第9話 ただ愛する娘の為に

私の名前はパフィオ・ペディルム・インシグネ、インシグネ伯爵家の四女。

伯爵家の娘と言っても正妻の子ではなく、いわば愛人の子。

私を産んでくれた母は、幼い頃に病で亡くなったそうで正直あまり覚えていない。


愛人の子とはいえ、兄や姉達、正妻の母上から虐めや迫害をされた事は一度もなく、むしろ私の事を大事にしてもらっている。


父上は領地の事は主にお爺様達に任せ、ご自身は王国の第三騎士団で副隊長をされており、兄達はそんな父上の元、幼い頃から騎士を目指し、稽古をしていた。

その為、もともと兄達になついていた私も、自然と一緒に木剣を振り回すようになったのも当然といえよう。




私が12歳になったある日、一人父上の書斎に呼ばれた。

「私が最も敬愛するお方から、ある頼みごとをされた。」


話はこうだ、

父上が敬愛する方(おそらく身分の高い貴族様だろう)、から娘が学園に入学する為、学園に滞在中警護を頼みたい、との事だ。


ヴィクトリア学園は高貴な子が通う為、敷地内の警護は徹底しているが、校内まではさすがに警護兵が入るわけにはいかない。

それにおそらく問題は生徒の方だろう。私の知る令嬢や子息の中には、幼い時から我が儘に育てられ、自身の思い通りにならない事は許せない、その対象は人にも及ぶのだ。


生徒全てがそんな人間ばかりだとは思わないが、少なくとも同年代だけで数名心当たりがある。

気の弱い娘ならそんな学生生活が耐えられず、最悪授業に出れなくなるかもしれない。

幸い私は気が強い方だし、そこそこ剣術も扱える。だからそんな令嬢や子息から守って欲しいという事なのだろうと。


「後日そのお嬢様のご両親が直接パフィオに頼みに来られる予定だ、それまでに考えていてくれ。」

これには驚いた、私みたいなただの小娘に依頼する為、おそらく父上より高位の貴族様が、直接会いに来るというのだ。

それほど我が子が可愛いのだろうと、その時は好意的に思っていた。


数日後その依頼主の両親がお忍びで来られたを伺い、私は客間に呼び出された。

お忍びって、いくら父上より高位な立場だからとは言え、それは失礼ではないかと思い、先日までの好意的な気分は一転し、一瞬断ろうかと頭によぎった。


そんな気分の中、客間の扉を開き、中に入ると父上達と同じ年ぐらいに見えるご夫妻が・・・、

「えっ!?」

高貴なる方とは思っていた、思っていたけれどまさか国王陛下ご夫妻とは思いもよらなかった。


その時の私は、あり得ない人物に出会い、扉の前で身動きが取れない自分がいた。

父上に促され、ようやく脳が動き出す。

かろうじて挨拶と自分の名前を名乗る事が出来た事は、自身を褒めたいほどだ。


私は再起動した脳をフル活動して、今の状況を整理しようと努める。

しかし陛下が口にされた言葉は、私の予想を遥かに超えていたのだった。


国王陛下が言うには、ご夫妻が最も信頼してた人物が数年前に亡くなってしまった。

だがその人物にはたった一人の娘がおり、不幸にも身寄りが無かったその子は、現在国王陛下ご夫妻が育てているとの事。


有りえない、身寄りのいない事からその娘はおそらく平民、いくら信頼していた人物の娘だという理由だけでは、陛下や王妃がいくら主張しても、周りが猛反対するはず。


それなのに現実その娘は、国王陛下ご夫妻が育てているという。

さらに、たしか同じ年に第二王女がおられたはず、なのに王女ではなく平民の娘の警護を頼みたいと。


私にふと、ある考えが浮かんだ。

あぁ、王女には別のもっと高貴な人物が護衛につき、私は平民の娘担当なのだと。


その考えに至った私は少しイラついた。

わざわざ国王様と王妃様が私に頼みに来た事で心が揺らいだが、所詮は王女様ではなく平民の娘の方、しかも学園はヴィクトリアではなくスチュワートだという。

自分が貴族様だとかは思った事はないが、いくらなんでも失礼ではないかと。


父上には悪いが断ろうと思い

