第13話 女神

ネイトの前に現れた女神は、優しく微笑んだ。

だがその女神は少しすると黒く染まり、黒い手を差し伸べられた。

「リリイと一緒に僕も‥‥‥‥」

手に触れた時、ネイトの体は黒く染まった。



「‥‥‥‥はぁはぁ」

悪夢に起こされたネイトは、リリスによるものだと気づいた。

宿屋のベッドの上で、早朝だった。

「でも、リリイは‥‥‥‥リリスは本当は優しいんだ‥‥‥‥」

毛布にくるまりながら、優しかったあの子の事を思う。

ネイトが命を捨ててもいいと思えるくらい好きな人だった。

「リリス‥‥‥‥本当の君を知っても僕は‥‥‥‥」

涙を落としながら、自分が甘えていた女神のことを思い毛布を抱き締めた。

「ネイト君‥‥‥‥仮にでも勇者である君が、悪魔と触れ合いや愛し合うことを望むとはね」

リリスの声が聞こえてくる。

「私が君に残した物は、色濃く残ってるようだね」

ネイトが、リリスの声を聞く度、魂の契約をしたいという気持ちが強まっていった。

だが、それは悪に堕ち、人の敵になり、自分があらゆるものを不幸に塗り替えていくことを意味していた。

ネイトは、それがどうしても嫌だった。

「いっそのこと、無理矢理すればいいじゃないですか‥‥‥‥」

ネイトは、涙で枕を濡らした。


「ふふ、無理矢理じゃなくて本心からそう思わせないと、強い下僕にはなれないからね、君が人との絆を捨て私に溺れる時が早くみたいよ」

ネイトは、リリスから逃げることができないような気がした。

だけど、それと同時に嬉しさを感じていた。

憧れ、また会いたいと渇望していたその人が自分の側に、いや中にいることに。


「リリス、やっぱり嬉しいよぉ‥‥‥‥」

昔とは変わり果てていたとしても、ネイトにとって大切な人であることは変わらなかった。

ネイトは、リリスの事が好きだった。

だが、それを認めるのは危険だった。心の奥まで入り込む黒くて甘美な感覚。

「昔のように、素直なネイト君になろうね」

もはや心を好き勝手されているようなものだった。


「やだ‥‥‥‥」

ネイトの反応とは裏腹に、心の奥にはあの時の記憶が甦る。

「可哀想な奴隷だった君を助けてあげた‥‥‥‥悪い主を殺して解放してあげたのは誰?」

リリスはネイトの黒い心を引き出していく。

「そんなの頼んで‥‥‥‥」

だが、その時に受けた屈辱‥‥‥‥辛い毎日を思い出すと漆黒に心が染まるようだった。


「もっと思い出させてあげるから」

ネイトの目の前が真っ黒になり、あの時の日々が再生されていく。



どこで生まれたかもわからない、気がつけば人に奴隷として扱われるのが普通だった。

ネイトは、人が怖かった。

背中には何度も鞭で叩かれた跡があった。

王国は新しい地域の開拓の為に周辺の小さな部族や国の人々を奴隷として扱っていた。

毎日魔物の肉を食べさせられ、同じ様な奴隷がたくさん居る狭いテントの中で過ごしていた。

今日は主の機嫌が悪く、食事をもらえなかった。

それどころか、目に付いたネイトを理由もなく鞭で叩いたのだった。

なぜ自分がこんな目に合わなければいけないのか。

ネイトはいっそ脱走して殺されたほうがマシだと思った。

テントを出て、奴隷を持っている商人達が生活している街まで来てネイトはただ路地裏に座り込んでいた。

冬場だった為ボロボロの布の服では寒くて仕方がなかった。

「・・・・・・」

ネイトは、何も考えたくはなかった。

「あの・・・・・・よかったら、これどうぞ」

その時手を差し伸べてくれた女神がリリィ、つまりリリスだった。

「リリィって言います、ここの服屋で働いてるんですけど・・・・・・まぁ余り物なんで気にしないで」

リリィはローブをネイトに被せて着せた。

切られず、伸びきっていた髪で隠れたネイトの顔を、髪の毛を分けて、見えるようにしていく。

「水色の髪ってことは・・・・・・ウィンデーネ族の子かな」

「?」

ネイトには何のことだかわからなかった。

リリィはネイトの頭を優しく撫でた。

「・・・・・・どうして」

ネイトには分からなかった。

奴隷達の間では日々食べ物を取り合っていた。

人の為に何かをするという感覚がわからなかった。

「うーん、君が苦しそうにしてたから、助けないとって思って」

リリィは持っていたパンをネイトに差し出した。

「どうぞ、お腹空いてるんでしょ?」

ネイトは不思議そうにパンを見つめた。

「これなに?」

ネイトは魔物の肉以外の食べ物を知らなかった。

「・・・・・・食べれるよ」

優しくリリィはネイトに微笑みかける。

「・・・・・・!」

初めて食べたまともな食事だった。

おいしいという感覚をネイトは知った。

そして人の温かさを・・・・・・。

「よくわかんない・・・・・・」

ネイトは泣き出しながらパンを食べていた。

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