第26話『初仕事と、その裏側』

「ごめんください」


 インターホンを押してみても、反応が返ってこない。 秋月神社の傍にある一軒家が秋月さんの自宅らしいが、人の気配が感じられなかった。 ちなみに成瀬君はというと、神社の社屋を物珍しそうに見ている。 立派な作りだから感心でもしているのだろう。


「ん、これまた珍しい客だな」


「あ、どうも」


 横から、聞いたことのある声が聞こえた。 芯が通ったハッキリとした声色は、秋月さんの特徴だ。


 どうやら神社の裏で素振りをしていたのか、その手には竹刀が持たれており、額には少々の汗が浮かんでいる。 着ている服はジャージだったが、それでも秋月さんらしさというのが失われていないから驚きだ。


「私に何か用事か?」


 額の汗をタオルで拭いながら、秋月さんは尋ねてくる。 私がわざわざ用事なしで来ることはあり得ない、それを秋月さんも分かっているのだろう。 だからその質問は的確だった。


「ええ、実は北見先生から春夏祭の許可証明書を渡してきてくれと頼まれまして」


「春夏祭……ああ、この神社で毎年やっているものか。 そういえば、そろそろそんな時期だったな」


 秋月さんは言い、横にある大きな神社へ顔を向けた。 そして、口を開く。


「……ところで、あいつは冬木の知り合いか? それとも、ただの不審者か? 見知った顔だが」


 不用心な私の友達が、見つかったようだった。




「ははは、どうも」


「転校生……成瀬だったか。 そういえばお前もクラス委員だったな」


 転校生、という言い方には少々の語弊があるものの、中学からの顔ぶれが殆ど同じこの田舎であれば間違いでもないだろう。 成瀬君は中学から高校へ移る過程で、こちらへと引っ越してきているわけだから。


『怖い怖い怖い……怖い!』


 と、そんな成瀬君の思考が聞こえて来る。 どうやら、成瀬君は秋月さんにビビっている様子だ。 苦手意識ではなく、あるのは恐怖心なのかもしれない。 それにしても成瀬君の怖がり方は少し面白い。 弱点は秋月さんと覚えておこう


「お前には言うことがある、成瀬」


「はい!? なんでしょう!?」


 秋月神社の前で、成瀬君が絡まれている。 私は最早庇うことはできず、完全にアウェイなこの場では見守ることしかできない。 心の中では成瀬君のことを応援しているけど……恐怖からか声が上擦っている成瀬君を応援しているけど。


「私が注意したあの日から、昼は別なところで一人勉強しているのだろう? 偉いぞ、努力家は好きだ」


「……えっ」


 秋月さんは言い、成瀬君の頭に手を置いてニッコリと笑った。 それはもう子供を褒める親のような感じである。 対する成瀬君は若干驚いたように表情を変えていた。


『……なんか勘違いされてる気がする。 トイレでご飯食べてるだけなのに』


 ……トイレでご飯という文章から漂う悲壮感は、私の想像以上だった。


 今度、成瀬君をお昼ご飯に誘ってあげよう。 そう密かに私は決意する。


「この前はすまなかったな、朝もこうして剣道の練習をしているから、お腹が空くんだ。 けれどからかわないでくれよ、私にも一応羞恥心というものはあるのだから」


「ああ……なるほど。 いや、俺も悪かったな」


「うむ」


『うむっていつの時代の人だこいつ』


 横から見ればそれは仲直りにも見えるが、問題は勘違いされたままというのと、成瀬君の思考である。 成瀬君らしいといえば成瀬君らしく、私は思わず笑いそうになったのを堪えた。


「……ああ、それで許可証明書の件だったな。 明日、北見先生に渡せば良いんだな」


 受け取ったその紙を見つつ、秋月さんは私に確認の意味で言葉を投げかける。 秋月純連という人物は、真面目かつ真っ直ぐ、まさに清廉潔白という人物だ。 こういった風に正しい形での頼み事というのは、何かしらの理由がある場合を除いて断ることはしない。 とは言え、あくまでも個人的な頼みというのは大体の場合は断られる場合が多いらしいけれど。


「はい、そうです」


『……めんどくさいなぁ』


「え」


 ……あれ? 今の声。


「ん、どうかしたか?」


「あ、いえ……なんでも」


 ……聞き間違いだろうか? いやでも、今のは確かに秋月さんの声で、思考を聞くことに関して言えば聞き間違いというのはあり得ない。 だから、今の秋月さんの思考は間違いなんかではなく……いやでも。


