第25話『頼みごとと、神社』

春夏祭しゅんかさい、ですか」


「そそ、春夏祭。 正確に言えば神中町内春送り夏迎え祭りって言うんだけどね」


 とある日の放課後、職員室へと呼ばれた私に、北見先生はそう告げた。 どうやらクラス委員である私に頼みごとというのがあったらしく、その内容というのが今の言葉になる。 ちなみに、成瀬君は不要になった書類を職員室の隅でシュレッターにかけていた。 将来の姿の鏡写しですか、と後で言ってみよう。 シュレッター係成瀬修一、少し見てみたい。


「それで、秋月神社でいつもやってるんだけど……許可申請を出さないといけなくて。 冬木さん、秋月さんは知ってるわよね?」


 知っている、知らないで言えばそれは前者になる。 秋月純連すみれ、彼女は秋月神社の一人娘にして、由緒正しき巫女。 10月末に行われる紙送りと呼ばれる行事では、紙送りの舞いを毎年行っている人物であり、この辺りでは有名な人だ。 そして、私に対して嫌悪感を抱いていない数少ない人物のうちの1人でもある。 とは言っても、彼女には嫌悪感云々の前に他人に興味がないと言っていい。 私と違うのは、ある程度の社交性も持ち合わせているくらいのもので……そして、凛々しい見た目と清潔感ある雰囲気から男子からの人気は高い。しかしそれでも浮いた話など一切聞かない、絵に描いたような清純可憐な人物というのが秋月純連だ。


「ある程度は知っていますが」


「ならよかった! 冬木さん、その許可証明書なんだけど……毎年ね、秋月神社でお祭りをするために取らないといけなくて」


 ここに来て、話が見えた。 どうやら北見先生は私にその許可証明書とやらを出させようとしているらしい。 それこそ北見先生がすべき仕事な気もするけど……。


『これも冬木さんのため! 友達が増えれば楽しいだろうし……』


 とのことらしい。 本来だったら丁重にお断りしたい。 だけど、その思いやりの気持ちを無駄にするのは気が引けてしまった。 北見先生は私の過去をある程度は知っており、そのためその気持ちが芽生えているのだろう。 それを蔑ろにするというのも、あまり良い気分にはなれない。


「秋月さんに書類を渡せ、ということですよね。 構いませんよ」


「ほんと!? よかったぁ……実は明日までに出さないといけなくて、私ってほら、方向音痴でしょ? だから秋月神社まで辿り着ける自信がなくてね。 冬木さんがいて助かったわ!」


「明日……明日? あの、秋月さんは?」


「え? 今日はもう帰ってるわよ」


 ……どうやら、私はうまいこと嵌められたらしい。 この人は今後、私の中での要注意人物としてリストアップ。




「ふうん、それであの秋月に会わないといけないのか。 お前も大変だな」


「何を言っているんですか、成瀬君も同行するに決まっています。 これはクラス委員として頼まれたことですし」


 帰り道、というよりは秋月神社へと向かう道中、成瀬君はそんな的外れな発言をする。 このまま帰宅するつもりだったらしいが、そうはいかない。


「……いやなんとなくは察してたけどな。 秋月ってあいつだろ? 姿勢が超良い奴」


「その認識はどうかと思いますが、成瀬君の考えている人物で間違いありません」


 秋月さんは、常に背中に長い物差しを入れているのではないかと言われるほどに姿勢が良い。 授業中はもちろん、昼食をとっているときも廊下を歩いているときも。 その点で言えば、成瀬君とは正反対とも言える。 成瀬君は授業中に寝ていることもあるし、聞いていると思えば肘をついていることもあるし、クラス委員室では椅子二つを使い足を伸ばしていることすらある。 二人を足せば、きっと普通の人というのが生まれるのだろう。


「……なんか失礼なこと考えてるだろ、冬木」


「成瀬君も他人の思考が聞こえるようになったんですか?」


「お前の顔見れば分かるようになったんだよ!」


 表情を変えていたつもりはなかったけれど、成瀬君から見れば変わっていたらしい。 ともあれ、問題は成瀬君の思考だ。


『秋月か……苦手なんだよなぁ』


 そんなことを思っている。 成瀬君が特定の人間に対してというのは、聞いたことがない。 もちろん大多数、ひとえに人との交流を苦手としているというのは知っているが、特定個人に対してそう思うというのは意外だった。


