第3話『長峰愛莉その3』

 長峰愛莉とはどんな人物か。頭の回転が良く品行方正、クラスから人気があり学年としても人気があるアイドルのような女子。もしも長峰に関してのアンケートでも取れば大多数はその回答で埋まるだろう。別にそれが間違っているというわけではない。その評価というものは長峰自身が自分で勝ち取った正当な評価なのだ。それを否定できる奴はいないし否定しようとは思わない。


 しかし同時に長峰愛莉という人物は周りが思っている以上にお人好しでもある。もちろんそれは仲間に対してであり、敵意を向けている相手には容赦がないが。それはかつて冬木に対して敵意を向けていたように、敵と認識している相手には容赦なんてしない奴だ。仲間には優しく敵には厳しい、端的に言えばそういうことなのだが……それは決して悪いことではないと思う。言ってしまえば人間的なのだ、長峰という人物は。


 だから今長峰が俺たちを避けていることには何かしらの理由が必ずある。簡単に考えれば「長峰に対する嫌がらせをしている奴らの標的にさせないため」だろうか。長峰の性格からして、俺たちを巻き込まないためにそうしている可能性が高い。


 ただ問題は、長峰の様子が最近おかしいことが本当に一連の嫌がらせが原因だったとしたら、だが。


「長峰は関わるなと言っていたんだろう? だったら放っておけば良いんじゃないか」


 昼休み、いつものようにクラス委員室で昼食を摂っている最中に昨日の件について秋月に話すと、秋月は弁当を食べながらそう返す。秋月らしい返答だ。きっぱりと結論をつけ、この話自体を面倒だと感じているのかもしれない。


「けどだからと言って何もしないのはできないだろ」


「本人が望むようにしたほうが良いときもあるさ。一人になりたいときだってある」


「それはそうかもしれませんが……友達として無視するわけには」


 秋月の言葉に冬木が返す。秋月とは対照的に冬木の箸の進みは遅い。分かりやすいくらいに思い悩んでいるというのが伝わってくる。


「長峰のことを大切に思っているんだろう、二人とも。もちろん私もそうだが……今何かをすることこそ長峰を無視していることだと私は思うがな」


 秋月はそこで一度箸を止め、お茶を飲む。そのまま一度目を瞑ると、ハッキリと開いて俺と冬木に視線を送った。凛々しい顔立ちがより一層際立ったように見えた。どうやら秋月はこの話を真面目にしようと決めたようだ。


「長峰本人は放っておいてくれと言った。なら今何かをするのは長峰を無視していることにならないのか?」


 それは正にその通り。秋月の言葉はこれでもかというほどに正論だ。秋月はいつもそうなのだ。その性格のおかげかいつも一歩引いた視点から見ている秋月は物事を客観的に捉えられている。


「助けが必要なのは明らかなのに、ですか」


「本当に必要になったら動けばいいさ。それこそ私たちから見て見過ごせるレベルを超えていたらな」


「……難しそうですね、それは」


 言いつつも冬木はどこか納得したように箸を伸ばす。 やはり秋月に話して正解だったかもしれない。考え方としては俺や冬木よりもよっぽどしっかりしたものを持っているし、正論だ。


「長峰も馬鹿じゃない、だから本当に手助けが必要なときは言ってくれるだろう。最もあいつの場合はそれが分かりづらいかもしれんが」


「とりあえずは直接はやめておくか。俺はどのみち間接的に動かないといけないし」


 こればっかりは水原姉との約束があるのでどうしようもない。もちろん約束自体を無視することはできるが、相手があの水原姉となれば何をされるか分からない。一応言っておくがビビっているわけではない。本当に。


