第30話『いつも通りと、私』

「しっかし、お前意外と策略家だったんだな」


「なんの話ですか?」


「前の秋月の件だよ。 殆どお前のおかげじゃん」


 それから数日たったある日の放課後、クラス委員室で本を読んでいたところ、北見先生に報告を受けた成瀬君が教室に入ってくるなり、そう口を開いた。 北見先生からの報告というのは、今度開かれる春夏祭が無事に決まったことである。 元を正せば完全に北見先生の不手際であったが、私がそれを最初に聞いたとき感じたのは、達成感のようなものだった。 うまいこと使われている、と言えなくもないけれど。


「そうは思いませんよ。 わざと秋月さんに殴られ、同情を買ったのは成瀬君ではないですか。 あの方法は成瀬君だからこそだと思います」


「ねえ、俺が叩かれたの「わざと殴られた」って表現するのやめてくれない? わざとじゃないからね? ずっとお前そう言ってくるよね?」


「いやいや、成瀬君のずる賢さには感服しましたよ。 秋月さんの罪悪感を利用し取り入るなど、私では考えられませんから」


「だから違うって……」


 少しくらいからかっても、罰は当たらないと思う。 だって、成瀬君が倒れたとき、私は本当に心配になったのだから。 それくらいのことは許されて良いはずだ。 我儘かもしれないけど、本当に心配したんだから。


「……それはそれとして、ですが。 実は秋月さんから「成瀬と連絡先を交換した」と言われました。 今日の朝、学校へ行く途中で会いまして、一緒に通学したときに」


「へえ、仲良さそうで何よりだよ。 秋月は気にしてないのか? 学校とかで俺たちと話すと、ほら」


「問題ないでしょう。 彼女も元より、特別仲が良い人が居たわけではありませんし、もし何かの悪戯でもされようものなら、彼女の竹刀で討ち取られるかと。 怒らせた場合一番怖いのは間違いなく秋月さんです」


「想像できるから怖い」


 いや、それはそれとして。 秋月さんがこれからどうなのか、というのも大事かもしれない。 だけど、今私がしたい話はそれではない。


「秋月さんにはいつ連絡先を教えたんですか」


「え? あーっと……秋月と長話をした帰りのときかな。 ついでだからって」


「なんのついでですか。 ついでとは、どういう意味でのついでですか」


「……仲良くなったついで?」


 仲良くなったついでに、連絡先を交換する。 おかしなことではないと思う。


「私は成瀬君の連絡先を知りません。 ということは、私と成瀬君はそれほど仲が良くなっていないということですか?」


「いやいやまさか。 あれか? それなら連絡先交換しようぜ、冬木」


 成瀬君は言うと、ポケットから携帯を取り出し、私に見せた。 そんな彼をしばし見つめ、私は考える。


 これではまるで、私が成瀬君と連絡先を交換したがっているようではないか? 私が、成瀬君と秋月さんが連絡先を交換したことに対してまるで、嫉妬しているようではないだろうか? 成瀬君にその対応をされると、そう見えてしまう。


「……いえ、良いです。 別に成瀬君と、学校外で話をしたいとは思いませんし」


「えーっと……ツッコんでいいの?」


 どうやら、成瀬君は「今の言葉が嘘だとツッコんでいいのか」と聞いている。 やはり、人の嘘を尽く見破る彼の目は少々厄介だ。 特にこういうとき、困る。


「……ですが、特別困ったこともありませんし」


「それは確かにそうだけど」


 というよりも、いつも学校で話すから困ったことがない。 学校が休みの日に会うことがあれば、金曜日辺りにその話はするし、時間も場所もそのときに決めてしまう。 それに、成瀬君は急用の場合は家に電話をかけてくるから、困ったということがない。


