百合飴

 貰い物をした。

 百合を模した、綺麗な飴だった。

 周囲に目がある中で貰った物であったし、私がその場で包みを開いて中を検めたものだから、その様を偶々に目にした者達は皆一様に華やいだ歓声を上げた。なんて綺麗。とても繊細。愛らしい。食べるのが勿体ないくらい。ずうっと飾っていたい。口々に賛辞を捲し立て、子供のように私の手にした百合の飴をきらきらとした目で眺めては、うっとりと目を細める。隊長に良くお似合いですね。そんな声もあった。ありがとう。褒められて悪い気分はしない――筈だ。一瞬、胸の奥の奥で蠢いた翳りから目を背けて、努めて常の調子を崩さぬように、礼を述べた。でも食べずに駄目にするのも拙いだろう、これは。言えば、皆は笑う。隊長、結構食い意地もありますもんね。良いんじゃないですか、食べちゃって。先程までの賛辞が空気に溶けているのに、あっけらかんとした意見だった。隊長が貰ったんですもの、隊長が食べたいのなら、食べてしまえば良いんですよ。そうそう。飴なんて溶けてしまうものね。思わず苦笑が漏れる。仕事柄なのだろうか、皆、驚く程に淡白なのだった。

 そうだな、下手に取っておいて駄目にするのも飴が可哀想だから、今日の内に食べてしまおう。

 皆の前で言って、いざその段になったのは、すっかり日の沈んだ頃だった。

 執務を終えて、自室へ戻り、机の上に置いていた飴の百合を手に取る。それなりに大きくて、串が茎を模している。隊長に良くお似合いですね。日中の、誰かの言葉を思い出した。

 百合の飴。

 百合。

 ゆり。

 くるくると、食べるでもなく眺めて、考える。

 ゆり。

 ゆり。

 ゆり。

 ふと、思い出す。

 私は、百合が嫌いだった。

 今は違う。その筈だ。蛇蝎のごとく嫌っていたのは、何年も昔の話だ。

 百合の花。賛辞に人々は、その花を持ち出す。美しいと、綺麗だと、理想の女性だと、百合になぞらえて人々は賛辞する。きっと、そう言えば喜ぶと思っていたのだろう。女は単純な生き物だ、と、思われていたのかもしれない――と言うのは、きっと、考え過ぎなのだろうけれど。

 私は、大嫌いだった。

 一体誰が、百合に例えて欲しいと望んだのか。私は一言だって、そんなことを求めはしなかった。不要だった。邪魔だった。耳障りですらあった。憎くて仕方がなかった。

 百合の賛辞を聞く度に、まるで、女性としての枠に囚われるようで、吐き気がした。

 だから、百合の花そのものが嫌いになるのは、私の中では至極道理であった。誰にも、そんなことを言ったことはないのだけれども。

 それに、今はもう、嫌いではない。

 どうとも、思ってはいない。

 だから、こうして百合の飴を貰っても嫌悪は沸かないし、むしろその精巧さに感嘆の声すら出せる。本当に良く出来た作品だ。私なんかには勿体のないくらいに。少しだけ、哀れに思う。

 眺めていても、飴はなくなりはしない。くるくると弄んでいた手を止めて、口を開いて、仄かに透き通った百合の、その花弁のひとひらを咥える。ぱきり。あっさりと花弁は砕けて、口の中に収まった。甘い、甘い砂糖の味が口腔一杯に広がる。甘い物は好きだ。でも、この甘さは、あまり好きじゃない。がりがりと花弁を噛み砕いて、呑み下す。そしてまた、ひとひら咥え、ぱきり、と、砕く。がりごりと噛み潰して、呑み下す。

 ぱきり。

 がりがり。

 べきん。

 ごりごり。

 静かな部屋の中に、私が飴を食べる音ばかりが響く。耳障りな音だった。口の中は甘さが飽和して、良く味が分からなかった。砕いた飴の感覚ばかりが口の中を満たす。ぴりり。砕いた飴で切ったのだろうか、頬の内側が少し痛んで、血の味がぼやけた味覚の中で薄っすらと喉奥へ流れていった。

 そうして、花弁を一枚一枚、丁寧に噛み毟り、粉々に砕いて呑み下すことをしばらく続けていると、漸う百合の飴は見窄らしい串を残してすっかりなくなった。

 私は串を真二つに折って屑籠に放り、洗面所へ向かう。

 口の中が気持ち悪くて仕方がなかった。

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