第17話 現実

ライアンと会った日の夜。

ネイトには、誰かの助けを呼ぶ声が聞こえた。

「・・・・・・!!」

ネイトに緊張が走った。

「行かなきゃ・・・・・・」

宿屋から出てネイトは走り出す。

「おいっネイト!」

バルトはネイトを追おうとするが、闇夜に消えていった為追う事ができなかった。

「安心しろ、心以外は強いから・・・・・・」

レイは自分に言い聞かせるように呟いた。


王都ライズに向かう街道。

そこでは赤い目をした村人の青年が暴れていた。

辺りには怪我をした隊商の部隊。

「なんだ・・・・・・こいつ、何かに取りつかれてる!?」

なにやら黒いオーラを放っていた。

「体が・・・・・・うわぁぁぁぁぁ!」

青年は黒いオーラを触手状に伸ばし辺りの倒れた隊商の人々に刺していく。

そして、刺された隊商の人は灰となって消えていった。


「化け物だぁぁぁ!」

その時、全速力で息を荒くして走ってくる獣人の少年が居た。

ネイトだった。

「僕がなんとかしますから・・・・・・」

ネイトは剣を構える。

「助けて・・・・・・体がぁぁ・・・・・・言う事聞かない・・・・・っ」

暴走した青年は苦しそうに呟いた。

隊商の人の声だけではない、一番大きい助けを求める声はその青年の声だった。

「大丈夫、大丈夫ですから」

ネイトは剣で何度も暴走した青年の攻撃を受け止める。

その声を聞き、青年は少し落ち着く。

「本当か・・・・・・?」

青年は呟いた。

「あのっ、聖職者の方を呼んでください、きっと力になってくれるはずです」

ネイトは隊商の人達に叫んだ。

「わっわかった」

隊商が去った後、暴走した青年の攻撃を何度も受け止める。

「うぐ・・・・・・ぁぁぁぁ」

苦しそうにしてる青年を見ながらネイトも少しずつ精神が削れていく。

一人で苦しみ暴走する青年を止める心細さはネイトの精神を少しずつ蝕んでいく。

「リリス・・・・・・力を貸して・・・・・・」

ネイトは泣きそうになりながらそう呟いた。


「・・・・・・うーん、殺す以外ないと思うよ、恐らくシャドウルーパーっていう人間を自分達と同じにして増えていく魔物の攻撃を受けたせいだね、活性化する前に処置しないといけないけど・・・・・・・、シャドウルーパーなんて魔界に生息しているものだから何も知らなかったんだろうね」

