第5話『長峰愛莉その5』
「ってわけでさ、そういうことだから」
「そういうことなのは分かったが、どうしてこんなに……」
その後、無事に買い出しを終えた俺たち四人は秋月の家へと向かった。そしてテーブルの上に大量に置かれたお菓子を眺め、秋月は頭を抑えてそう呟く。俺もどうしてこんなにあるのか不思議だよ。気付いたらこうなっていたとしか言えない。もちろんその他不要な部分なお菓子は俺と冬木の財布から出したが、それでも処分に困る量だ。
「……み、美羽ちゃんがこれ食べたいなーって」
「責任転嫁すんなっ」
ベシッと朱里の頭に手刀を落とす。基本あれもこれもと言っていたのは朱里だ。証言者は冬木であり、この冬木という証言者の力は絶対的である。
「……」
そして責任を擦り付けられた美羽はというと、何故か何も言わずにただ秋月を見ている。どういうわけか秋月の家に入った辺りから何も言わずにこうしているが……もしかして緊張しているのか? 確かに秋月の家は神社だし、和屋敷だしで最初は少し緊張するが。可能性としてあるのは秋月が怖いということくらいか。
「どうした? 私の顔に何か付いてるか?」
それを秋月も察したのか、笑顔で美羽に尋ねる。それに対し美羽はしばし硬直したあと、口を数度開こうと動かしていた。
「あ、あのっ!」
やがてようやく声を絞り出し、美羽は秋月の顔を真っ直ぐと見つめる。普段は物静かな美羽が声を大きくするというのも珍しく、それを知らない秋月ですら美羽の真剣な眼差しに呑まれそうになっていた。
「実は――――――――わたし、ファンなんです!」
「おお」
「わかる!」
「正気か?」
「ええっと、それは……その、なんだか嬉しいな」
言われた秋月は頬をかき、少々照れくさそうに言う。冷静に考えれば秋月神社の一人娘にして巫女という神職だ。その本性さえ知らなければクールで知的なお姉さん……という雰囲気もあるし、秋月純連はこの辺りでは有名人でもある。だとすれば美羽が秋月のファンだということにも納得が行くかもしれない。
「それで、あの……サインが欲しい、です」
美羽は言いながら自身のバッグからメモ帳を取り出す。女子女子した女子はメモ帳を持っているものなのだろうか? そう思い朱里を見るものの、朱里はバッグすら持っていなかった。当然俺も手ぶらで、血筋だなと理解する。
「ああ、もちろん構わない。それと成瀬、あとで話がある」
言いながら秋月は俺を睨む。もしかして美羽の告白に対しての俺の反応が気に障ったのだろうか。どのみち俺の寿命は残り僅かのようだ。
「さみー」
それからしばらくして俺は外にいた。とは言っても別に秋月に追い出されたわけではないし、冬木にいじめられたわけでもない。美羽からの連絡を受け、長峰がこちらに向かっているというわけで俺が迎えに行っているという流れだ。時刻は夕方、日は傾き始めて薄暗くなってきている。ああ、もちろん秋月にはこってりと搾り取られたが。
「みんなで迎えに行きゃいいのに……」
もちろんその提案はした。が、秋月に一言「行け」と言われて俺は素直に従った。口は災いの元、今後一切秋月の癪に障ることは言わないでおこうと固く誓う。
そして今現在、俺が迎えに行くという連絡を受けた長峰が指定した公園で待機している。いつもの長峰であれば「いらない」とでも返しそうだが、案外素直にそのことは受け入れていた。やはり様子がおかしいということには変わりない。それだけで様子がおかしいと判断される長峰も長峰だけどな。
公園の中には俺しかいない。ベンチに座る俺の体ごと秋の風が時折通り抜け、枯れ葉が宙を待っている。段々と冬が近づいてきていること、そして年の終わりが近づいてきていることを感じさせる。
「よっ」
「つめたっ!」
そんな風景を楽しみ感傷に浸っていたところ、首元に不意打ちを食らった。後ろを見ると長峰が嬉しそうに手を広げたり閉じたりしている。どうやらその手を俺の首元に突っ込んできたらしい。
「心臓止まって死ぬとこだった」
「惜しかったなぁ」
「お前な……」
長峰はそのまま俺の隣に座る。久しぶりにこうして近い距離で話をすることになった気がした。実際はそこまで長い期間なんて空いていないんだけど、そう思った。
「最近、どうよ」
横に座る長峰にそう尋ねる。長峰は俺には顔を向けず、前を向いたままで口を開いた。
「別になんともないよ。って言っても説得力ないか」
言い、笑う。いつもどおりの長峰に見えなくもないが、どこか違う気がした。具体的にどこがどうということは分からないが……違うように見えた。
「正直、どうすれば良いのか分からないんだ。俺にできることはしたいけど……長峰が必要としないなら放っておいたほうが良いんじゃないかって」
「それ本人の前で言う? まーいいんだけどさ、そう思わせてたならごめん」
「え?」
とてもとても失礼なことかもしれないが、自然に長峰の口からそんな言葉が出てきたことに驚いた。長峰であればもっとこう……もっともらしい言い訳というか、説明というか、それとも場を濁すようなことを言うものだとばかり思っていた。
