第十一話 『人は見かけによらず』
「やはり、何か別の理由というのがあるようですね」
その後、俺はそのまま冬木の家へと向かった。 俺の家でも良かったのだが、朱里を交えて話すことでもないということと、コタツがあるから冬木の家である。 というわけで、今は冬木の部屋にてコタツを挟んで話し合いの最中だ。
俺が冬木に対して話したのは、紅藤は何かを隠しているということ。 紙送りの中止を求める別の理由があるのだ。 俺が見た嘘というのを冬木に話し、それを受け冬木もいつも通り口元に手を添えて思考する。
「冬木の方は何か聞けたか?」
「紅藤良治さんから聞けたのは「早いところ中止にしなければ」といったものでした。 どこか、焦っているような感じでしたね。 急いで中止にしなければならない理由がある……ということでしょうか」
焦っている。 中止にしなければ、というのは紙送りに対してのものと見て間違いない。 紅藤が何を隠しているのか、そもそも御三家の情報を詳しく持っていない俺たちには難しい話だ。 紅藤家と秋月家はなんとなく険悪な雰囲気というのは分かったが、どういった構図になっているのかがいまいち把握できていない。 娘である紅藤さんも難しいことはわかんねーって言ってたし、そこから情報を仕入れるのも難しいか。 全体的な構図をまずは知る必要がありそうだけど。
「誰か事情に詳しい人でもいればいいんだけどな」
「事情に詳しい人、ですか」
言われ、今度は腕を組む。 これもまた思考をしているときの冬木の癖だ。 以前の道明との一件から俺も人間観察というのにチャレンジしているのだが、これが意外にも見れば見るほど癖というのが人それぞれあったりする。 特に冬木に関しては分かりやすいのだ。
「比島さんであれば知っているかもしれません。 元々この辺りの人みたいですし」
「そうなのか。 引っ越してきたってのは?」
「詳しい事情は知りませんが、引っ越してきた頃、懐かしいなと漏らしていたのを聞いたことがあるので」
なるほど。 そういえば比島さんのジャズ仲間、その人達もこの辺りに住んでいる人たちだ。 比島さんと知り合ったのは大学のときだと前に言っていたが……それなら比島さんも元々はこの地域の人と考えるのが自然か。
「よし、それなら話を聞いてみるか。 任せた」
「成瀬君」
俺が言うと、冬木は俺の名前だけ呼ぶ。 無表情で俺のことを睨むように……あ、これってもしかしてなんか罵倒される?
「分かった、俺が悪かった、許してください」
「名前を呼んだだけでそこまで言われるとさすがに傷付くのですが……最初から素直になればいいのに」
当然の如く部屋で待っていようとした俺に対し冬木は言う。 だって怖いし……いや内面はとても穏やかで冬木のことを気にかけている優しい人ということは分かっているが。
「……ちなみにどうしても?」
「どうしてもです」
念のために聞いたところ、残念ながら冬木には俺の願いを叶えてくれる優しい気持ちはないらしい。
「……紅藤と秋月の家のことか」
階下に行くと、比島さんはカウンターに座りジャズ雑誌を読んでいた。 店内に人は見当たらず、というかいつも人が見当たらないが……果たしてどうやって生計を立てているんだろうと、要らぬ心配をしてみる俺がいる。 冬木と仲良くなってからというもの何度か訪れているものの、未だに片手で数えられるほどの客しか見たことがない。
そんな比島さんに声をかけると、比島さんはすぐに雑誌を閉じて話をするべく顔を上げた。 仕事中……と言うべきかは定かではないが、いきなりの申し出を無碍にしない辺り若干冬木に似た性格をしている気がする。
「はい、比島さんなら詳しいかなと」
「……と言ってもしばらく離れていたしな。 大学はこっちだったが、俺自身田舎のあれこれに興味がある口でもない」
確かにそれは言えている、比島さんがここでめちゃくちゃ詳しかったらなんか嫌だ。 冬木が中学のときにこっちに引っ越してきた比島さんだが……あれ、そういえば比島さんって28歳だったっけか? 冬木が比島さんに保護されたのは物心がついた頃って一体何歳だ? ……小学校くらいだと仮定すると、18か19くらいってこと? なんだか謎が増えてしまった気がしなくもない。 無粋に今そんなことを聞こうとも思わないが。
