうが、きっと、彼女にとっては当たり前のことなのであろう。早川は内心で考えながら、帯鉄の机に積み上げられた包みの一つを掬い上げる。

「けれど、私は手伝うわよ」

「しかし」

「幾らなんでも、貴女一人じゃあ食べきれないわ。それで駄目にしてしまったら、本末転倒でしょう?」

「……まあ、そうだが」

「じゃあ、決まりね。飲み物、何が良い?」

「珈琲を頼む」

「了解したわ」

 包みを元の位置に戻して、ついでにこっそりともう一つ用意していた包みを甘味の山の中に紛れ込ませて、早川は湯を沸かすべく、ポットを手に取った。

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