リリスは何も問題が無い・・・・・・といった風に答えた。

「そっそれでも何かあるはずっ・・・・・・」

剣で何度も青年の攻撃を受ける。

色んな知っている回復や解毒、解呪の呪文を隙を見つけてはかけていく。

青年に変化は起こらず、ただ苦しそうに唸る。

「僕にはできない・・・・・・」

ネイトはそのうち攻撃を受け止めることもままならなくなってきた。

「もう苦しくて・・・・・・助け・・・・・・」

ネイトはその青年の声を聞き、殺すことができなくなっていた。

自分の力の無さに絶望し、震え始める。

目の前の運命を受け入れられずに居た。

攻撃を辛うじて受け止めるものの、混乱して泣き出してしまった。

感情が激しく揺らいだ為、擬態が解けていた。

「どうすれば・・・・・・どうすれば・・・・・・」

何度も解呪や聖なる加護の呪文をかける。

が、何も起こらないようだった。

そんな時青年が大きな悲鳴を挙げた。

「ぐわぁぁぁぁっぁ」

肉体が影になって来た青年の体は燃え始める。

「見たところ、シャドウルーパーだし、どうせ、助からないだろ」

ライアンだった。

燃えて苦しむ青年に更に炎に燃える剣で心臓部分を刺す。

「どうしてぇ・・・・・・」

青年はそう呟き息を失う。

そして体は燃えていき、灰となって消えていった。


「・・・・・・あぁ」

ネイトは灰を手に取り涙を落としていた。

「助けてって言ってたのに・・・・・・何も・・・・・・」

ライアンはその姿を見て苛立ち始める。

「あいつはもっと早く楽になれたはずだ、お前が弱かったせいで余計に苦しんだんだ」

ライアンは剣の炎を消し、鞘に納めた。

「お前は確か、ネイト・・・・・・だろ?指名手配されているのを見た」

ライアンはネイトに近づきローブの首元を掴む。

「お前を王国に突き出してやりたいが、お前は俺を助けた、だから借りを返す意味で今回はしない・・・・・・だがな」

ライアンは憎しみの表情でネイトを見つめる。

「ごめんなさい・・・・・・僕がこんなだから・・・・・・」

ネイトはライアンの目を見ていたが、だが何も見えてないようだった。

ただ、泣きながら壊れた人形になっていた。

「その力を手に入れたら、人々を守る責任が伴う・・・・・・、わかるか?相手が何だろうと殺すしかないなら殺すまでだ、優しさなんか必要ない」

ライアンは掴んでいた手を離し、包帯を巻いた自分の手の平を見た。

「どうしてだ・・・・・・どうして俺が勇者になれず、お前のようなやつが・・・・・・」

その時ネイトの体に異変が起こる。

ネイトは一瞬意識を失った。

そしてすぐに起き上がる。

目を開いたネイトは赤い目をしていた。

「・・・・・・・・それは自分自身に問いかけてみたほうがいいんじゃない?」

ネイトはライアンにそう言い放った。

どこか、人間離れした雰囲気を漂わせているネイト。

「お前、ネイトじゃないな」

ライアンは剣を再び取る。

「うーん、ネイト君には内緒だけど、意識が無かったり、朦朧としているネイト君の体なら自由自在なんだよねー」

ネイトは剣を取る。

「君の話聞いてたら随分好き勝手言ってくれてるみたいじゃん」

残像が見える速度で近づき、ライアンの首に剣の刃先を突きつけてネイトは呟いた。

「うーん、遅いなぁ、ネイト君がどれだけの思いで、人を助けるだけの力を手に入れたか・・・・・・君には理解できないだろうね・・・・・・彼の記憶を私は全て見たから言える事だけど、歴代の勇者の中でも身体能力は一番だよ」

剣を持ってない方の手でネイトはライアンの腹を強く殴った。

「うがぁ・・・・・・」

ライアンは倒れこむ。

剣は地面に落ちて炎を失う。

「どうして・・・・・・それほどまでの力を持っておきながら、奴はあれ程悩むことができるっ!?」

ライアンは剣を取ろうと手を伸ばすがネイトがその手を踏む。

「私の眷属になる大事な子を傷つけたら・・・・・・今度は死ぬかもね」

その時のネイトはとても残酷な冷たい表情をしていた。


「・・・・・・、俺は認めない」

ライアンは、剣を拾い立ち上がり、鞘に納めた。

「お前には俺が殺せないはずだ、ネイトがそれを望んでいないからな」

ライアンは去り際にそう言った。

「うーんそこを突かれると痛いけど、君はなんでそこまでネイト君を嫌うのかな」

ライアンは拳を強く握って言った。

「俺は、多くの人を救ってきたのに、不完全な勇者のままだ・・・・・・、なのに奴は完全に勇者の力に目覚めているようだった・・・・・・俺にはそれが許せない」

そう言い残して去っていくライアンを見てネイトはクスリと笑う。

「ふふ、簡単な事なんだろうけどね、悪魔にも分かることがどうしてわからないんだろー?」

その時ネイトの片目が元の黒色を取り戻す。

リリスは急いでネイトの心の中へ引っ込む。



「あれ・・・・・・何してたっけ」

ネイトは不思議そうに辺りをきょろきょろして呟く。

だが近くの灰を見てそんな事がどうでもよくなる。

心臓がドキドキし始める。

怖くなりその場から逃げるように走り出そうとしたがすぐに立ち止まる。

「・・・・・・」

近くにあった綺麗な花を摘み取り、遺灰のある場所へ置く。

「助けれなかった・・・・・・ごめんなさい」

現実から目を背けず受け入れることしかネイトにはできなかった。

思い出すのはその青年が助けが来たと思って少しの安堵を見せた瞬間。

そして苦しむ青年に何もできなかった自分。

影に侵食された青年が死ぬ瞬間。

「また・・・・・・救えなかった・・・・・・はは、だめだ、壊れちゃうな・・・・・・だめだって」

ネイトは全身に力が入らなくなった。

「辛いだけだよ?勇者なんて・・・・・・、契約はいつでもできるから」

リリスは優しく呟く。

「だめ・・・・・・それだけは・・・・・・、僕が僕じゃなくなる・・・・・・」

悪魔になるというのは、ネイトが大事に持ち続けた優しさを失う事を意味していた。


ネイトはふらふらと、宿屋へ歩き出す。

フードを深く被って顔を隠しながら。

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