「なるほど。 ですがそこを調べないといけなくて……実は彼もいろいろと興味がないようで困っているんです」
と、冬木は言って俺を指差す。 若干笑顔……あ、これってもしかして俺が関係ないこと考えているの聞かれたのか。 それで興味がないようだと刃を向けてきたということか、納得。 比島さんのことは一旦置いておいて、思考を切り替えた方が身のためだろう。 手遅れ感が半端ないけど。
「あーっと……詳しい人とか知ってますか? もしよかったら、紹介して貰えないかなって」
「……詳しい奴か。 ああ、それなら一人いる」
「本当ですか! ぜひ!」
と、冬木が食いついていった。 期待していた比島さんが情報を持っていないという落胆から、詳しい人を紹介して貰えるという展開にテンションが上がっているのかもしれない。 冬木にしては珍しく声が大きい。
「……俺のバンド仲間だ。 すぐ連絡してみる、あいつは多忙だから時間を取れるか分からないが」
「お願いします。 ちなみに、どの方ですか?」
「田村だ」
その言葉を聞き、顔が一瞬で引き攣る冬木は中々に面白かった。 そして、その日はさすがに厳しいということで、一週間後の日曜日なら時間を作れるということで話はまとまったのだった。
「やぁー、空ちゃんから話があるって珍しいなぁ。 そっちは彼氏くん? よろしく!」
一週間が経過した日曜日、例の如く駅近くの喫茶店にて俺たちは落ち合うことになっていた。 一度だけ演奏を聴くときに見かけたことはあるが、冬木はこの田村という人をとても苦手としている。 前回は確か冬木の胸について思いっきり大声で指摘してきたということがあったな。
見た目としては小太りな中年、といった感じ。 だが比島さんと同年代のはずだから、この人も28歳付近ということになる。 比島さんとは違った意味でもっと歳が行ってそうだ。
「ただの友人です。 彼は成瀬君です、一度会っているはずですが」
「お久しぶりです」
冬木に紹介され、俺は頭を下げて挨拶する。 すると、田村さんはニコニコ笑いながら口を開く。
「成瀬、成瀬、あーこの前の! 久しぶり久しぶり、いやぁてっきり空ちゃんに彼氏できちゃったかな? とか思って焦ったよー。 俺はほら、空ちゃんのこと狙ってるからさ」
「……」
冬木がとてつもなく睨みつけている。 それに当然田村さんは気付いているものの、ニコニコと笑って受け流すのみ。 冬木の冷たい眼差しをノーダメージで切り抜けられるなんて、とてつもないメンタルだ。 こう話していて改めて思うが、冬木が苦手としそうな人というのがよく分かる。 なんというか、冬木にとってはとてつもなく絡みづらいタイプなのだろう。
「それでなんだっけ、御三家の話だっけ?」
「はい。 俺も冬木も昔から住んでいたわけじゃないから、詳しい人に聞こうと思って」
「あー、それで俺ってわけね。 いやぁ、そこで俺を出すなんて比島の奴も分かってるね。 神中の情報屋と言えば俺だろうし? 俺より詳しい奴はこの神中に居ない……なんちゃって! はははは!」
「手短にお願いしても良いですか?」
……冬木が怒っている。 いや、俺としては別に田村さんが苦手というわけではない。 俺と冬木がリラックスできるようにこうしてふざけているような態度を取っているみたいだし、まぁ確かに難はありそうだが悪い人にも見えない。 比島さんも長い付き合いみたいだし、少なくとも信用はして良いはず……多分。
「怖いなぁ空ちゃん! ほらそう怒ってばっかだとおっぱいにも栄養いかないよ?」
「……」
冬木の表情が大きく歪んだ。 ここまで嫌悪感を顕にしている冬木というのは非常に珍しい。 その部分はタブー、俺も決して触れない場所である聖域だ。 そしてこのまま放って置くとマズイことになる気がしてきた。
「あ、あはは。 それで田村さん、具体的に何かしらの確執みたいなのってあったりするんですか?」
