第14話
検査フルコースを終了し、1人病室でその人が来るのを待つ。
大工がロック知ってるなんて、きっと何らかの接点を持ってたに違いない。
ただ1つ……。
彼女が【ダイクロイックアイ】と告げた時の寂しげな、刹那げな表情を見せた理由が気になるけど。
コンコン。
『どうぞ。』
『失礼します。』
待ち人来たり。
僕はベッドに腰掛けて彼女を迎える。
『さっきは検査中にすいませんでした。』
『いいえ。 私が驚かせてしまったのですから、気にされないで下さい。』
少し希望が見えた僕は、直ぐ様本題に入る。
『あの、何故看護師さんは【この目】の事、知ってるんですか? 僕の知る限り【オッドアイ】より更に希な目だと……。』
彼女はゆっくりと言葉を口にした。
『……私の愛してる人が、【ダイクロイックアイ】でした。』
……でした?
■■■■■
私がまだ看護師になってまもない頃、彼は医師として働いていました。
私より9歳年上の彼は、毎日婦長にターゲットにされていた私をとても気遣ってくれる、とても優しい人でした。
私を庇う人間が居る事にも腹を立てた婦長の、私への苛立ちは強くて……。
婦長が【お局様】な存在だったので、同期の子たちも、自分を守る為に婦長サイドについて、結果私は1人になりました。
何処にでもある、女性の妬みや僻みだから、そのうち飽きてしまうだろう。
そんな甘い考えでした。
でも、現実は悪化を続けていく一方で……。
仕事の最中にまで支障を来す程、エスカレートしていきました。
彼の優しさは、仲間にも、勿論患者さんにも向けられるものだったので、人気のある医師だったのが、追い討ちをかけてしまっていたのかもしれません。
今考えると、婦長も彼を好きだった1人だったのかもしれません……。
ある日、休憩室で、私が婦長と同期の子たちに鉢合わせてしまった時、婦長が私に言ったんです。
『アラッ、先生(彼)に守られてお姫様気分な勘違い女が居るわっ。 みんなに優しいのに自分だけとか思うなんて、痛いわよねぇ~。 どうしたらそんな不相応な勘違いできるのか……頭の中の構造おかしいんじゃないの? アハハハハ!』
流石に私も毎日の謂れのない事の数々に、我慢も限界で。
言い返して、辞めてやろうと思いました。
『あのっ! 婦……』
『そのくらいにしたら? いい大人が恥ずかしくないの?』
私が口にした言葉を遮る彼が、そこに立っていました。
そこには普段の優しい雰囲気はなく、無表情で、発せられた言葉も聞いた事がないような冷たいもので……。
その場に居た誰もが凍りつきました。
『婦長。 彼女を勘違い女だと言ったけれど、勘違いしてるのは貴女の方だ。』
『……えっ?』
『みんなに優しいと、私の事を過大評価してるみたいだけど。 それは、貴女が僕をそう見ているだけで、私はTPOをきちんと使い分けている。 それに、不相応な勘違いとか言ってたけど、それも貴女の考えだ。』
『……。』
ぐうの音も出ない婦長に、更に彼は続ける。
『婦長にも、君たちにも1つだけハッキリ伝えておくよ。 いつか君たちが改心してくれると思っていた僕は、今この場で消えたから。 これ以上【僕の大切な彼女】に何かあった時には、女だろうと容赦しない。 全力で潰しにかかるから、覚えておいて。』
正直、無表情でそんな言葉を口にする彼に、私さえ恐怖を感じました。
『そういう事だから。 ……行こう。』
そう言って私を見た彼は、私の知っているいつもの優しい彼でした。
呆然と立ち尽くす婦長たちを置き去りにして、彼の後ろ姿について行きながら、私は申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちで……。
気がつくと、病院の非常口から屋上へと向かう階段の前に居ました。
その階段を昇りながら、ずっと無言で歩いていた彼が口を開きました。
『君に、伝えたい事があるんだ。』
振り向く事なく階段を昇る彼の背中を見つめながら、私は彼の背中について行きました。
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