「分かりました。ですが、もし長峰さんに助けが必要になったら……手を貸してください。お願いします」


 冬木は言い、頭を下げる。 それを見て呆れたように笑ったのは秋月だ。


「当たり前のことを今更言うな、冬木。けど、私はお前のそんなところを気に入ってる」


 言われ、今度は恥ずかしそうに俯く冬木。なるほど、そういうふうに好意をストレートに伝えることも冬木の面白い反応が見れる手口なのか。ひとつ学習した。


「ま、そうと決まれば俺たちがやるのは月見の準備か」


 およそ解決とは言えないが、まずはできることをやっていくべきだ。今であるなら元々の予定である月見をちゃんとやること、だろうか。どうしようもないことをどうにかしようとしても前には進めない。必要なときにそれに取り掛かる気持ちだけは持って、やるべきことをやっていく。


「その前に成瀬の方はどうだったんだ? 西園寺と朝霧に声をかけたんだろう?」


「あ、そういえば聞き忘れていました。どうでした?」


「二人ともパスだってさ。また誘ってくれって言ってた」


 具体的に言うと西園寺は「また恩をつくんのか……気が進まねえ」と言っており、俺としてもこれ以上西園寺にいらない恩を売りつけるのは本当に嫌なのでやめておいた。普通であれば「そんな恩だなんて。来たほうが楽しいから」とでも誘うべきなのだろうが西園寺には生憎通用しない。西園寺との会話のコツはできる限り短く、要点をまとめ簡潔にだ。これを破ると例え月見のお誘いでもなんだかんだ殴られかねない。


 そして朝霧のほうは「長峰のことはあまり好きじゃないから」らしい。これは分かっていたことだし、朝霧も少し言いづらそうにしていたから誘った俺が悪い。変な理由を付けるよりもサッパリと言ってくれる朝霧だから楽な部分もあるけど。


 とにかく二人には断られた。その理由まで話す必要はないだろうと判断し、俺は冬木と秋月に伝える。


「だからいつもの四人だな。それで月見って何か準備とかあるのか? 詳しくないんだけど」


「特にない。 飾りをつけたりすることもあるが、そこまではしなくていいだろう。強いて言えば団子を作るくらいだが……ああ、二人とも家で作るか? 一緒に」


 俺が尋ねると秋月は弁当を食べながらそう返す。正直言って珍しいと思った。言ってしまえばこれは面倒なことに分類されることのはずなのに、秋月が率先してそのようなことを言うなんて。


「それは楽しそうですね。 ぜひ」


 冬木はすぐさまそう返したが、俺は少し考える。これには何か裏があるのではないだろうか? 俺と冬木に団子を作る作業を任せ、一人で楽をするために言っているのではないだろうか? だが、秋月は間違いなく「一緒に」と口にした。秋月がいくら面倒臭がりだと言っても嘘を吐いたり騙すようなことはさすがにしない。そうなると別の可能性だが……。


「成瀬はどうする?」


 思考を遮るように秋月は言う。真っ直ぐな眼差しは純粋に見え、疑っていた俺を窘めているようにも見える。 こうして秋月の真っ直ぐな瞳を見ていると、俺はなんて矮小な存在なのだろうと考えてしまうほどに。


 それと同時に冬木もこちらを見ていた。ああ、冬木はたぶんこう思っている。どうせ予定もないんですし来たらどうですか? 暇でしょう? と。これは間違いないな、的中率百パーセントはある。素直にそれに従うのも癪なので、少し悩む素振りを見せて口を開いた。


「実は予定が……」


「では、私と秋月さんと成瀬君の三人ですね。材料は……」


「ああ、それも買いに行かないとだな。頼んで良いか?」


 おい、俺の予定を確認したのは一体なんだったんだ。最初からその流れになるなら俺に聞いた意味ある? ないよね? 絶対俺の答えがなんであろうと決まってただろこの流れ。


「もちろんです。秋月さんの家にはお昼過ぎくらいに行けば大丈夫ですか?」


「そうだな、その頃には私もおき……私用が済んでいる頃だ」


 俺でなくとも分かる嘘を吐き、冬木も分かっているのか二つ返事をする。そして俺の方へと視線を向けると、心なしか顔を若干綻ばせて言うのだ。


「では朝に成瀬くんの家を訪ねます」


 俺の休みが一日潰れるのが確定した瞬間であった。

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