第二十三話 とある休日(後編)②
―—壱――
「これで菱湖さんは、晴れて私の弟子になりました。ここに天野宗歩は初段を允許します。菱湖さん、これからも精進してくださいね」
宗歩がニコっと菱湖に笑いかけた。
先ほどの勝負師の顔ではない、いつもの天然で優しい宗歩の顔に戻っている。
疲れ切った菱湖ではあったが、なんとか力を振り絞って立ち上がった。
「は、はい先生。これからよろ――」
「ようしわかった!なら俺が一番弟子になる」
突然の太郎松の発言に全員が口を開けてポカンとしている。
「ほ、本気か!太郎松。お前まで将棋家を敵に回す必要はないんだぞ」
「いや、こうなってしまっては
「な、なら……わても」
「いや、あんたは止めておいたほうがいい」
「なんでや!仲間はずれにせんといてや!」
「いや……そうじゃなくて。弟子でない人間も仲間に一人いたほうが今後何かと動きやすいと思ってな。それにあんたには店も家族もあるじゃねぇか」
「そ、そやな。太郎松はんの言うとおりやわ。よっしゃ。ほなわては天野宗歩一門の支援者になるさかい、ようきばってや!」
そのあと東伯齋と宗歩が相談し、菱湖の棋士として名を「
名字は小林家への影響を考慮して新たに作ることとし、『世界を渡る』という意の「渡世」を連想させる「渡瀬」とした。
また、本名の「宗」の字は江戸の将棋家との関わりを暗示させるため、
「菱湖、いや天野宗歩門下の美少年棋士、『渡瀬荘次郎』初段の誕生やな!」
「菱湖や、これでよかったかえ?」
気が付くと錦旗が菱湖の側で不安そうに見上げていた。
「うん、錦旗ちゃん心配してくれてありがとう。僕……頑張るよ……」
菱湖が静かに泣いていた。
——血が繋がらぬ自分を家族にしてくれた皆と別れることになるから
玉枝は子供みたいにわんわん泣いている。
――騒がしかった小林家からまた家族が減ってしまうのがとても辛い
水無瀬も静かに裾を濡らしている。
——せめて今だけは楽しく過ごしたい。皆で笑って料理を平らげましょう
太郎松も四姉妹の絆に触れてかっと目頭が熱くなった。
――弐――
その後皆で料亭「浮無世」から小林家の屋敷へそろぞろと帰途に就いた。
既に周辺は相当暗くなっており人通りも少ない。
「かなり遅くなってしまったな」
宗歩が横にいた太郎松に話しかけた。
太郎松は菱湖を背負いながら神妙な面持ちで歩き続けている。
「ああ、いろんなことがありすぎで俺の頭は破裂しそうだぜ」
「これから私は……江戸の師匠とも戦わなければならないだろう。果たして私にできるのだろうか……」
「おいおい、お前がそんなことでどうすんだ。しっかりしてくれよお師匠様」
「はは、そうだな。でも私は決心して良かったと思っているよ。それに――」
宗歩が少しだけ迷った表情を見せて、
「一緒に行くと言ってくれて嬉しかったよ。ありがとね。松兄ちゃん」
宗歩が俺にだけ聞こえるように女言葉でそう囁いた。
「ば、ばかやろう。からかうんじゃねぇよ!」
そうして二人でいろいろと話していると小林家の屋敷が近づいてきた。
(うん? 玄関口に誰かいるぞ)
宗歩が目を凝らして見やると、暗闇の中に金髪で碧眼の異人が立っていた。
「コンバンワ。あまのそうふサマハ、いらっしゃいマスカ?」
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