「そうだ、物はついでだ。 折角足を運んでもらったのに、何もなしで帰るというのもつまらないだろう? もちろん良ければだが、神社を見ていくか?」


「良いのか!?」


 秋月さんの言葉に、成瀬君は嬉しそうに言う。 成瀬君の食指というのが良く分からないけれど、もしかしたらこういう歴史ある建物などには動かされるのかもしれない。


「もちろん。 こういう建物に興味があるのか? 成瀬は」


「和風な建物って憧れだしな。 縁側とか襖とか、掛け軸とか木柱とか、なんか落ち着くから」


「ふふ、年寄りみたいな発言だな。 冬木はどうする? お前も見ていくか?」


 と、私の方に顔を向けて秋月さんは言った。 それに対し、私は彼女の顔を真っ直ぐと見ながら答える。


「お誘い頂けるなら嬉しいですが……秋月さんは、私と話すことに抵抗がないのですか? 私が様々な人に嫌われていることは知っているでしょう。 もしも私と話しているところを見られたら、などと考えないのですか」


 言うと、秋月さんは一瞬だけ目を伏せた。 思考が聞こえない、聞こえて欲しいときに、聞こえないのはやはり厄介だ。 成瀬君は横で、私の突然の言葉に困惑している様子だったが……どうしてか私はそんなことを尋ねてしまう。


「知っているさ。 良くないこと、間違っていることだとも分かっている。 だが、私がどうにかできる問題でもない。 どうにかしたいという想いはある、が……私だってそれ以前に一人の人間だ、何かをして何かをされると考えると、動きようがない」


 その直後、秋月さんの思考が聞こえてきた。 ハッキリ、聞き間違いのないように。


『それに……面倒臭いし』


 秋月さんの言葉自体、私にとっては逆に嬉しくも感じるものだった。 私と話をしてくれる人は極僅かだけれど、こうして真面目に答えてくれる人の存在というのは大変希少だからだ。 それに……もしかすると、だけど。


 もしかすると、この秋月純連という人は、存外面白いタイプの人間かもしれない。


「だが、こうして誰も近寄らないようなところで話す分なら問題あるまい。 そうだろう?」


「それは、そうかもですね。 意地悪なことを聞いてごめんなさい」


「良いんだ。 それに私は最近、少し安心している。 何もできなかった私だったが、何かをできる友達が居るらしいからな」


 秋月さんは言い、笑って成瀬君のことを見た。 それを受け、成瀬君は少々気恥ずかしそうに顔を逸らす。 秋月さんがそうして心のどこかで気に留めていてくれたのは、素直に嬉しい。 何も見ていなかったのは私の方で、私の周りに居る誰かは、しっかりと見ていてくれたのだ。


「できることなら、私がクラス委員をやれば良かったんだがな。 どうにも神社の仕事と両立は難しく、申し訳ない。 面倒事を押し付けてしまったようで、もしも協力できそうなことがあれば気兼ねなく言ってくれ。 あまり表立って手伝うことはできないかもしれないが」


「いや、良いって。 なんだかんだ楽しんでやってるし、なぁ冬木」


「ええ、そうですね。 そのおかげで、成瀬君と友達になれました」


「そうか、なら良かった」


 秋月さんは綺麗に笑う。 少なくとも、秋月さんは内心では色々なことを思っていたとしても、その話す言葉の殆どは真実なのだろう。 私の横に立つ成瀬君からなんの反応もないことから、それが伺える。 そしてなんだか、そのギャップというのが面白くも感じてしまう。 思考が聞けて良かったと思うのは、本当に珍しいことだ。


「では、言葉通り神社を案内しようと思うのだが……少し待っていて貰って良いか? 汗を流して着替えてきたい」


「ああ、分かった」


 秋月さんの言葉に、成瀬君は二つ返事で応対した。 先程まで、秋月と会いたくないと言っていた成瀬君の姿を秋月さんに見せてあげたいと思うのは、少々意地悪だろうか。 神社を見せるという一言で懐柔されるなんて、成瀬君はチョロい男だ。


