第5話『所謂、すべきこと』
「……」
「……」
正直言って、気まずい。 いや、その諸悪の根源たる長峰は「うわ、きまずっ! かーえろっと」と言い、既に帰ってくれはしたのだが……気まずい。 というよりも長峰はどちらかと言えば逃げたと言った方が正しい。 面倒なことは嫌いだと前に言っていたし、今回のこれも面倒なことと捉えたのかもしれない。
「あーっと……」
「……」
何を言おうか、というか何か言ってくれないものかと思うものの、冬木はただ床へ座り、正座する俺のことを見つめている。 無表情プラス冷たい目線、段々怖くなってきた。 俺は一体どうすりゃ良いんだ! というかなんでこいつは家に居るの!?
「私が言いたいことは、先程言いました」
と、冬木は俺の思考を聞いたのか、それとも単なる予想なのか、そう口にする。 先程言ったこと……って言うと「どういう状況か」ということだろうか。
「……えっと、だな」
少しだけ悩み、俺は言葉を考える。 長峰が看病をしに来てくれた、と口にすれば「どうして長峰が」という疑問に繋がる。 そうなれば、昨日の夕方、俺と長峰が話していたことについても触れなければいけなくなる。
「言いたくないのであれば、私も無闇に聞きません。 思考を聞かない内に帰ろうと思います」
冬木はそんな俺の様子を見て、そう告げた。 冬木なりの気遣いであったのだろうが、どこか冷たい言い方に聞こえてしまう。 そういう奴が冬木だというのは、知っているけど。
「……私が何より怖いのは、今の成瀬君との関係が壊れることですから。 そのためなら、見なかったことにしても、聞かなかったことにしても、知らなかったことにしても構いません。 私はもう……独りになるのは嫌です」
はっきりと、冬木はそう言った。 あまり弱いところを見せない冬木にしては珍しく、俺はその言葉を聞いた瞬間に、体中に衝撃が走ったかのような感覚を受ける。
……独りになるのが嫌、そりゃそうだ。 冬木はきっと、似たようなことを繰り返している。 ある程度仲良くなっても、冬木は自らの力によってその関係を壊してしまう。 冬木がいくら望んだとしても、冬木は人の思考を聞いて人が秘めていることを知ってしまう。 だから言ったのだ、見なかったことに、知らなかったことに、聞かなかったことにしても良いと。
「けれど、もしも成瀬君に少しでも話してくれる気があるのでしたら、私が思考を聞く前に言って欲しいんです。 そういうことは、しっかり成瀬君の口から聞きたいので」
冬木は、真っ直ぐ俺の顔を見て言う。 俺は勘違いをしていた、冬木の瞳が何を想っているか、というものを。 それは決して冷たいものではない、ただただ悲しそうな目をしているだけだ。
俺は何を勘違いしていたのか、俺は何をしようとしていたのか。 長峰との間であったことを隠し、何がしたかったのか。 冬木に知られるとマズイ、冬木に知られないようにしたい、そう思うことこそ、冬木に対しての裏切りではないだろうか。 その行動こそ、今まで沢山冬木を傷付けてきたものではないだろうか。
……全く、自分が馬鹿すぎて嫌になりそうだ。 俺がすべきことは、冬木に対して真摯であるということだけだ。
「……ごめん冬木、俺が間違ってた。 全部話す、聞いてくれるか?」
そう告げて、俺はゆっくりと昨日の放課後のことから、今日のことまで。 冬木の前で、言葉にした。
「……ってことなんだ。 嘘を吐こうとしたのは事実だし、お前に隠そうとしたのも事実だ。 だから、ごめん」
頭を床に付ける勢いで謝る。 いやもう誠心誠意、冬木に知られるということを勝手に恐れ、勝手に隠そうとし、勝手に一人でどうにかできればと考えて行動をしていた。 冬木を傷付けないために、としていた行動こそが冬木を傷付ける行動だと知らずに。 俺はまだまだ、人のことを分かってなさすぎる。 今まで必死に避けてきたものが、こうして今になって降り掛かってくるというのだから自業自得も良いところだろう。