俺は慌てて話題を元に戻す。 すると田村さんは俺に視線を向け、口を開いた。
「あーそうそう、その話だったね。 うーん、まぁなんていうか伝統を守りたい秋月家と神中を発展させていきたい紅藤家って感じだよ。 秋月家は神社で、紅藤家は地主だろ?」
ようやく本題に移り変わる。 見ると冬木も先ほどまでの鬼の形相は消えており、未だに多少怒りオーラは感じるもののひとまず落ち着いたようだ。
「秋月家としては地域に残る伝統を残していきたい。 まぁ神社だからね、そこに関しては譲れないものがあるんだろうさ。 で、対する紅藤家は積極的に神中という場所を発展させたいんだ。 多くの人に知れて知名度が上がれば当然土地の価値も上がっていく、そこで意見が割れたのは結構前からだね」
「なるほど、秋月の方はなんとなく分かります。 紅藤の方はそれを急ぐ理由とかってあるんですか?」
「急ぐ理由? うーん……思い当たらないかな。 確かに言われてみると不思議だね、紅藤家は何がなんでも今年の紙送りは中止にさせたいようだし……東雲家は中立の立場だしね。 あるとしたら中止にさせるメリットが紅藤家にはあるってところかな?」
「メリット、ですか」
冬木がようやく口を開く。 話が本題になったことで、先ほどまでの怒りはどうやら一旦引いているようだ。 冬木が怒ると後々俺に被害が出そうだから良かった良かった。
しかし、紙送りを中止にするメリット……か。 考えてみても思いつかない。 むしろ、神中の人間を敵に回すような行為、行動にも思えてくる。 それはつまり紅藤家の言っている「神中の発展」とは真逆の行為、神中が閉鎖的にもなり得る行為だ。 そこで繋がってくるのが紅藤良治の嘘……。 神中の発展のためというのは嘘だなんて分かっていたことだが、田村さんと話して益々疑問が増えていく。
「では、話を変えて……紅藤さんの行動に不自然な点などありませんでしたか? ここ最近」
「相変わらず声可愛いね空ちゃんは」
「……」
口を開けばセクハラを受ける冬木である。 そしてその度、冬木の中で怒りのボルテージが蓄積されている。 これはどうやら後で俺が八つ当たりをされそうな気がしてきた。
「冗談冗談! そう睨まないでよ。 えーっと、ここ最近かぁ……あるにはあるけど、大したことじゃないよ?」
「話してください」
「なんか警察の取り調べを受けている気分だね。 いやでも婦警の空ちゃんから取り調べされてるって考えればありか……?」
どこまでもプラス思考な田村さんだ。 基本的にネガティブになりがちな俺や冬木とは真逆のようなタイプだな……若干そのプラス思考を分けて欲しい。
「田村さん」
「分かった分かった、話すから。 えっとね、最近ちょくちょく隣町まで出かけているんだよ。 まぁ紅藤家が言っている「神中の発展」の一環だと思うんだけどさ」
隣町。 確かに地域間の交流を深めるという点では、この神中の隣町とコンタクトや交流を取るのはなんら不自然ではない。 むしろ自然なことですらある。
が、違う。 紅藤は神中の発展なんか望んでは居ないし、しようとしているわけがない。 だからその行動は。
「ん、うわ!」
と、そこで田村さんの携帯が鳴り響く。 画面を見た田村さんは焦ったような声を出し、立ち上がる。
「ごめんごめん! 今日嫁と子供と出かける約束してたんだった! 急いで帰らないとボコボコにされるから今日はこの辺で!」
「嫁!?」
更に、子供。 とてもそういう人には見えなかったから思いっきり驚いた。 横にいる冬木の顔を見てみると、まるで未知との遭遇をしてしまったかのような顔をしている。 冬木もその事実は知らなかったようだな……。
「まぁそういうわけで! またなんか聞きたいことあったら気軽に連絡してくれよー!」
そして嵐のように去っていく。 数秒その背中を眺めた後、冬木は「人というのは分からないものですね」と呟いた。 それについては全く同意である。
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