第十二話
軍兵を引き連れた乙女たちは、リィミィの超知覚を頼りに、南の外れへと向かっていた。
自分には『臭い』が追えると強弁した彼女ではあったが、神経を研ぎ澄ませておおよその方角がわかる程度だった。距離が少し遠かったのもあるのかもしれない。
だが、さほど問題ではなかった。方向さえ合えばあとは知性の出番だ。そこから、馬車を隠せる程度の家屋があり、かつ通行に乏しい場所を割り出せばよいし、そこまでいけば感覚もより正確になってくるだろう。
果たして彼女の憶測は、見込みの甘さと非難されることなく的中した。
そこは穀倉地帯の一角ではあったが、十年前の戦時に地主一家が逃散して以来、管理者もおらず手つかずとなっていた土地だった。
もともと水はけが良い場所ではなく、また財をはたいてその改良に臨むにしても、その負担を上回る収穫量は見込めそうにもない。
そう言った理由から放棄されていた場所に、近頃買い手がついた。
それは名もない米問屋であって、安定した仕入れ量を確保するためにも直営の農地を持っておきたいという理由からだったが、むろんそんなものなど望むべくもない。
調査はまた後になるだろうが、おそらく背後には旧斎場家の影があるはずだった。
しかも出入りをする小作人の姿は目撃されていたそうだが、湿泥に手を加えた様子はまったくない。
どうしてこうも露骨な偽装工作に誰も気づかなかったのか、逆にふしぎなぐらいだ。
――あるいは。
ふと湧き出た疑念に突き動かされるままに、リィミィはさらに南へと目を向けた。
その疑念の先に、グエンギィがいる。
彼女は右へ、次いで左へと指を動かした。
一拍子置いて、遠く先の泥地から、彼女の麾下が顔を出した。蛙の属性を持つとされるその獣竜種たちによって、側に立っていた敵の歩哨は、泥の中へと引きずりこまれた。左手に立っていたもうひとりが驚き、声をあげる間もなかった。振り返った彼らの背側から忍び寄ったもう一組の『蛙』が、同様に半身を乗り出し、人間を引きずりこむ。
口に押し当てられた彼らの指間に、リィミィは水かきのような圧を感じた。
だが、音は極力抑えられている。ここからは聞こえないし、至近であっても小石が落ちた程度のものだっただろう。
血のあぶくが、泥沼にふたつ。
そうして、ここに至るまでに警戒網を食い破ってきた。第一連隊が一芸に特化した分隊を抱えていることは聞いていたが、実戦でかくも有用であったとは、リィミィにとっては少し意外なことだった。
もっとも、その精妙な工作兵たちであっても、もう少し敵の密度が高ければ、苦労を強いられただろう。だが、グエンギィがこれ見よがしに街中に走らせた陽動に釣られて警備を固めていた兵をその都度過剰に派していたために、その目は粗く緩くなっていた。
勇んで合流せんとしていた同志とやらにしても、ポンプゥの率いる分兵と動ける第二連隊を経堂が取りまとめ、合流前に拿捕することに成功していた。ひとりも取りこぼすことなく。
つまりここに至るまでに、八割がた勝負が決していた。
となれば残る気がかりは、星舟の安否である。
敵陣の中枢、庄屋の屋敷跡を捕捉できるまでに距離を詰めていた。もはや人質を押し込め、かつ敵の大将が身を隠せる場所は、そこしかなかったし、リィミィの肌も見えない釣り糸で引きずられるように、かすかな痛痒とともにあの一点を示している。
「まぁ、後は巻き狩りみたいなもんでしょう」
事もなげに、グエンギィは言った。
「声をあげて囲む。投降すれば良し。なお抵抗をするようなら、あえて包囲に一点を開けてそこに敵を誘い、無防備になったところを襲えば良い。人質を連れているのだから、自然その足は遅くなる。もっとも、星舟にあえて危険を冒して引きずって行くほどの価値はありません。便所かどっかにでも打ち捨てられていくでしょう」
その意見にはリィミィも概ね同意だった。便所うんぬんのくだりは置いておくとして。
だが、承服していない者がいた。というか、その姿を消していた。
「お嬢様」
その動向を目敏く追っていたジオグゥが、諫止の声を静かにあげる。
彼女の主シャロンは、単身小走りに屋敷の方へと向かって行く。足を止めず、言った。
「それでは自棄になった敵に彼が害されるおそれがあります。先行して誰かが潜入し、彼を救出しなければなりません」
「そりゃそうかもしれませんがね。けど、御大将みずから行かんでも、ウチのもんを遣らせりゃ良いでしょう」
ジオグゥとグエンギィが、畔を歩いてシャロンを追う。
引きずられそうになる部隊を、リィミィが抑えていた。
「私は指揮官ではない、と言ったでしょう。それにもし見つかっても、真竜である私であれば切り抜けられます」
そう言って聞かない。そうなれば、テコでも動かない。それを察したジオグゥは引き止めるのをやめ、
「であれば自分もお連れください」
と妥協案を提示した。
「……都合よく立場を切り替えちゃってまぁ。これだから現場に出張る上司ってイヤなんだ」
そう毒づくグエンギィだったが、彼女もまた苦い顔のままシャロンへ追従した。
「あー先生? 部隊はそのままね。いや、むしろ後退させろ。密集させるな」
は、と乾いた声でリィミィは聞き返す。
シャロンがみずから救出に出ることで予定が当初のものとは狂ってくることは理解する。だが、目標まで入れ替わった訳ではないし、むしろより近くで、異変に即応できるように待機しなければならないのではないか。何故真逆の指示を出すのか。
つらつらと疑問を思案する学士を、グエンギィは追い足を止めて見つめた。
「先生さ、ひょっとしてシャロン姫様の『鱗』、知らないの?」
「……そうですね。葵口の折は見られるかと思いましたが、霜月の進撃は速く、『牙』を抜く暇もなかったようでしたので。非難するようで恐縮ですが、もっと速く抜いてさえいればもう少し被害は抑えられたかもしれません」
「あぁもういい。分かったよ」
グエンギィは苦笑し、独り合点した。
「まぁ分かってないよな。あの『牙』を抜いていれば被害が少なかったなんて、そういうズレたことを言ってる時点で」
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