「成瀬君、随分仲が良さそうでしたね。 苦手というのは嘘だったんですか」


 秋月さんが家の中へと入っていったあと、私はおもむろに尋ねる。


「いやいやちゃんと謝ってくれたし……」


「勘違いされていたのを訂正せず、ですけどね」


「……なんか怒ってる? 冬木さん」


「いえ、怒ってはいません」


「めっちゃ嘘に見えてるけど」


 ……あれ? いや、そんなつもりはなかった。 怒っているつもりなんて、ない。 なのに、成瀬君はそんなことを言う。 もしかしたら、成瀬君なりに私を混乱させるための策かもしれないけれど……不思議だ。


「もう良いです。 それで、秋月さんから何か嘘は見えましたか?」


「いや、なんもだったな。 普通に良い人って感じだった」


「ふむ……秋月さんの言葉は全て真実だったと」


「そうだな。 それがどうかしたのか?」


「いえ、少し気になりまして」


 腕を組み、そのまま顎に手を当てて考える。 秋月さんの言葉にやはり嘘はない、しかし度々聞こえてきた思考から分かるのはそれとは正反対な性格だ。 有り体に言ってしまえば、面倒臭がりという性格。 だがそれでは、行動がそれに伴っていないと考えられる。 秋月さんの立場は、秋月神社の一人娘にして跡取り。 今の時期であればまだ余裕はあるだろうけど、紙送りの日が近づいてくれば忙しさは首が回らないほどになるだろう。 更に言えば、秋月さんは毎日竹刀を振るって体を鍛えている。 ただの面倒臭がりであれば、それもしないだろうし。 謎は深まるばかり。


『こうして横から見てると、名探偵って感じだな……』


 そんな謎に思考を寄せていたところ、割り込むように成瀬君の思考が聞こえる。 褒められているのか、微妙なところ。


「……であれば、成瀬君は助手ということになりますが」


「まぁ今も似たようなもんだろ。 それでなんか聞いたのか? あいつの思考」


「人の考えを言ってしまうのは、プライバシーの侵害のような気がして気は進みません……が、もしこれが問題だった場合、協力するという前提条件であれば話します」


 あくまでも、他人の思考というのはその当人だけが持っておくべきものだ。 成瀬君の思考であればその限りではないけれど、他の人ならあまりペラペラと喋るのは気が進まない。 しかし、私一人でそれを考えてもきっと何も進展はない。 私という人間は、考えるだけ考えても行動に移すという力が何もないからだ。


「お前、やっぱ良い奴だよ。 そんな冬木が何かしたいっていうなら全力で協力する、話してくれ」


 成瀬君はどこか嬉しそうに笑った。 よく意味は分からなかったものの、協力してくれるというなら是非もない。 もちろん、これが何でもないただの杞憂だったら、それに過ぎたことはないけれど。


「分かりました。 では……彼女、秋月さんですが」


 一呼吸置き、私は言う。


「その外面とは裏腹に、内面はとても面倒臭がりな方の可能性が高いです。 思い過ごしなら良いのですが……その外と内の違いは軋轢を生じさせ、負担となる。 成瀬君や私なら分かるかと思います」


「……そういうことか。 ある程度ならそれは普通だけど、秋月の場合は違うってわけだよな?」


「あまりにも外と内が違いすぎるので、気になるんです。 もちろん、これは余計なお節介という可能性も高い。 下手をすれば、私と成瀬君が更に嫌われる可能性もあります。 協力を約束させて勝手なことかもしれませんが……」


 私がそうだったからこそ、秋月さんの力にもなりたいと思うのは傲慢かもしれない。 その振る舞いは驕りだと言われるかもしれない。 だが、成瀬君に助けてもらう前の私のことを考えると……どうにかできるならしたいと、そう思うのだ。 私は嘘しか口にしていなかった、誰とも関わりたくないと言い、思い込み、そう振る舞ってきた。 けれど、その本心は全くの真逆で……それは、今でも変わらない。 友達と楽しく学校生活を送って、普通に笑って、多くの人が過ごすような学校生活にしたいだけだ。 友達が欲しいという願いは、未だにある。


 秋月さんの場合はそれとはまた違うけれど、本心とは逆のことをしているという面では私と一緒である。 だから、私は彼女の力になりたい。


「今更何言ってんだよ。 それに俺と冬木はもう結構嫌われてるだろうし、別に今更気にしねえよ」


「それもそうですね。 では、私たちが二人でするクラス委員としての、初仕事です」


 ――――――――秋月純連の問題の解決。 それが、私たちの初仕事だ。

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