「だから、別に構いません。 学校外でもやり取りをするなんて、人間関係に疲れてしまいそうです」


「そうなのか? 俺、そこまで人間関係築いたことねえから分かんないな」


「……たぶん、そうではないですか? 私も、携帯の連絡先にあるのは比島さんと朱里さんの連絡先だけですし」


「朱里といつの間に……いやてか、俺たちが人間関係について分かるわけがなかったな」


 朱里さんとは、そこそこ仲が良い。 身近に成瀬君という存在があるおかげか、他の人たちよりも余程話しやすいし、私の秘密を知っている数少ない人物の一人だ。 それに、彼女はとても明るくて話しているだけで元気が出てくる。


「でも、秋月と話すの結構楽しいぞ。 あいつ、あんな形式張った喋り方なのに可愛いスタンプ使ってるんだよ」


「良かったですね」


 冷めた目で成瀬君を見る。 別に怒っているわけではない、怒る理由というのが見当たらないし。 ただ……ただ、そうだ。 ただ、秋月さんとのプライベートな会話を私に言うという無神経さに怒っている。 そう、だからこれは別に秋月さんと楽しく会話をしている成瀬君に怒っているわけではない。


「……あー、やっぱ連絡先交換する?」


「しません。 成瀬君はひょっとして、私の連絡先を知りたいんですか」


 もし、成瀬君がどうしてもというならやぶさかでもない。 私と成瀬君はそれなりには仲が良いと思うし、連絡先くらいは交換しておいて損はないと思うからだ。 けど、別に私は交換したくない。


「うん、まぁそりゃ知りたいけど」


「本当ですか! それなら……こほん」


 思わず声を上げてしまったが、それではまるで私が成瀬君の連絡先を知りたいようだ、と思いとどまり、一度咳払いをする。


「では、成瀬君がそう言うのであれば私もやぶさかではありません」


「……はは」


 何故か、成瀬君は若干苦笑いをしている。 それが少々不思議だったものの、私は制服のポケットから携帯を取り出した。


「これで勉強の話もできますね」


「……お前本当に真面目だよな。 俺は朱理の話しかしないぞ、勉強の話は絶対にしない」


「その発言は少々危ない気がしますが」


 ともあれ、私はこうして成瀬君と連絡先を交換した。 本来だったらもっと早くしておいても良かったかもしれないけれど、このくらいの速度が私と成瀬君なのかもしれない。 人間関係なんて、全てが手探りで怯え怯えな私たちにとっては。


「……」


 私の連絡先に、こうして同級生のものが入るなんて考えたこともなかった。 それはなんだか友達っぽく、友人っぽく、学生っぽいものだ。 電話帳に入った成瀬君の名前を見て、そんなことを思う。


『嬉しそうにしてんなぁ、冬木。 てかそんなに連絡先知りたいなら素直に言えば良いのに』


 ふと、声が聞こえた。


「な……なっ!!」


 それは、その思考は聞き捨てならない。 一体いつ、私が成瀬君の連絡先を知りたがったというのだ。 そんなことは一度もない! 机を叩き、立ち上がる。


「どうかしたのか?」


「どうかしたのか、ではありません! 一体どういう思考回路でその思考をしているんですかっ! 連絡先を知りたがったのは成瀬君ではないですか!?」


「タイミングよく聞いたのか。 いやうん、そうだな。 はは」


「……その笑いがとても気になりますが。 良いですか? 成瀬君の連絡先なんて、私はいつでも」


 言い、携帯を掲げる。 たった今登録した成瀬君の連絡先の削除に指を添え、成瀬君に見えるようにだ。


「……消すのか?」


「……消し……は、しませんが! とにかく! 成瀬君が知りたいと言うから私は教えたんです! 私が知りたがってたというのは成瀬君の勘違いですので!」


「分かったよ、だからそんな怒んなよ……」


「……怒ってはいません!」


 怒っている、と自分では思った。 しかし、それとは違う感情で、私はそう口にする。 頭が熱く、体も熱い。 けれど、怒っているわけではない。


 ……ともあれ、こうして私と成瀬君の話は、ゆっくりと始まった。

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