「秋月さんと何かあったんですか?」


「ん、ああまぁ……そうか、冬木は知らないのか」


 と、成瀬君は言った。 すぐに会話が繋がったことから、私が思考を聞いたというのを察したのかもしれない。 しかしそれよりも「冬木は知らないのか」という言葉の意味は……私の質問通り、秋月さんと何かがあったということだ。


「いや実はさ、入学してすぐは教室で昼食食べてたんだよ。 普通に」


「それは予想が付きますが、最近は教室で食べていませんよね。 私が戻っても居ないことがたまにありますし」


「まぁな。 で、俺がこう普通に食べていたら……秋月に絡まれたんだ」


「秋月さんが……珍しいですね」


 成瀬君の口振りからして、秋月さん自ら成瀬君に話しかけたということだろう。 それはそれは、珍しい。 私は少なくとも、中学のときから秋月さんが誰かに自ら話しかけている、という場面を数度しか見ていない。 その大半は注意であったり、質問であったり、必要とされている内容で……。


「ええと、そうなると秋月さんは何かしらの要件があったということですよね?」


 雑談、というのはやはり考えられない。 よって、私は成瀬君にそう質問した。 すると、成瀬君は「まぁ」と言い、話を始めた。


 成瀬君はその日、朱里さんの作ったお弁当を食べていたらしい。 ちなみに朱里さんが作ったお弁当、というアイテムは全く話の内容には関係がない。 どうしてそこを強調してくるのか、もしかしたらただの自慢話なのか、これは。 なんてことを思いつつ、成瀬君の話に耳を傾ける。


 それで、お昼を食べていた成瀬君は、前日色々と考え事をしていた所為で、あまり寝ていなかったという。 成瀬君はそういう言い方をしたけれど、たぶん、その考え事というのは私のことだろう。


「そんで、あまりの眠さに弁当食べながら半分寝てたんだ」


「……それは余程ですね」


「したらあいつ、俺のとこに来やがって」


 そこで、一喝。 行儀が悪い、朝から思っていたが寝るために来ているのなら、他の人の迷惑になる。 と、言われたらしい。 それを聞いた私は、実に秋月さんらしいと感じた。


「そんで軽く言い合いになって、俺が「そうカリカリしてるからあんなでかい弁当箱じゃないと足りないんだろ」って言ったんだ」


「デリカシーの欠片もありませんね」


「仕方ないだろ……それくらいしか言い返せなかったし」


 とても情けないセリフだが、その言葉はなんとなく成瀬君らしいと思った。 成瀬君も大概、負けず嫌いという面がある。 しかし、その言葉は秋月さんにとって触れてはならない部分なのだ。 秋月さんは、朝稽古で剣道の練習をしてから来ている、と風のうわさで聞いたことがある。 そのため、お昼は結構な量を食べているという話だ。 それでも体型を細く維持できているのは日頃の生活習慣がとても正しいというのが現れていて、彼女の性格というのも現れているだろう。 だからこそ、それを聞いた秋月さんは怒ったに違いない。


「そうしたら「私の弁当は関係ないだろう!」とか言い出して、竹刀を取り出してきたから逃げたんだ。 竹刀だぞ竹刀、それを片手で軽々と振り回してきたんだよ。 そりゃもうめっちゃ逃げた」


「走ってですか?」


「全速力でな。 昼休み終わりのチャイムで教室に帰ってから一回睨まれたけど、それっきりだから助かってたんだよ」


「……主に成瀬君に非がありませんか?」


「……やっぱそう思う?」


 話を聞く限り、秋月さんの指摘は的を射ている。 それに対し、成瀬君が屁理屈をこねて秋月さんの怒りを買ったということだろう。 当然、中学からの秋月さんを知っていれば反論なんてしようと思わないはずだけど……生憎、成瀬君は高校からこちらへと来ているから仕方がない。


「それなら私が話をするので、成瀬君は私の背中に隠れていてください」


「俺の情けなさに拍車がかかりそうだな……まぁそうさせてもらおう」


 素直である。 元々私が受けた話でもあったし、成瀬君にそういう事情があるなら仕方ない。 私も逆の立場だったら、気が進む話でもない。 私が接してくるというのは秋月さんにとって迷惑な話かもしれないけど……一応、私にとって成瀬君は友達だ。 何度も助けられている借りを少しでも返さなければいけないし、その程度のことならば私が引き受けるのが良いだろう。 その判断をし、私と成瀬君は秋月神社へと辿り着いた。 というか、そもそも今更ながらそんな話をしてきても、それはまさしく後の祭りとでも言うのが正しい、祭りだけに。


 ……口にするのは止めておこう。

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