「……」
そして、それを聞いた冬木は目を丸くしている。 何か変なことでも言ったのか、しばし呆然としたまま動かない。
「……ええと、すいません。 私は別に怒っているとか、そういうわけではなくて。 長峰さんと親しそうだったので、成瀬君に嫌われたのではと思ったんです」
「嫌われた……って、なわけないだろ!? お前のこと嫌いになるなんて絶対にない!」
思わず、声を大きくして俺は言う。 最初こそ冬木と仲良くなることはないなんて思っていた俺だったけど、冬木空という人間を知った今なら言える。 冬木とは長い間、良い友達でいられると。
「ありがとうございます。 でも、そう大声で言われると恥ずかしいのですが……」
「……いや、まぁ」
小さく笑って、冬木は言った。 こうして冬木の笑顔というのを見るのには慣れてきた俺であるが、今日のそれはどこか安心できるような顔だった。 思わず立ち上がっていた腰を下ろし、俺は頭を掻いてとりあえずは部屋の何もない方向へと顔を向ける。
「……とりあえず、謝りたかった。 悪いな」
「許しません」
冷たい声、ではない。 何かを含んだような言い方で、それが気になった俺は冬木へ再度視線を向ける。 すると、そこに見えるのは黒い靄、冬木のたった今の言葉は嘘だ。 許さないという言葉が嘘、ということは許してくれる……? でも、なんでそこで嘘を吐いたんだろうか。
……なんか嫌な予感がしてきた。
「えーっと、冬木?」
「成瀬君を許す条件が一つあります。 どうしますか?」
それも、嘘。 その条件を聞かなかったとしても、冬木は許すと言っている。 しかし、冬木は当然俺の力を知っているわけで……それを分かった上で、敢えて言ってきているということか。
そして、その条件を話す前に聞くか聞かないかを尋ねてきている。 内容を聞けば、きっと有無を言わさず聞かされることになるのだろう。 しかしだからと言って、冬木の条件を無碍にするというのも……気が引けてしまう。
「……分かったよ、なんだ?」
「この前、商店街で買い出しをしていたら福引をやっていまして。 こんなのが当たったんです」
冬木は言うと、学生鞄から何かの紙を二枚取り出し、卓上テーブルの上へと置いた。
「水族館?」
「はい。 隣町にあるようで、そこのチケットです。 もちろん成瀬君の具合が良くなってからで良いんですが、良ければ一緒にどうでしょうか?」
冬木はどこか興奮気味に言う。 もしかしてこいつ、水族館に行ったことがないのだろうか。 ……いや、そりゃそうか。 複雑な家庭事情だし、友達が今までいなかったってことだし、まさかあの比島さんが冬木を水族館に連れて行くというのは……想像できないな、ないない。 水族館という場所が似合わなさすぎる。 あの人ほど水族館が似合わない人も中々いないだろう。
「比島さんに今の思考は伝えた方が良いですか?」
「今の聞いたのかよ! いやマジで言わないで、睨まれるだけで怖いから……」
「では、黙っておいてあげます。 それで、どうでしょうか? もしも嫌なら無理にとは言いませんが」
そう、言われてもなぁ。 そこまで楽しそうに言われると、めちゃくちゃ断りづらい。 というかそもそも、断る理由というのがない。 俺も俺で水族館なんて行ったのは小学生くらいが最後だし……少し興味はある。
「ああ、良いよ。 けど、一応風邪ぶり返しても嫌だから治ったらで。 今週末くらいなら大丈夫だと思う」
「はい、分かりました。 では、その水族館に行くまでは成瀬君のことを許さないでおきます」
またしても、黒い靄。 それが嘘だと分かっていても、俺はどうやら冬木には頭が上がらないかもしれない。 そんなことを思う、ある日の一日のことであった。
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