第13話『影にいるのは』

「それで、一体なんでこんなことしたの?怒るわけじゃなくて、単純に理由が知りたいんだけど」


 その後、落ち着きを取り戻した三河を中心に俺たちは再び集まった。三河に向かい合うように座るのは長峰で、その横には俺と高村。少し離れた位置から見守るのは冬木と雪で、木之原は寄り添うように三河の肩に手を置いている。三河の精神面を考えてのことだろう。


 ……内心では木之原も三河に対して怒りは覚えているだろうに。勉強をしているときからは考えられない対人能力の高さだな。


「陽菜ちゃん、何かあったの?私が知ってる限り……そんなことする人だとは思わないんだ。何か理由があるんだよね?」


 問い掛けるのは木之原。


「……私は、その」


 三河は何かを言おうとしてはやめ、また室内には静寂が訪れた。そんな様子を雪は心配そうに見つめ、高村は険しい顔で見つめている。


「長峰に恨みとか憎しみとかがあるわけじゃないんだろ、三河」


「っ!……それは」


 俺が口に出すと、三河は一瞬だけ俺に顔を向けた。少しずつ話を聞き出さなければならない。俺と冬木が能力を使い続ければ一瞬だが、今ここにいる全員が理解できる辻褄合わせが必要となってくる。それに冬木の能力は望んで使える物ではない。相手に常に考えさせる必要がある。


「……どういう意味?そうじゃないとこんなことしないでしょ。私に気を遣ってるのか知らないけど……」


「違う。これ、お前が書いたんだろ?」


 俺は言うと一枚の紙を取り出す。水原姉が持ってきた一枚の手紙、今回の犯人を見つけるのに重要となった手がかりだ。


「……うん」


 三河は否定せず、頷いた。


「妙だろ、これは。人に対する憎悪があったとしたら、こんな丁寧に手紙を書くか?高村」


 俺はその手紙を高村に向けて見せる。急に振られた高村は戸惑いつつも、否定した。


「まるで友人に向けたかのような筆跡だろ。仮に俺だったらこんな書き方はしない。雪はどうだ?」


 今度は雪に。雪は答えこそしなかったものの、顔を伏せる。


「でも三河は長峰に嫌がらせをしていた犯人だ。なぁ、これって変だよな?」


 木之原に。木之原は小さな声で「そうかもしれない」と呟いた。


「全部がバレた。俺たちに知られた。犯人は見つけて一安心。これでもう一件落着。本当にそうだと思うか?長峰」


「……続けて」


 俺はその言葉を受け、三河の眼前に手紙を差し出す。その定まらない視線に映るように。


「答えろ、三河。お前の裏にいるのは誰だ?」


「裏、だなんて。そ、そんな人はいない……から」


「嘘を吐くなよ、三河。これがお前一人の仕業だとは思えない。それだけの証拠があるんだよ」


 俺は言いながらチラリと冬木に視線を送る。そして、その瞬間冬木はきっと三河の思考を読んでいた。


 分かりやすいほどに目を見開き、思わず声が出そうになった口元を冬木は覆ったのだ。


「あーっと、ちょっといい?なんかすっげえ空気重かったからさ」


 三河を更に問い詰めようとしたそのとき、口を開いたのは高村だった。


 申し訳なさそうな顔をしているものの、話し口調はいつもと変わらない。


「成瀬っち、ちょっと熱くなってるかなって思って。確かに怒るのも分かるんだけど」


 高村が俺の肩に手を置く。俺自身はそんなつもりはなかったけど、その言葉に少しだけ思考が落ち着くのを感じた。


 その落ち着いた頭で再度辺りを見渡す。いつもは優しい表情をしている木之原は若干険しい表情をしていて、雪はどこか怯えたような顔すらしていた。


「……悪い」


「いやいや、成瀬っちが悪いわけじゃないって。こんな状況になってるのは三河っちが原因なのは間違いないんだから。でも、木之原っちがやっと落ち着かせてくれたのもそうだろ?」


