第15話
ギイィ……。
重い扉を開いて、『どうぞ。』と彼は優しく微笑み、私は歩を進めました。
空には星が瞬きはじめていました。
バタンッ。
扉が閉まる音と同時に、私は後ろから抱き締められて、一瞬身体を強張らせました。
『もっと早くこうしていたらよかった。 君が頑張っているのを見守るんじゃなくて、傍で守っていたらよかった。 遅くなってごめん。』
背中から感じる優しい言葉と彼の温もり。
気を緩めたら、きっと溢れ出る感情に負けて泣いてしまう。
私を抱き締める彼の腕に手を添えて『平気です。』明るく答えました。
『はあぁ~……。』
彼の口から、深い溜め息が聞こえたかと思うと、私は彼と向き合う形にクルッと方向転換していました。
今度は私の目を見つめて、彼が続けました。
『僕の前では頑張らないで。 君の全部、僕に預けてくれてかまわないから。』
……嬉しくて。
『私、もう頑張らなくていいんだ』と、彼の言葉に心に張り詰めていた糸がプチンと切れる音がしました。
気がつくと、視界に居る彼が歪んで見えました。
歪みを生じさせていたそれは、頬を伝って線を描き、同時に彼の表情をくっきりと映し出しました。
とても穏やかな、私の大好きな笑顔でした。
■■■■■
次の日。
詰所で1人、今日の予定を確認している私を見つけた彼が、何故かキョロキョロ周りを見回しながら私の元へ近づいてきました。
『おはようございます。』
笑顔で挨拶した私にちょっと不機嫌そうな彼。
私何かしたかな……。
そんな不安を抱いた私に、彼は優しく唇を重ねて、『おはよう。』柔らかな笑顔で言いました。
『お、おはようございます。』
『違あぁ~う!』ニコニコしながら自分の唇を人差し指でトントン触る彼。
恥ずかしくて真っ赤になった私。
『早く早くっ。』
チュッ。
『おはようございます。』
『おはよっ。 よしっ! 今日も頑張って仕事するぞ!』
『行ってきまあ~す。』と左手をヒラヒラさせながら詰所を後にする彼。
私は、大切な人が出来たという現実は本当なんだと、嬉しくて。
私のギスギスしていた心に、彼は温かな空間を作ってくれました。
■■■■■
私の休みに彼がいつも合わせて休暇を取ってくれていました。
今日は珍しく彼が『行きたいお店がある』と言って、そこへお出掛け。
待ち合わせ場所に15分早く到着した私。
行き交う人並みに目をやりながら、彼を待っていると、携帯が着信を知らせてブルブル震えました。
『もしもし? ごめん! 朝、急患連絡あって、これから出るから、30分くらい遅くなるかも。』
『大丈夫です。 気をつけて来て下さいね。』
『うん、ありがとう。 知らない人に付いてっちゃ駄目だよ?』
『付いて行かないですよ。』
『なるべく早く着くようにするから。 じゃ、後でね。』
プーップーップーッ。
小学生じゃないんだから。w
心配性で、(たまに度が過ぎる事もあるけどw)私の事をとても大切にしてくれている彼。
私は彼が大好きです。
彼を待つ時間、何してようかなぁ。
何て考えながら歩き出した私は、この後、どれだけ待っても彼が来ない現実をまだ知りませんでした。
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