だが、長峰の口から出てきた言葉は「ごめん」という、謝罪だ。言われたとき、俺は随分間抜けな顔をしていたと思う。突拍子もない言葉だったから。
「私は大丈夫だよ。ちょっといろいろ重なっててむしゃくしゃしてただけ」
長峰の言葉に嘘はない。そして今までのことがまるで嘘のように長峰は平然としている。俺たちの勘違いだったのでは、と思わせるほどに。追求すれば長峰は何かボロを出したかもしれない、どこかで何かを見つけられたかもしれない。が、それはできなかった。
「大丈夫ならいいけど……なんかあったら言えよ。俺も冬木も秋月もできる限りのことはするからさ」
ありふれた言葉を俺は言う。そしてその言葉を向けた相手は長峰だ。改めて言おう、長峰愛莉という奴は――――――――一筋縄ではいかない人物なのだ。
また強い風が吹く。公園内にある木が葉を揺らし、葉の音が辺りを覆った。俺は風によって目を瞑り、数秒後にまた開く。それとほぼ同時だろうか、横から長峰の視線を感じて俺は顔を動かした。
「できる限りのことって、どの程度?」
予想通り長峰は俺の方へ顔を向けており、そのままそんな質問をする。随分と意地が悪い質問な気がしたが、長峰は大真面目で聞いているようにも見えた。
「俺たちにできる範囲なら、なんでもかな」
「なら犯罪しなきゃいけないってなっても手貸してくれる?」
間髪入れずに長峰は言う。冗談で言っているようには見えず、大真面目でそれを尋ねているように見えるが、どういうつもりなのかは分からない。しかし長峰は答えを求めているように聞こえた。
「それは……」
さすがに二つ返事というわけにもいかず俺は答える。すると長峰は少しだけ笑って言った。
「でしょ? いくらそう言ってもどうしようもないことだってあるんだよ。私が例えば「冬木さんが嫌いだから仲間から外したい」って言っても成瀬は拒否するでしょ?」
「……そうだな」
「できる範囲っていうのは結局その裁量にしかならない。月に行きたいとか、俳優と結婚したいとか、寿命を伸ばしたいとか、私がもしそういうことを口にしたらどうするの?」
「それはできる範囲の外だろ。だから」
「だから?」
一瞬の間があった。そして、俺は告げる。
「それは、どうしようもない」
俺がその結論、答えを告げると長峰はどこか満足したように笑った。その答えが正解だったのか、俺にはそれも分からない。
「ただのワガママはどうしようもない。無理なことは無理だし、いくらやったってどうしようもないこともある。ま、私は謙虚で慎ましくてお淑やかだからそんなお願いはしないけどねー」
「どこがだ」
確かに黙っていればそう見られるかもしれないが、あくまでも黙っていればだ。俺から見れば長峰はただの悪女である。
「でも、できる範囲ならなんでもしてくれるんだよね?」
「え? いや、まぁ……常識の範囲内なら」
今度はいたずらっぽく笑い、長峰は言う。冬木とは違い表情の変化が多く、そして何を考えているのか言葉の抑揚と表情から察しやすい。今の状態で言えば、あまりよろしくないことだろう。
「なら、握手して」
「……握手?」
が、長峰はそんなことを言い右手を差し出した。もっと突拍子もないことを言うと思ったのだが……握手?
俺はそれくらいならと思い、右手を差し出す。一応長峰の右手に何かしら細工が施されていないか確認して……なんてことをしていたら睨まれ舌打ちをされた。いやだって画鋲が貼り付けられていても不思議じゃないから……。
しかしそんなことはなく、俺は長峰と至って普通の握手をする。冬木とは違い、長峰の手のひらの皮膚は少し硬くなっているようにも感じられた。それはきっと、長峰がずっと家で家事やらをこなしているからだろうか。
「……」
当の長峰は何も言わず、視線は少し下を向く。一体なんなんだと思いつつ、その握手は十秒ほど続いた。
「……うん。ありがとう」
「ん……おう」
一体なんの握手だったのか、疑問に思うも長峰はきっと質問には答えてくれないだろう。
だが、もしも。
もしもこのとき俺が尋ねていたら、事の成り行きはまた違ったものを見せていたのかもしれない。
「あ!!!!」
「うわっ! な、なんだよ急に」
長峰は突然大声をあげ、立ち上がる。俺が驚き若干後ずさるも、長峰はその倍以上の距離を詰めて俺に向け声を荒げる。
「美羽が待ってるんだった!! 急いでいかないと!!」
「いや別にそこまで待ってるって感じでも……」
俺が出ていくとき、少なくとも美羽は楽しそうにお団子作りをしていたような……。
「うるさい! いいからこんなところでちんたらしてる時間なんてないんだから、全力ダッシュ!」
そう言うと長峰は突然走り出す。俺が半笑いでそれを見ていると長峰からの怒声が飛んできて、渋々俺も走り出すことにしたのだった。
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