「『スチュワート』学園に通うその娘の警護を私が担当する場合、『ヴィクトリア』学園の王女様の警護はどなたがを付かれるのですか?」

陛下にも、私の機嫌が悪い事に気づくだろうと思い、わざと『学園の名前だけ』をキツめに出し、問いただした。


しかし陛下の答えはさらに私を混乱におとしいれた。

王女様には護衛おらず、平民の娘のみ護衛をつける。


いやいやいや、何を考えているんだ。

これではまるで王女様より、その平民の娘の方が大事だと言っているようなもの。


私が迷っている姿をみて陛下は「私たち家族はあの子の両親に命を助けられた。今度は自分達が守らなければならない、それが親友との約束なんだ」と。

さらに少し迷われたのち「・・・詳しくは言えないがあのこの存在はこの国の運命を左右するほどに重要なのだ」と。


はぁ?国の運命を左右する?

それよりそんな重要な事を、まだ依頼を受けるとも言っていない、たかが12歳の小娘に言っていいのか?


「もし断れば私はどうなりますか?」

正直身の危険感じていた、だが陛下は笑いながら。


「断ってもらってもそれは仕方がない、国王だからとは言え、12歳の少女に酷な頼みをしている事は十分にわかっている。」

「それでも私たちはあの子を、アリスをとても大事にしているの、例え私たちが恨まれたとしても。」


あぁ、そういう事か、簡単な話しなんだ。ただその子の事が大好きなんだと。


「このご依頼、若輩ものではございますがお受けさせていただきます。」

私は立ち上がり騎士の敬礼をしたのだった。




そして時は進み、私は貴族だという事を隠しスチュワートへと入学した。

別に貴族だという事を隠す事もなかったのだが、私自身そうしたかったのだ。


アリスという娘は入学初日からやらかしてくれた。

いきなりどこかの男爵令嬢に絡まれ、それに対抗したのだ。


『ただの世間知らず』それが私があの子に対しての第一印象だ。


だがその考えはすぐに訂正しなければならなくなった。

それは放課後の出来事だ。


例のごとく我が儘男爵令嬢が一般生徒と問題を起こしていた。

周りが誰もが手を出せず見守ることだけしか出来ない中、あの子は一人飛び込んでいったのだ。


この行為は称賛に価する。

いやこの場を見ぬ振りをした場合、依頼を降りることはしないが、軽蔑はしたであろう。


あの子は倒れている生徒を気遣い怪我の処置を施していた。

その時、周りにいた生徒達があの子に集まりだした。


この光景は一見、倒れている少女達に対しての純粋な行為に見えるが、生徒達の心を動かしたのは間違いなくあの子、いやアリスが起こしたこと。

少し興味が出てきた・・・と思った瞬間またやらかしてくれたのだ。


『癒しの奇跡』


この『力』を使えるのは国内を探しても10人はいないであろう。

『力』の事は正直詳しくはない、それでも伯爵家の娘として精霊や、それを操る言霊が存在しているという知識は知っている。また精霊の力が使えるとされるのは王族と長い修行を終えた末ほんの僅かな巫女だけだと言うことも。


それを12歳の子供が、言霊を使わず、無言で、ほんの一瞬で傷を治した。

こんな事が出来るのは聖・・・・。


( 国の運命を左右する娘 )


なんてことだ、今更ながら自分に与えられた責任の重さに震えが来た。

国王様が私を信用していない?そんなはずがない、信用されたから任されたのだ。

私がこの依頼を自分の意志で受けた?

違う、あの時私は国王様に試されたのだ。


自分の馬鹿さが恥ずかしくさえ思えてくる。




翌日アリスは私の前に立った。

昨日のお礼と午後からの授業に関する事で私を誘いに来たのだ。


そう言えば王妃様は帰り際にこう言われた。

「できれば護衛としての関係ではなく、アリスの友達になってほしいと。」


私は純粋にアリスの事をもっと知りたいと思った。

「・・・ありがとうございます。私でよければよろこんで。」

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