 その通り。三河はまた怯えたような顔をしており、その体は小刻みに震えている。それは俺が追求したせいだろう。


「んで、状況を整理すると……長峰っちに対する嫌がらせの犯人は三河っち。でも成瀬っちが考えるに他の奴が真犯人として存在している……ってことよな?」


「ああ、悪いけど俺は確信してる」


「だけど、三河っちはそれを隠そうとしてる。それってつまり隠さないといけない理由がある。だろ?」


 隠さないといけない理由……か。確かにそれはそうだ。この場合の理由は……庇っているという理由ではなさそうだ。


 三河は見るからに怯えている。それは俺のせいというのもあるが、その人物の名前が俺たちに知られてしまうことに。


「脅されてるのか、三河」


「っ……」


 三河は俺から視線を逸らす。誰の目にも明らかだった。


 三河は何者かに脅されている。三河は長峰に対する行いも自ら望んでやっていたわけではない。


「それならさ、三河っちだけを責めるのもどうかと思うじゃん?」


「ま、実行してたのはこいつだけどね。でも脅されてるんだとしたら、三河さんが口を割るとは思えないんだけど?」


 長峰は腕組みをしながら、苛立っている様子を隠すことなく言う。当の長峰に取ってみれば、自分に対して敵意を持っている見えない人間に腹が立って仕方ないのだろう。


「私……の」


 その様子を見て、恐る恐る三河が口を開いた。怯えた様子はありつつも、その瞳には違う何かが灯っている。


「……私の、誰にも言えないことがあって。それを知られて、従わないとバラすって」


 言葉に詰まりつつ、三河は絞り出すように言う。


「だから、言えない……長峰さんにも、みんなにも、本当に悪いことをしたと思ってて……」


「それってつまり、自分が可愛いからでしょ?自分を守りたいから、自分が傷付きたくないから。だからあんまり関係ない私は傷付けても平気ってことだ」


 長峰は笑って言う。今日ほど長峰の存在が恐ろしいと思うことは中々ないが、その言葉は的を得ているのは間違いない。


「……ごめん、なさい」


 三河は言い訳をすることもなく、言い返すこともなく、ただ項垂れた。


 ……さて、どうしたものか。冬木は恐らくその真犯人の名前を既に聞いてはいるだろうが、この話し合いが終わったあとにそいつに対してアクションするのは現状かなり難しい。


 後付けで道筋を立てることもできなくはないが……ここで三河に吐かせ、全員で共有した情報という形にするのが一番丸い。正攻法で行くならそれだろう。


 それで行くなら、必要なのは更なる脅し。三河が吐かざるを得ない状況にするための脅し。


 この場合だと「クラス全員に三河行いを話す」というのが妥当か。


「なら、俺にも……」


「ちょい待って待って、それなら交換条件とかどうよ?俺良いこと思いついたんだけど」


「良いことって……?」


 高村の言葉に光明を見たのか、暗い顔をしていた雪がようやく口を開く。木之原も高村の言葉を気にするような顔で見ていた。


「三河っちが話しやすくするのさ。例えば、俺は……中学のときからずっとずっと好きな奴がいる!それも今同じクラス!」


 と、部屋中にそんな声が響き渡った。俺たちは一瞬何が起きたのか理解ができず、数秒の沈黙が広がった。


「ってな感じで、誰にも言いたくねーって秘密を話すんだよ。三河っちが脅されてるネタもそういうことなんしょ?なら逆にここで全員でぶっちゃけちゃおうぜ!秘密ってのは知られたくないから秘密だろ?それなら俺たち全員で共有すれば、三河っちもそんな脅し気にならなくなるかもしれねーじゃん?」


 そんな話に一体誰が乗るというのだ。第一、それをしたからと言って三河が話してくれるなんて保証はどこにも……。


「……なら次は私。私は……いつもあんまり話さないタイプなんだけど」


 しかし、そんな考えとは裏腹に話は進んでいく。次に口を開いたのは雪で、おどおどと辺りを見回しながら、耳まで赤くしながら口を開く。


「……ネットだと、すごい喋るの。ブログ書いてて、こんな感じのやつとか……」


 雪は言いながらスマートフォンの画面を見せる。そこには確かにブログが表示されており、雪が書いていると言われても疑わしいほどの長文が表示されていた。しかも絵文字や顔文字だらけ。


「えーー、雪ちゃんかわいい。それなら次は私だね」


 今度は木之原が手を挙げる。まさかこんな馬鹿げたことを最後までやるってのか?


