第26話


一瞬クロエの名前が頭をよぎったけど、クロエじゃない。


クロエのコロコロした心地いい声じゃない。




『何故ココヘ来タ……。モウ決シテ来ナイト、アレホド約束シタノニ……。』


えっ?

この子何言ってんの?


『えぇと~……。ここに来たのも、君に会うのも、【初めまして】なんだけど?』


『面白クナイ冗談モ、現役ミタイネ。』


イヤイヤ……。

この子一体、僕を誰と勘違いしてるんだろう……。


『確かに【スベるし寒い】って言われる事は昔から……て違うわっ!』


『……。』


『さっきも言ったけど、僕は君に初めて会うし、この場所に来たのも初めてなんだけど。君の【誰か】に似てるのかな?』


『……本当ニ【楓(カエデ)】デハナイノカ?私ハ、アノ時、視覚ヲ失ッタ。私ニハ、アンタノ姿ハ見エテイナイ。』


『僕は【櫂(カイ)】。残念ながら、君の楓くんとは別人。』


『!? 私ガ楓ト誰カヲ間違エルナンテ!ソノ声モ、纏ウ空気モ、楓以外有リ得ナイ!』


凄い自信だけど……。

事実僕は楓くんではないからなあ……。


どうしたら伝わるだろう。


視覚を失ったって言ってたな……。

声と纏う空気が同じって言ってたから、視覚を補うように、他の感覚が多分鋭くなってるんだよな。


視覚がない。

声は聴覚で、纏う空気は~……臭覚?かな。

んぢゃ残るは、味覚と触覚。

情報判断が高いのは、味覚より触覚だから、僕に触れて貰えば、もしかしたら楓くんぢゃないって理解してもらえるかな?


『ええと~。僕が楓くんとは別人だって、僕に触れてくれたらわかるかなあ?』


『……。』


カツカツ……。

まるで硝子の靴みたいなヒールを履いた彼女が足音を響かせながら、僕の所へ真っ直ぐに歩いて来た。

そして、目の前でピタッと立ち止まる。


この子。

本当に見えないの?


何て少し感動してる僕の頬に、彼女の手が伸びてきた。


僕に触れた彼女の手が、一瞬強張った。

それでも、自分の間違いではないと、彼女は僕に楓くんを探すように、優しく触れる。


『……どう?残念だけど、君の楓くんとは違うってわかって……』


!?


僕の言葉を彼女がキスで遮った。


何度も何度も、僕の中に楓くんを探すように、優しく、甘く……。


今までの僕なら、もう辛抱たまらず、そのままいただきますしてたとこだけどw


ホント、僕今クロエに夢中なんだと思う。


こんなに優しくて、甘いキスされても、何の感情もない感じ。


時々、彼女が口の中に入ってくるけど、お迎えするでもなく、ただただされるがままの僕。


僕が彼女の楓くんではないと理解してくれたのか、彼女の唇が僕から離れていく。


閉じられた目から、一筋の涙を流して……。


そして、理解したのか、納得したのか、そのまま彼女は、僕の足下に泣き崩れた。








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