第15話『過去と、私たち』

 私のこと。 昔のこと。 長峰さんのこと。 そして、彼女のこと。


 それらを語るには、昔話をしなければならない。 実を言うと、私も成瀬君同様にここへと引っ越してきた身なのだ。 小学校を卒業したと同時、中学に入るときに比島さんの都合でこの神中へとやって来たのだ。 だから、私が語るのは中学二年生の頃の話である。


 思い出しつつ、話そう。 少し記憶がない部分もあるかもしれない、中学二年にしては堅い話になるかもしれない。 けれど、思い出しながらのことなので大目に見てほしい。


 驚くことかもしれないけれど、最初は本当に普通だった。 友達、といえる人たちは居なかったが、それでもみんなと多少の話はよくしていた。 そんな昔話を始めよう。




「よろしく、私長峰愛莉。 えっと、冬木さん?」


「……よろしくお願いします」


 転校してから一年が経過した。 周りは当然ながら知らない子だらけの私で、私が持つ力のこともあり最初の一年は何もせず、誰とも関わらずに過ごすことには成功していた。


 ……のだが、クラスが変わっての初日、最初に話しかけてきたのは彼女だった。 可愛らしい顔立ちは笑顔がとても似合っていて、一目でクラスの人気者ということが伺えた。 こうして見知らぬ私に話しかけてくるということは、社交的でもあるのだろうと感じる。 そんな彼女に対し、私の返事は軽く頭を下げるだけというものだった。 しかし、彼女はそんな私を困ったように見るだけで。


「今日の帰り、カラオケ行かない? 駅の方にあるんだけど、冬木さんってこっち越してきたんでしょ? 歓迎会とかどうかなって」


「歓迎会……ですか。 いえ、でも引っ越してきたのは一年も前ですよ」


「関係ないない、関係ないってそんなの。 でもそれなら……同じクラスになった記念? とかで良いや」


 誘われたこと自体、嬉しかった。 それはなんとなく、打ち解けられるような気もした。 けれど、最初だけだろう。 どうせ私はいつか、誰かの心を聞いて失望することになる。 誰も彼も、心の中で思っていることは容易に人を傷付けるものなんだ。 それを知っているからこそ、私は長峰さんの誘いを断る選択を取る。


「すいません、今日は家の用事があって」


「あ、そうなんだ。 でもでもいーじゃん、折角なんだしノリ悪いことしないで欲しいなぁ」


 私はその言葉を聞き、驚いた。 いや、私が聞いたのは言葉だけではない。 長峰さんのそのときの思考もまた、聞いたのだ。 長峰さんはたった今発した言葉とほぼ同じことを考え、そして口にしていた。 思ったことをそのまま口に、それを行う人を見たのは初めてだ。 それも下手をすれば悪いイメージを抱かれそうな言葉なのに、迷うことなく発したように見える。


「ですが……」


 だが、それはそれでこれはこれ。 私としては、仲良く話せる子というのは欲しい。 欲しいけど、それは夢のように儚いというのは分かっている。 それに仲良くなったとして最終的に傷付くのは私自身分かっていて、そのときは曖昧な感情だったけれど距離を置こうとはしていた。 が、そんなとき彼女が私と長峰さんの間に割って入ったのだ。


「こら愛莉、冬木さん困ってるでしょー。 無理なこと言わないの、ごめんね冬木さん」


 髪を茶色に染めた人は長峰さんの頭を軽く叩くと、私に向けて手を合わせて謝った。 その行動から、私が彼女に対して感じたのは同級生というよりも、年上の人のような雰囲気だ。 長峰さんの姉、という雰囲気も同時に感じる。


「いてて……ちょっといきなり何すんの、この暴力女。 私はただ、冬木さんがぼっちにならないように誘ってあげただけなんだけど」


「そういうのを恩の押し売りっていうの。 世の中全部あんたみたいな考え方なんてできるわけないでしょ」


 私の席の目の前で、そんなやり取りが繰り広げられる。 正直なところ、この場から早く抜け出して帰りたい気分だ。 既に帰り始めている人もおり、私は果たしてどう対応すれば良いのか困ってしまう。 帰って良いのか、それとも二人の会話を待った方が良いのか。