「私、寝相がすごく悪くて。ベッドの上で最後に起きたのは、記憶がないくらい昔のことなんだよね。一番酷いときは廊下で寝てたり。あはは……」


 ……確かにそれは想像もつかないほどに意外な秘密だ。


「……とりあえず、修学旅行で一緒の班にならないことを祈っとこうかな」


 そんなことを言うのは長峰である。すっかり場の空気は先ほどまでのものと打って変わって明るいものとなっていた。


「じゃ、次は成瀬っちか冬木っちか長峰っちだけど」


「……マジで最後までやるのか?」


「もちろん!」


 にっこり笑い、高村が言う。爽やかではあるものの、この提案そのものは絶対に愚策だ。


「……仕方ないですね。それなら私も話します」


 次に手を挙げたのは冬木。流れはすっかり自らの秘密の暴露となっており、視線は冬木に向けられた。


「私は猫がとても好きで、猫には猫語で話しかけていたりします」


「猫語……?」


 摩訶不思議そうな顔をするのは雪だ。確かに何を言ってるのか分からないが、それでも分かったような顔をしたほうが良いと思うぞ。


「にゃー、にゃー、という感じで……。それでも意思疎通は難しかったので、これは猫になりきるしかないと考えまして」


 冬木は最早勢いに任せて口を開く。白い肌は分かりやすすぎるほどに赤くなっていた。


「猫耳と尻尾を買って……あ、まだつけたことはないのですが……それでどうにかしようと考えていて」


「冬木、もう良いって。分かったから」


 俺がそこで口を開き、冬木はようやく口を閉じる。自分が言ったことをようやく理解したのか、そのまま顔を伏せて小さな声で「はい」と口にした。


「いやでも分かる分かる!俺も一人のときとか物に話しかけちゃうもん!なぁ成瀬っち!」


「そうだな、あるあるだと思う」


 高村の言葉は明らかに嘘であったし、俺の目にも明らかだったがとりあえず合わせておくことにした。そうしないと冬木が浮かばれない。


「じゃあ次は……成瀬くん?」


 今度は木之原が話を進める。俺の方に向けてそう口にすると、場の視線は俺へと注がれた。


「勝手に話を進めるなよ……まぁでもここでパスとか言えないよな」


 既に流れが出来上がってしまっていた。これで成果が何も出なかったら全ての恨みは高村にぶつけるとしよう。


「俺は……そうだな。ほぼ毎日妹と風呂に入ってる」


「え、きも」


「なんで俺のときだけ口を挟むんだよお前は!」


「木之原さんのときも言ったじゃん」


 それは確かにその通りだけど、言葉のベクトルがあまりにも違いすぎる。


「成瀬ってシスコンだとは思ってたけど、そこまでだったとはね。朱里ちゃんが心配になってきちゃった」


 こいつにだけは言われたくない。それに俺はシスコンではない。


「妹想いのお兄ちゃんなんだね、成瀬くん」


 このときばかりは木之原の優しさというのがとてつもなくありがたく、俺は恥ずかしさを隠すように「そういうわけじゃない」とだけ短く伝えた。


 別に他の話でも良かったが、話せる範囲のことならそれが一番マシだっただけ。それにこれについては冬木はある程度知ってるだろうしな。


「そんじゃ、最後は長峰っち!」


「……絶対誰にも話さないってことでいいんだよね?」


 言われた長峰は確認するように言う。


「もちろん!それに全員で共有するんだから、バカにするのもなしだぜ」


「なら、いっか……」


 言われた長峰は息を大きく吸い込み、吐き出す。そして、口を開いた。


「……寝てる妹に毎日キスしてる」


「お前人のこと言えねえじゃねえか!何が「え、きも」だよ!お前の方がよっぽどキモいぞ!」


