第12話 悪魔
「優しかった頃に戻って‥‥‥‥」
ネイトは涙を浮かべた。
「私は最初からこうだったよ?」
少女はネイトに近づく。
「それに、私の名前はリリスだよ」
リリス、それはこの世界にいる悪魔の一人だった。
リリスは短剣でネイトの胸を刺した。
「だけど、僕は君が助けてくれたから‥‥‥‥」
ネイトはリリスを傷つけることができなかった。
血が流れるがネイトはリリスをずっと見つめていた。
「ただ遊んであげただけなのにね」
ネイトの血をリリスは、手にべったりとつけて舐めた。
「リリス‥‥‥‥やめて」
ネイトにはリリスに触れることすらできなかった。
「逃げ‥‥‥‥」
ネイトは体を震わせながらその場を離れようとする。
目には恐怖が浮かび、その目は死んでいた。
逃げようとしても目の前にリリスが現れる。
「私に全てを捧げれば君は楽になれるよ」
恐れていた言葉だった。
「やめ‥‥‥‥」
ネイトは頭を抱えた。
ネイトは、声にならない声を出す。
「誰も君を助けられない、私以外はね」
ネイトの胸が締め付けられていく。
「感情を、心を私だけに捧げれば楽になれるよ」
ネイトの心を黒く侵食していく。
「一人ぼっちの君を見てくれたのは誰?」
ネイトは涙を流しながらリリスを見上げた。
「勇者だから、君が特別だから、君の友達は助けてくれるんだよ、君が善人だと思ってるから」
言葉一つ一つが、ネイトの心に絡み付いていく。
「君が私のためにしたことを知ったら‥‥‥‥」
ネイトは息もできなくなっていた。
ただ、ローブの中にうずくまっていた。
「私があげたもの、大事にしてるんだね」
リリスは、ネイトを優しく撫でた。
「あ‥‥‥‥ぁぁ」
ネイトは、短剣を更に胸に押し込もうとした。
だが、リリスはその短剣を抜きとり、床に捨てた。
「可哀想なネイト君‥‥‥‥悪魔に遊んでもらった事が忘れられないんだね」
ネイトは気力を失っていた。
ただリリスの顔を見つめていた。
「さぁ‥‥‥‥心を捧げて、一緒に行こう」
リリスは笑顔を見せた。
悪魔の笑顔がネイトには天使の笑顔に見えた。
「だめ‥‥‥‥レイさんも、バルト君も、僕の事を‥‥‥‥仲間だと思ってくれてるから‥‥‥‥裏切れない」
それを聞いたリリスは興味を失ったかのような冷たい顔をした。
「じゃあ、その大事な仲間がいなくなれば、君は一人ぼっちなんだね」
リリスは、黒い煙となってネイトの中へ入っていく。
「君は前より弱くなってる‥‥‥‥楽しみだな、君が魂を捧げてくれるのが」
ネイトの頭に声が響く。
「仲間を傷つけるなら、僕は死ぬ‥‥‥‥」
短剣を拾ってネイトは、リリスに言った。
「今死んだら、中にいる私も死んじゃうね、そしたらきっと私たちは、二度と会えないね」
ネイトはそれを聞いて、短剣を落とした。
リリスを殺すことが、ネイトにはできなかった。
「ふふ、本当に面白いね、君を探してよかった、それとも君も私を探していたのかな、主とはぐれてしまった子犬のように」
ネイトの心の中に入り込み、リリスは話かけ続ける。
何度も何度も。
「リリス、出ていってよぉ‥‥‥‥」
心を支配されていくのが、ネイトにはわかった。
しかし、それを完全に拒否する強さがネイトにはなかった。
ネイトは頭に手を当てながら、二人のいる宿屋へ向かった。
「どこへ行ってた!心配したんだぞ!」
バルトがネイトに強くハグをした。
「ごめん‥‥‥‥」
「無事ならいいが、ネイト何かあったのか?」
レイは問いかける。
「僕は‥‥‥‥」
「そうだね、仲間を傷つけるかもしれないからね‥‥‥‥だから二人きりになろ‥‥‥‥」
リリスは、仲間からネイトを引き離そうとしていた。
「どうした、ネイト」
バルトが真剣な表情で見つめる。
「それでも、みんなと‥‥‥‥」
その時だった、バルトに対して抱くはずのないある感情が生まれる。
憎しみだった。
「ある程度自由に操れるんだよね‥‥‥‥殺意なんてのもできるよ」
「だめ‥‥‥‥許して‥‥‥‥」
ネイト頭を抱えて、慈悲を求めた。
「おいおい、俺はなにもされてないぞ」
バルトは心配そうにネイトを見た。
「悪魔の契約したくなったら、いつでも言ってね♪」
リリスは、ネイトの感情を元に戻した。
「ちょっと疲れちゃった、休もうかな♪」
その日、リリスは寝るまで何も行動を起こさなかった。
「ごめん、疲れたから、少しぼーっとさせて」
人目を気にしながら、宿屋の部屋の中に入りネイトは、ただ景色を眺めていた。
ネイトは、その日、何も言い出せなかった。
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