第十五話
「申し上げます! 中遠藩の別働隊、敵の伏勢に遭い苦戦中! 至急、救援を乞うております!」
ザマを見ろ。網草英悟は意地の悪い笑みを浮かべた。その上で、要請を黙殺した。
「おい! まさか友軍を見殺しにする気じゃないだろうな!?」
追いついた弥平が肩を引いた。だが、他を顧みている暇などありはしないし、
「寧ろそれこそ、敵の思う壺だ」
と彼は友に告げた。
「敵はそうやって僕らを細かく分けていくつもりだ。少数の兵を小出しにしつつそれを上回る兵数を割けばいずれ本隊の戦力差は埋まってしまう。それこそが奴らの狙いさ。先走った味方は愚かなことだが、お陰で狙いが判明した」
「だからっ、現状それに引っ掛かった味方はどうすんだよっ!?」
それを馬蹄で聞こえない振りをして、英悟は追走に集中した。
そしてまた敵が、分かれた。
東と西。大と小。
巻き上がった土煙によって正確な数は把握しかねた。だが、異様な量のその土煙の量とのぼった速度にこそ、英悟は欺瞞を感じ取っていた。
耳を澄ませる。
左右の耳の捉えた音量の違いに、笑いそうになった。
なんのことはない、向かって右手の分隊は先と同じ見せかけだ。ただ馬を繋いだ荷車に枯れ木などもくくりつけて切り離しただけに過ぎない。大仰に過ぎる煙幕はそのためだ。
「決して追うな。また伏兵に襲われるぞ」
この命の効果は絶大だった。誰も彼も、真一文字に本隊を追っていく。
もっとも、そう何度も伏撃に割ける戦力は敵に無かろうというのが、英悟の見立てだった。だが疑いもせず、保身と栄達への欲のために、彼らは己らがつい今し方まで侮っていた英悟に従った。
英悟は侮蔑する。
卑しく無能な味方も、何度も同じ手が通用すると甘い見立てを持った敵の愚将も。
誰も彼もが、自分を侮っている。
だが、この中で真に将たるは自分だ。女王を慕っているのは自分だ。尽くしているのは自分だ。
そのことをこの一戦でもって明らかにしてみせる。そしてそれは遠くない未来だ。
本来は火山を住処とするという黒馬たちは、悪路などものともせず、見る見るうちに距離を縮めていく。
〜〜〜
――良かった。分けた隊は追ってくれなかったか。
馬上に在って星舟はひとまず安堵した。追うなら追うなりの対応策は用意しているが、敵の選択は空恐ろしくなるほどにこちらの思惑に嵌まりつつあった。
とは言え、この作戦の成否は星舟の微細な距離感覚にかかっている。一瞬たりとも気を抜ける状況ではなく、そこにまだ定かではない勝利に酔う暇はない。
「よっしゃかかったぞ! 勝ち確定だな!」
それでも、彼は笑う。大言を吐く。
己を叱咤し鼓舞し、無理くりに自己評価を高めていき、折れない頑強な神経を練り上げていく。
そして同時にリィミィやカルラディオの戦闘の成り行きを案じる。
虚を実で以て討つ。兵書いわくこの状況において数の多寡など問題ではなく、むしろ浮き足立った味方は他の同胞を心身ともに巻き込んで災いとなり、枷となる。
いくらカルラディオの隊が見せかけだけの新兵だけだとしても、さほど無理のない戦運びとなるはずだ。
そして部下を気遣った。
多くは元は士分の人間である。馬の扱いには元より慣れた者を選抜した。皆、久方ぶりの乗馬に手こずりつつも進軍に障りはない。捕虜である子雲とそれを捕らえる経堂の姿は、そこにはない。
中にはキララマグら竜も混じってはいるが、これも日頃馬に慣らした成果が出ていた。それでもその走りには竜馬ともにぎこちなさが拭えなかったが、むしろ適度な緊張感は馬蹄の運動に雑味を混じらせない。
そして、最後に自身の愛馬に心で語りかける。
『ライデン』。種を超え、強さに阿らぬ、自分にはもったいないほどの誇り高き悍馬。
長らく待たせてしまった。ようやくお前を投じる戦場が整った。
思う様に駆けろ。鬱屈を振り切って風となれ。
「さぁ、最後の一駆けだッ、全速で突っ切れ!」
声を張る。鞍を叩いて愛馬を猛らせ、加速する集団の先頭を切った。
俯瞰すれば、あたかもそれは、逃げる側と追う側、それらを包括して道を拓く先駆者にさえ見えただろう。
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