「はぁ!?妹とお風呂一緒の方がよっぽどキモいっての!それにバカにしないって話したじゃん!」


「俺は同意してないからな。大体俺のは双方合意で、長峰のは非合法だろ?」


「変な言い方すんなっ!!私のはただの愛情表現だし!成瀬はどうせ下心でそうしてるんでしょ!?」


「妹相手にそんなこと考える兄貴なんていねえよ!!」


「二人とも落ちついて落ち着いて……」


 木之原が立ち上がり、言い合いを繰り広げる俺と長峰を宥める。


「絶対成瀬の結婚式で「妹と毎日お風呂に入ってる成瀬くんへ」ってスピーチしてやるんだから……」


「お前恨みの晴らし方がえげつなくない?」


 が、木之原が止めてくれたおかげもあり、俺と長峰は一旦落ち着きを取り戻す。そもそも本題はそんな秘密の暴露ではないのだ。


「ってなわけでさ、みんなこんな感じで話をしたんだけど……三河っち、話してくれる気になったかな?」


 高村は相変わらずの笑顔で三河へ問いかける。そこに悪意は一切なく、場の空気を変えてしまう高村の力を思い知った。


 きっと、高村なしではこうはならなかっただろう。


「……私も。私も、みんなみたいな友達がいたら結果は変わってたのかな」


 三河は小さく笑い、涙を零す。先ほどまでのものとは違う意味での涙は頬を伝い、三河の服に一滴零れ落ちた。


「ありがとう、高村くん。みんなも。私のことは許さなくて良い、だから許して欲しいから言うわけじゃない」


 三河は顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。




「長峰は納得してたか?」


 それから、俺たちはそれぞれの帰路につく。


 今回のことは大きな問題にせず、三河は今後一切長峰に手出ししないという話で決着はついた。


「納得……とは程遠いですね。相手が相手でしたし」


 三河は心底怯えていた。しかし、その人物の名前を聞き出すことしか俺たちにはできなかったのだ。


 どうして、なぜ、何があったのか。それが三河の口から語られることはなく、裏で糸を引いていた者の名前しか手に入れることはできなかった。それでも三河にとってはかなりの覚悟がいることだったのだろう。震える声で「知られても構わない」と俺たちに告げたのだ。


 それはつまり、俺たちが真犯人を追い詰めることを覚悟してのこと。自分が口を割ったとそいつにバレるのを覚悟してのこと。


「それに、私も納得していません」


「俺一人で話をしてくるってことか」


「そうです」


 帰り道は冬木と二人で歩いている。俺が出した結論は、その真犯人とも言うべき人物に俺がコンタクトを取るというものだった。


 もちろん、冬木と二人の方が強みがあるのは確かなこと。しかし、長峰を納得させるにはそれしかなかったのもまた事実。


「そうすると「冬木さんを連れて行くなら私も」って長峰は言うだろ。そうなれば当然高村たちも付いてくるって言い出すしな」


 そうなってしまうと非常に話しづらい。嘘が見える眼で話すのならば、一人の方が話しやすくもなってくる。横から疑問に思われでもしたら後が面倒なのだ。


「分かります。分かります……が、心配なんです」


「警戒はしとくよ。話の内容は冬木にも長峰にも話す。そういう約束だしな」


「……私はただ、心配なんです。彼女の噂は……良いものとは言えませんから」


「道明も似たようなことを言ってたな。まぁうまくやるさ」


 その名前は、俺たちが全く予想していない名前だった。


 同学年でもない人物。そして神中高校ですらない人物。


「東雲、か……」


 東雲結月。三河はその名前を口にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る