「あ、自己紹介。 わたしは水瀬みずせ友梨、よろしくね」


「……冬木空です、よろしくお願いします」


 差し出された右手を掴み、私はそう返す。 すると、水瀬さんはニッコリと笑って口を開く。


「もしも愛莉が馬鹿なことしたらわたしに言ってね、冬木さん……冬ちゃん、空ちゃん、空にゃん? おお、空にゃん。 ゲンコツしてあげるから」


 水瀬さんは私の呼び方を数度考えた後、その呼び方で落ち着いたのか握り拳を私に見せながら言う。 さっぱりした人だな、と私は思った。


「はぁ? だったら私はゲンコツし返してやるから」


「へぇええ、わたしに今まで一回も勝てなかったのによく言うよ。 そだ、愛莉の馬鹿話してあげる」


「ちょ……友梨!」


 私の目から見て、長峰さんと水瀬さんはとても仲が良いように見えた。 冗談を言い合い、しかし本気で喧嘩になるようなことはなくて、親友というのはこういうもののことを言うのだろうとなんとなく私は思っていた。 大体は長峰さんが悪口のようなことを言い、それを水瀬さんが窘めて、というようにするのが二人の仲だった。 そんな二人を見ているのは心なしか楽しく、私は最初に言っていた「用事がある」ということはすっかり忘れ、水瀬さんの話すいろいろなことに耳を傾けるのだった。




「ごめんね、つい夢中になって話しすぎちゃった。 家の用事、大丈夫?」


 ようやく帰路に就いたのは夕方で、辺りは既に夕闇に覆われているような時間。 私の家と水瀬さんの家の方角は同じで、長峰さんと別れた私と水瀬さんは並んで歩いている。


「いえ、大丈夫です。 お話、とても楽しかったので」


「そう言ってもらえると助かるねー。 それより空にゃん、愛莉結構めんどいでしょ? 悪い子じゃないんだけどね」


「……ええと、まぁ、はい」


「あはは! やっぱそう思うよね? まぁでもその内慣れるから大丈夫大丈夫。 あいつあんなだけど、責任感は人一倍だから信頼はできるんだよ」


 確かに、思ったことをそのまま口に出していて、嘘という嘘を長峰さんは使っていなかった。 もしかしたら聞こえなかった思考で何かを考えているかもしれないけれど、少なくとも今日接した限りでは悪い印象を受けない。 それは水瀬さんも同様だ。


「……あの」


「んー?」


 水瀬さんは棒キャンディを咥えながら、私の言葉に反応する。 学校にお菓子の持ち込みなんて当然禁止されていて、それを意に返さない彼女は奔放な人なのだろう。


「私、嘘を吐きました。 家の用事があると……」


 どうしてそれを口にしたのかは分からない。 水瀬さんになら言っても良いと思ったのかもしれないし、言うことで避けられたかったのかもしれない。 このまま話していたら、私も水瀬さんと話したいと思ってしまうからかもしれない。 どれかは分からないけど、とにかくそれを口にしていたのだ。


「ん、ああそれね。 なんとなく分かってたし良いよ。 てかそれ普通言う? 空にゃん面白いなぁ」


「え、知っていたんですか?」


「だってわたしも良く使うし。 愛莉に誘われてめんどくさいときは大体それだね、家の用事。 そうすればどうしようもないし普通諦めるのに、愛莉しつこいからなぁ」


 苦笑いをし、水瀬さんはそう言った。 私が嘘を吐いたことなどまるで気にしていないように。


 ……いや、彼女は事実気にしていなかったのだろう。 水瀬友梨という人は、そういう人だった。 とてもさっぱりとしている人で、快活な人で、見ていて気分が晴れるようなそんな人だった。


「空にゃんさー」


「はい?」


「……んや、なんでもないや。 気にしないで」


 そのときもしも水瀬さんの思考が聞けていたら、この話は違う結末を迎えていたかもしれない。 少なくとも、このときの水瀬さんの気持ちを私が知っていたら、私はこれ以上彼女たちに近づくことはなかったのだ。


 ……いいや、それは単に人の所為にしているに過ぎない。 この話は結局のところ、全員に非があり全員に非がない話でしかない。 そして、誰も幸せにならない話で、人の関係の儚さを教えてくれる話だ。 ただ一つ言えることは、私は最初から最後まで間違え続けていたのだろう。

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